三菱重工業は12月1日、愛知県海部郡飛島村にある同社飛島工場で、H-IIAロケット30号機のコア機体(第1段と第2段機体の総称)を報道関係者に公開した。このあとコア機体は種子島宇宙センターに送られ、組み立てや衛星の搭載、試験などを実施。打ち上げは今年度中に予定されている。

H-IIAロケット30号機のコア機体(第1段と第2段機体の総称)

今回の30号機で試験が行われる「低衝撃型衛星分離部」 (C) JAXA

三菱重工 防衛・宇宙ドメイン 技師長 H-IIA/H-IIBロケット打上執行責任者 二村 幸基(にむら こうき)さん

三菱重工 防衛・宇宙ドメイン 宇宙事業部 H-IIA/H-IIBロケットプロジェクトマネージャ 秋山 勝彦(あきやま かつひこ)さん

X線天文衛星「ASTRO-H」を搭載、打ち上げは2015年度中

H-IIAロケット30号機は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発したX線天文衛星「ASTRO-H」を打ち上げる(ASTRO-Hの詳細については、大塚実さんがレポートされているのでそちらをご覧いただきたい)。

また、今回はロケットの性能に余力があるため、名古屋大学の「ChubuSat-2」、三菱重工の「ChubuSat-3」、九州工業大学の「鳳龍四号」、そして米国の商業超小型衛星8機の、合計11機の小型衛星も搭載される。

H-IIAロケット30号機の計画概要 (C) 三菱重工

ASTRO-Hと一緒に打ち上げられる11機の小型衛星の概要 (C) 三菱重工

打ち上げ後、ロケットは太平洋上を南東の方角に飛び、ASTRO-Hを高度約575km、軌道傾斜角31度の円軌道に投入する。ロケットの飛行経路は先日打ち上げられた29号機に近いが、打ち上げから衛星分離まで4時間半もかかった29号機と比べ、今回の30号機では14分14秒ととても短い。これは最終的に投入する軌道が異なるためである。三菱重工の二村さんは「29号機はH-IIAにとって最長の飛行時間だったが、今回の30号機は最短の飛行時間で対照的」と語る。

機体の構成は、固体ロケット・ブースター(SRB-A)を2基装備するH-IIA 202型が使用される。

コア機体は飛島工場での機能試験を終了しており、報道公開が行われた時点で出荷準備中にあった。このあと12月4日に飛島工場から出荷され、7日には打ち上げが行われる種子島宇宙センターに搬入される予定となっている。なお、他社が製造しているSRB-Aと衛星フェアリングは、すでに種子島に搬入済みの状態にある。

打ち上げ時期は今年度内で調整中とのことで、具体的な日付はまだ決まっていないが、2016年2月ごろになると見られる。

H-IIAロケット30号機の飛行計画 (C) 三菱重工

機体の製造状況と今後の予定 (C) 三菱重工

世界一乗り心地の良いロケットに向けた挑戦

ところで、H-IIAはつい先日の11月24日に29号機が打ち上げられたばかりである。この29号機は、H-IIAにとって初となる、民間企業から受注した衛星を打ち上げる「商業打ち上げ」であったことや、打ち上げ能力を向上させる「高度化」という改良が初めて使用されたことから、多くの話題を呼んだ。

しかし、29号機では高度化で開発された改良のすべてが使われたわけではない。29号機に使われたのは、高度化の中でも静止衛星の打ち上げ能力を高めるための改良のみであった[*1]。

そして今回の30号機では新たに、高度化における改良点のひとつである「低衝撃型衛星分離部」の試験が行われる。この部分の開発は三菱重工ではなく、川崎重工業が手掛けている。川崎重工は従来の衛星分離部や、衛星フェアリングなどの開発、製造も担っている。

衛星分離部というのは、文字通りロケットから衛星を分離するための装置のことである。こう書くと簡単に思えるが、ロケットは飛行中には絶対に衛星が外れてはいけないし、逆に衛星分離時には、絶対に分離させなければならないため、難しい技術が要求される。

これまで多くのロケットでは、ロケットと衛星をボルトで固定し、分離時には「火工品」という爆薬を使った部品を使ってそのボルトを一瞬にして切断していた。ボルトで締め付けるため飛行中は外れにくく、また爆薬を使うことで確実に分離できるため、手堅い方法である。

しかし、爆薬で一気に切断するということは、その際に発生する衝撃は非常に大きなものになる。衛星にとっては突然「飛んでいけ」と蹴飛ばされるようなもので、乗り心地が良いとはいえなかった。また特にH-IIAの分離機構は、他のロケットと比べて2倍ほどその衝撃が大きいという問題もあり、華奢な衛星だと壊れる心配もあった[*2]。

そこで新たに、別の仕組みを使い衝撃を和らげた低衝撃型衛星分離部が開発されることになった。この装置はまず、「クランプ・バンド」という円形の部品を使い、ロケットと衛星をズボンのベルトのように締め付けて固定する。そして、そのバンドの一か所に「ラッチ」という留め金を付けておき、分離時にはこのラッチを外すことでバンドの締め付けを解放し、ロケットから衛星を放出するという仕組みになっている。爆薬は一切使わず、すべて機械の動作だけで行う。

これにより、分離時の衝撃は他のロケットの半分にまで小さくすることができ、衛星にとっては乗り心地の良い、気分良く宇宙に飛び立てるロケットになる。また衛星を開発、製造しているメーカーにとっては、H-IIAで打ち上げるための衛星であれば、今までより軽く造ったり、繊細な扱いを必要とする機器を搭載することも可能になる。

低衝撃型衛星分離部の概要 (C) JAXA

低衝撃型衛星分離部の概要 (C) JAXA

ただ、今回の30号機ではあくまで試験が目的であり、ASTRO-Hの分離では使われない。

ロケットの第2段機体の天辺には、衛星搭載アダプターがある。通常であればこのアダプターのすぐ上に分離装置があり、そこに衛星が載っているが、今回はまずアダプターの上に低衝撃型衛星分離部が載り、その上にダミー衛星フレームが搭載される。そしてその周囲を覆うように、かさ上げアダプターが載せられ、それを介して従来型の衝撃の大きな分離装置が載せられ、その上にASTRO-Hが載るという、少し複雑な形をしている。

今回の飛行では、まずASTRO-Hを従来型の分離装置で分離し、続いて小型衛星もすべて分離した後の、打ち上げから1時間49分30秒後に、低衝撃型衛星分離部を動かしてダミー衛星フレームを分離することになっている。そして実際にこの装置で分離ができるのか、またその際の衝撃は設計どおり小さなものなのか、といったデータが取られることになっている。

なお、ダミー衛星フレームは分離した直後に、かさ上げアダプターの内部の途中で引っかかるようになっている。したがって宇宙空間には飛び出さないため、スペース・デブリ(宇宙ごみ)にはならない。

もちろん、今後実際の衛星分離で使う際には、低衝撃型衛星分離部の上に直接、衛星が搭載されることになる。

今回のH-IIAロケット30号機では、低衝撃型衛星分離部の飛行実証データの取得が行われる。 (C) 三菱重工

2012年に川崎重工業岐阜工場で行われた、低衝撃型衛星分離部の試験の様子 (C) JAXA

飽くなきコストダウンへの挑戦

新しい材料と工法で造られた1段エンジン部構造のパネル

低衝撃型衛星分離部を除けば、H-IIA30号機は、見た目にはこれまでのH-IIA 202とはまったく変化はない。しかし、H-IIAの打ち上げコストを少しでも安くするためのコストダウン策が取り込まれている。

それは、ロケットの第1段エンジンと推進剤タンクの間にある1段エンジン部構造という部分を形作っている、淡い黄色をした円筒形の金属製のパネルである。分厚い金属の板を、強度を落とさないようにしつつ削って軽量化したもので、カーブのついたこのパネルを8枚組み合わせることで円筒形を形作っている。

従来このパネルは、板を削り出してから曲げていたが、その造り方では割れることがあったという。割れると使いものにならないため、捨てるしかない。そこで材料と工法を変え、まず板を曲げてから、削り出しするようにしたという。これにより製造作業の効率が上がり、打ち上げコストを車一台分(数百万円)ほど下げることができたという。

なお、すでにH-IIA 204型や、H-IIBロケットでは、この改良は取り入れられており、H-IIA 202で初採用ということになる。

H-IIAは30号機という大台に

ところで、今度の打ち上げでH-IIAはいよいよ30号機という、ひとつの大きな大台に乗る。同じシリーズのロケットが30機も打ち上げられるというのは、世界的にはありふれたことだが、日本のロケットの歴史にとっては初めてのことになる。また、H-IIAは13号機から、JAXAではなく三菱重工が主体となって運用することになったが、それから数えてももうすぐ20機になる。

20機、30機と同じロケットを飛ばし続けてきたことで、これまで見えなかったものが見えたりといったことはあるのだろうか。それについて二村さんは次のように語った。

「H-IIAで我々は初めて、自分でロケットを用意し、衛星を運んで対価をいただく『打ち上げサービス』をやるようになりました。

ものを造るという点では、H-IIAの前のシリーズである『H-II』ロケットや『H-I』ロケットでも同じように真摯に取り組んできたつもりですが、我々が打ち上げサービスを事業としてやることになったことにより、まずグローバルな視点、つまり世界的にロケットがどういう状況にあるかとか、どの国がどんなことをやっているのか、あるいは衛星側はロケットにどのようなことを希望しているのか、といったことを、我々が直接聞くことができるようになりました。

我々は『衛星を運んでナンボ』という仕事をやっていますから、お客さまの希望やニーズを的確に把握し、ロケットにフィードバックをかけていくということがやりやすくなった、ということが大きな違いと言えると思います」。

現在すでに、H-IIAの後継機となる「H3」ロケットの開発が始まっているが、登場は2020年度とまだ先のことで、またH3の運用が安定するまではH-IIAも並行して運用されるはずであるため、H-IIAは今後も5年から10年ほどは、日本の主力ロケットとして活躍することになる。

このままのペースで打ち上げが続けば、最終的にH-IIAは50号機ぐらいまで打ち上げられることになる。その中で得られた技術はH3にも受け継がれていき、日本のロケット技術に対する信頼も上がることになるだろう。

いつか日本のロケットが100機、200機と飛ぶような未来を目指し、技術者たちの挑戦は続いていく。

意気込みを語る二村さん

【脚注】

*1. 厳密には、地上の追跡用レーダーを不要にするための新しい航法センサーも搭載されていたが、あくまで試験的なもので、地上レーダーを使わなかったわけではない。この新しいセンサーは今後も、H-IIAやイプシロン・ロケットでの試験が行われ、それを経た後、正式に採用されることになっている。

*2. もちろんそうならないように、事前にしっかり試験が行われる。実際、これまでに分離の衝撃が原因で衛星が壊れたことはない。

参考

・http://fanfun.jaxa.jp/jaxatv/files/20151030_f29.pdf