救急ヘリ病院ネットワークとトヨタ自動車、本田技研工業、日本緊急通報サービスの4者は11月30日、ドクターヘリの早期出動判断を行う「救急自動通報システム(D-Call Net)」の試験運用を開始した。2018年以降の本格運用を目指す。
このシステムは、交通事故発生時の車両データと新規に開発した死亡重症確率推定アルゴリズムを用いて乗員の死亡重症確率を推定。その情報をドクターヘリ基地病院に通知することで、ドクターヘリやドクターカーの早期出動判断へとつなげる。これにより、交通事故時の救命率向上を図るという。この取り組みには通信事業者のKDDIも参加しており、ドクターヘリ基地病院に設置するiPadの「通報から表示するまでの仕組み」(緊急ヘリ病院ネットワーク 理事 益子 邦洋氏)を担当している。
アルゴリズムは日本大学の西本 哲也教授らが開発・評価したもので、過去10年の事故280万件を統計処理した上で、死亡重症確率を推定し、ドクターヘリが出動すべきかどうかの情報をiPadに表示する。基地病院の担当者は、このデータを基に医師を現地に派遣するかどうかを判断する。
D-Call Netでは車両データを基に被害情報の把握が行われるが、情報を送る際は車両での対応が必要となる。現状はトヨタとホンダの一部車種のみが対応しており、トヨタは8月にマイナーチェンジしたランドクルーザーと、10月にマイナーチェンジしたクラウン、レクサスブランドでは、8月に新導入したLXと、10月にフルモデルチェンジしたRXとマイナーチェンジしたGS、11月に新発売のGS Fが対応。ホンダは2013年6月に発売したアコード以降、メーカー純正ナビを利用している場合にD-Call Netに対応する。今後も他メーカーの連携を含めて普及推進を図り、2017年までに対応車を約40万台まで拡大する見込みだという。
なお、Lexusなどトヨタ車では、車載通信モジュールから自動的にデータがヘルプネットへ送られるが、ホンダ車ではメーカー純正ナビとBluetoothのペアリングが必要になる。事故発生後に、自動通報される仕組みこそ同じだが、ヘルプネットへの接続に携帯電話が必要な点は注意が必要だ。
ヘルプネットからは救急車の手配が行われ、ドクターヘリ基地病院にはiPadでそれぞれ情報が送られる。何km/hで走っていたのか、どこから衝突したのか、シートベルトを着用していたのか、経過時間や自己位置の場所が詳細に把握できるため、怪我人への対処が早期化できる。また、死亡・重症率も提示することで、事故状況だけではない、過去の事故情報と照らしあわせた客観的な評価も含めて、ドクターヘリが出動すべきかどうかの判断が可能となる。なお、日本医科大学千葉北総病院の本村 友一氏もデモンストレーションに参加していた(関連記事:【連載】事例で学ぶAndroid活用術 ドクターヘリ×スマホ! 日本医科大学千葉北総病院救命救急センターの取組み) |
ホンダのアコードでのデモンストレーション。こちらは、乗員に意識があるという想定で行われたデモで、ヘルプネットとのやり取りで救急車などの手配が行われた。トヨタのショールームにホンダ車が設置されるという珍しい場面も |
試験運用は同日より、ドクターヘリ先駆者でもある日本医科大学千葉北総病院を含む9つのドクターヘリ基地病院でスタートする。ドクターヘリは38道府県で46機が配備されており、今後も宮城県が2016年度に、愛媛県や鳥取県などでも導入検討が始まっている。ドクターヘリの出動件数は、年々増加しており、2014年度には2万2643回の出動があった。このうち47%が外傷の怪我、主に交通事故による出動で、4人に1人が実際に治療を受けているという。
1人の患者の死がキッカケになった「HEM-Net」
1997年になくなった予測生存率96%の25歳男性、この男性を救えなかったことは「生涯忘れられない」と益子理事は記者説明会で語り出した。1999年には「HEM-Net」を立ち上げ、厚生労働省や消防庁、警察庁、国土交通省などの折衝のために現会長の國松 孝次氏に参加を依頼し、2014年の2万件を超える出動回数を誇るシステムの整備を進めてきた。
現在のドクターヘリでは、治療開始まで38分の時間を要しているが、この数字を生存率の目安となる「カーラー曲線」に当てはめてみると、大量出血の救命曲線では死亡率が82%に達する。今回の救命自動通報システムを導入した場合、実証事件の結果では治療開始までの時間を17分縮めた21分にまで短縮でき、死亡率は14%にまで下がる。これはすべての国内の車がD-Call Netに対応した場合、年間282名の救命効果に相当するものだという。全車種の対応まではかなりの年月がかかると予想されるが、「救える命があるのであれば救いたいと一歩ずつ進めてきた。今後も精一杯頑張っていきたい」と益子氏が語るように、基盤の整備、拡充は一朝一夕でできるものではなく、地道な作業になる。1人の患者の死と向き合ったところから始めた益子氏の言葉だからこそ、今後の救命ネットワークの広がりにも期待が持てそうだ。