AdobeのVice PresidentであるScott Belsky氏

10月5日から7日(太平洋夏時間)にかけての3日間、米カリフォルニア州ロサンゼルスにあるロサンゼルスコンベンションセンターおよびマイクロソフトシアターにおいて、Adobe Systems主催のクリエイティビティ・カンファレンス「Adobe MAX 2015」が開催されている。

2日目の基調講演は、4名の著名なクリエイターによる、クリエイティビティをテーマにした講演となった。これは、Adobe MAXが"クリエイティビティ・カンファレンス"となって以来、恒例となったスタイルである。

登壇したのは、作家兼イラストレーターのMaira Kalman氏、写真家のBrandon Stanton氏、デザイナー兼作家のElle Luna氏、そして映画監督のBaz Luhrmann氏の4名。各分野で活躍している4名が経験や思考を披露し、そのクリエイティビティの源泉をうかがわせるひとときとなった。本稿では、この2日目の基調講演の様子をレポートする。

1日の中のハッとした瞬間を写真におさめて作品を作る

1人目の登壇者であるMaira Kalman氏のキャリアは作家からスタートしており、のちにイラストレーターとしても活躍するようになった。Kalman氏は1杯のコーヒーの写真を見せ、「毎朝1杯のコーヒーを飲む時間が、生きていることを実感する非常に大切な時間」だと語った。彼女は、そのような"これ"と思う一瞬に特別な価値を見いだしており、その瞬間を写真やイラストにおさめるようにしているという。

Maira Kalman氏

朝の1杯のコーヒー

「時間というのは限られています。何が起こるかわからないので、時間というのは非常に重要なのです。私は1日の中で自分がハッとした瞬間だけを写真におさめて作品を作っています」

セッションではそんなKalman氏がこれまでに行ったさまざまな活動が紹介されたが、中でも"リンカーンの時計"のエピソードは興味深いものだった。ワシントンのスミソニアン博物館には、150年前にリンカーン大統領が愛用していたという懐中時計が、実働する状態で保管されているという。ある展示会の企画でこの時計を10分間だけ動かす許可を得たKalman氏は、その「コチコチ」という動作音を録音し、それに音楽をつけたサウンド作品を作ったという。この日の講演ではその作品も披露されている。

リンカーン大統領の懐中時計

150年前の懐中時計が刻む音を使った作品は、「時間というのは最高のものです」と語るKalman氏を象徴しているように感じられた。日々の時間の時間そのものが、彼女にとってのインスピレーションの源となっているようだ。

5年前に恐怖心を乗り越えた瞬間からすべてが始まった

続いて登壇したBrandon Stanton氏は、「Humans of New York」と呼ばれるブログサイトを運営していることで有名な写真家である。Humans of New Yorkは、Stanton氏がニューヨークの街中を歩く人を撮影し、その人のストーリーを添えて投稿しているサイトである。すでに1万人以上の写真が投稿されている。

Brandon Stanton氏

この写真がすべての始まり

Stanton氏がHumans of New Yorkをはじめた最初のきっかけは、それまでシカゴで債権トレーダーとして勤めていた会社をクビになったことだという。クビになる前の2年間は、毎日職とお金を失う恐怖と闘いながら、それを防ぐために100%の時間を費やしてきた。しかし実際にクビになった瞬間に、それまで職を守るために費やしてきた時間が無駄なものに感じ、これからはその時間を自分がやりたいことだけに費やすことにしようと決心した。

そこでカメラを買っていろいろなものを撮影してシカゴの街を歩いたが、ある日地下鉄で撮った2人の子供の写真がすべての始まりになったとStanton氏は語る。

「この写真を撮るのがどんなに怖かったことか。これが初めて人物を被写体にした瞬間で、いろんなことを考えてためらいました。でも思い切って撮影した。私は恐怖を克服したんです。この経験が私の中の燃料となり、それから何万人もの人を撮ることができたのです」

この写真を撮ったあとでStanton氏はニューヨークに移住し、Humans of New Yorkを始めることになった。最初はただ写真を撮っていただけで相手の話を聞いたはしなかったが、あるとき被写体の女性が言ったセリフが興味深く、それを載せたところ大きな反響があった。これがHumans of New Yorkが変わった瞬間である。それからは、単に写真を撮るだけでなく、その人のストーリーを語るために撮ることに決めたという。

Humans of New Yorkを変えたきっかけの写真

Humans of New Yorkは今ではストーリーテリングのブログとして有名になり、ブログに載せられた写真やストーリーをきっかけに被写体に対する寄付活動が始まったり、オバマ大統領にインタビューする機会を得たりするなど、その影響力は極めて大きなものになっている。

「写真を撮った事すらない自分がオバマ大統領にインタビューできたのは、5年前に勇気を振り絞って恐怖心を乗り越えたからです。私は何か新しいものを作りたかったのです。何千回と繰り返していればなりたい自分になれるだろうと思って続けました。なので、みなさんもきっとできると思います」

SHOULDにとらわれずに自分のMUSTを実現する

続いてデザイナーであり作家としても活躍するElle Luna氏が登壇。彼女がアーティストとして活動するようになったのは、たびたび夢に現れた「白い部屋」がきっかけだったそうです。そこは落ち着く空間でした。あるとき現実の世界で夢とまったく同じ白い部屋を見つけ、住み始めます。しかし現実にはそこは落ち着く空間ではなく、Luna氏はひどく混乱したといいます。

Elle Luna氏

夢の中の白い部屋

そしてその混乱の理由を白い部屋とともに自答したところ、人生の"SHOULD"と"MUST"を考えるようになったそうです。SHOULDは他人のためにやらされていること、MUSTは自分のためにしなければならないことで、人生においてはMUSTが最も重要な選択だと彼女は語ります。Luna氏のMUSTは、仕事を辞め、クリエイティブな世界に身を置くことだったといいます。

現在のLuna氏の白い部屋

「SHOULDは、私たちが世の中を生きるために必要なことを教えてくれるものです。しかしもし自分の本来進むべき道に必要でないSHOULDであれば、それは捨てなければなりません。実際には多くの人が不要なSHOULDを捨てられないがために、自由を奪われています」

SHOULDの牢獄から抜け出し、MUSTを選択しなければならないとLuna氏は呼びかけました。

「私たちは一人ひとりがユニークであり、それぞれのMUSTを持っています。いまこそ自分のMUSTを実現しましょう」

SHOULDに自由を奪われる

MUSTを選択しなければならない

「何か表現したいという欲求に耳を傾けてください」

最後は、『ロミオとジュリエット』(1996) や『ムーラン・ルージュ』(2001)、『華麗なるギャツビー』(2013)などを手掛けた映画監督のBaz Luhrmann氏が登場した。Luhrmann氏のパートは、AdobeでChief Marketing Officerを務めるAnn Lewnes氏がインタビュアーとなって質問する形式で行われたが、Luhrmann氏は個性的なキャラクターで始終会場から笑いを引き起こしていたのが印象的だった。

Baz Luhrmann氏(左)とAnn Lewnes氏(右)

同氏の話は、映画製作から人生論に至るまで多岐に渡った。例えば映画を製作する際にどのようなことからインスピレーションを得るかという質問には次のように答えている。

「あるプロジェクトを始めるときには、まず何をするべきか考えます。そこにある見えない壁を突破する必要があります。いろいろなことをやってみて、インスピレーションを探します。他の人とコラボレーションすることも大切ですね」

また、Photoshopについては「電子コラージュソフト」と読んで笑いを誘った。この呼び方は、同氏が俳優にイメージを伝える際に、Photoshopで作ったビジュアルコラージュに使っているというエピソードから生まれたもの。「頭の中のイメージを伝えるのに、最初はスケッチを描いたけれど誰にも理解してくれませんでした。そこでPhotoshopに助けられました」とLuhrmann氏は語った。

最後に、会場からの質問でクリエイティビティについて聞かれた同氏は次のように語って講演を締めくくった。

「クリエイティビティはコントロールできません。私は何とかキュレーションするところまでたどり着くことができました。皆さんはなにか表現したいという欲求がありますか?他人に言われるまでクリエイティビティを発揮してはいけないというはずがありません。自分の欲求に耳を傾けてください」