Amazon.comを立ち上げたジェフ・ベゾス氏の宇宙ベンチャー「ブルー・オリジン」社は2015年9月15日、米フロリダ州ケイプ・カナヴェラルにある第36発射台に、ロケットの生産と打ち上げの拠点を構えると発表した。また、再使用型の新型ロケットの構想も明らかにした。

第36発射台とはどんなところなのか。そして、ベゾス氏とブルー・オリジン社の狙いとは何だろうか。

第36発射台をブルー・オリジン社の新たな拠点にすることを発表するジェフ・ベゾス氏(C)Blue Origin

あの有名な「パイオニア10」も、この第36発射台から打ち上げられた (C)NASA

第36発射台、ふたたび

ケイプ・カナヴェラルといえば、宇宙ファンにとっては、ある種のもの懐かしさを、そして希望を感じさせる場所のひとつである。

米国フロリダ州の大西洋に面したこの大きな岬と、それに隣接するメリット島には、米空軍のケイプ・カナヴェラル空軍ステーションと、米航空宇宙局(NASA)のケネディ宇宙センターが位置しており、宇宙ロケットやミサイルの発射台がいくつも立ち並んでいる。その数は、現在使われていないものも含めると、実に40か所を超える。

アポロ宇宙船を載せたサターンVロケットや、スペース・シャトルが打ち上げられた第39発射台 (C)NASA

1964年に撮影されたケイプ・カナヴェラル空軍ステーション。当時は今より多くの発射台が並んでいた (C)NASA

たとえば、アポロ宇宙船やスペース・シャトルが飛び立ったことでおなじみの発射台は「第39発射台」、また米国初の人工衛星「エクスプローラー1」が打ち上げられたのは「第26発射台」、今年7月に冥王星に最接近した「ニュー・ホライズンズ」が打ち上げられたのは「第41発射台」と呼ばれている。このうち第39発射台のみ、ケネディ宇宙センターが管轄しており、それ以外は米空軍が管轄している。

そして、「パイオニア」や「サーヴェイヤー」、「マリナー」など、月や彗星、金星、火星、そして太陽系の外へ向けて、数多くの探査機が飛び立った場所。そこが「第36発射台」)である。

第36発射台には、第36A発射台と第36B発射台の2か所の発射台があり、36Aは1962年に、36Bは1965年に建設され、以来長年にわたって「アトラス・セントール」ロケットや「アトラスI」、「II」、「III」ロケットの打ち上げを担ってきた。

しかし、2002年に新型機の「アトラスV」がデビューしたことで、アトラスIIIは引退することになり、36Aは2004年に、36Bも2005年を最後に閉鎖されることになった。2006年には打ち上げに使うための施設や設備なども取り壊されたが、将来的に別のロケットの打ち上げなどに使えるよう、場所そのものは残されることになった。

2006年にはアトラスIIIロケット用の整備塔が解体された (C)NASA

フロリダ州では、ロケットの誘致と周辺地域のビジネス振興のための専用機関「スペース・フロリダ」が立ち上げられ、米空軍から第36発射台周辺の一帯を借り受けた。そして2008年に、「アジーナIII」という固体燃料ロケットの打ち上げ場所として使われることで話がまとまったものの、アジーナIIIは実現しないまま計画が中止されたことで白紙となってしまい、それ以来使い道はなかなか決まらなかった。

だが、2015年2月になり、民間で月探査を狙うムーン・エクスプレス社が第36A発射台を借りることが決まり、現在、同社の月着陸実験機の試験場として使われている。こうして第36発射台は、ようやく第2の人生を歩み始めることになった。

そして2015年9月15日、そこにもう1社が名乗りを挙げた。雨後の筍のように、次々と新しい宇宙ベンチャーが登場する米国の中で、秘密主義を貫きながら活動を続ける「ブルー・オリジン」社である。

ブルー・オリジン社

ジェフ・ベゾス氏 (C)Blue Origin

ブルー・オリジン社は2000年9月に設立された会社で、創設者はネット通販大手のAmazon.comを立ち上げたことで知られるジェフ・ベゾス氏である。

同社のモットーは「Gradatim Ferociter」で、これはラテン語で「一歩一歩、獰猛に」といった意味をもつ。ベゾス氏は宇宙事業を始めた目的を「人類が宇宙に進出し、活動の場とするため」だと語る。

ブルー・オリジン社は特に、秘密主義を貫いていることで知られる。ベンチャー企業というものはどの分野であれ、いわゆる「エンジェル」と呼ばれる投資家を満足させ、また新しい出資者を集めるために宣伝に力を入れる。ときには自分を大きく見せようと、できもしないことを豪語することさえある。宇宙ベンチャーも例外ではなく、これまで多くの企業が「この再使用ロケットで誰でも宇宙旅行ができるようになる」とか「2年以内に有人宇宙飛行を実現」といった大言壮語を吐き、そして消えていった。

だが、ブルー・オリジン社はそうしたことを口にしなかったばかりか、どういう活動をしているのかすらあまり語ってこなかった。それでも消えることなく、今日まで活動を続けている。それはヴァージン・ギャラクティック社やスペースX社といった、世間や業界へのアピールを欠かさず続けている他社と比べると、少し奇妙にも思える。

ブルー・オリジン社はまず、ワシントン州に設計開発の拠点を、またテキサス州の西にあるベゾス氏所有の広大な牧場にエンジンやロケットの試験場を構え、軌道には乗らない(サブオービタル)有人宇宙船とロケットの開発をおこなった。最初はジェット・エンジンを装着した「シャーロン」と呼ばれる実験機を開発し、2005年に飛行実験を行っている。これによって機体の制御技術を獲得した後、続いて「ゴダード」というロケット・エンジンを搭載した実験機を造り、2006年と2007年に飛行実験を行ったことが知られている。

垂直離着陸ロケット実験機「ゴダード」 (C)Blue Origin

ゴダードの試験飛行が成功し、喜びの表情を見せるジェフ・ベゾス氏 (C)Blue Origin

そして現在では、「ニュー・シェパード」と名付けられた、より大型のサブオービタル宇宙船を開発しており、2011年にはロケット部分のみでの飛行試験を行っている。ただ、同じ年に行われた2回目(とされる)の飛行に失敗し、機体が失われている。

またそれと並行して、軌道に乗る宇宙船「スペース・ヴィークル」と、それを打ち上げる再使用型ロケット「オービタル・ローンチ・ヴィークル」の開発を始めたことも知られていた。

だが、その詳細――たとえばニュー・シェパードはいつごろの実用化を目指しているのかや、人を乗せる場合の目標価格、またスペース・ヴィークルやオービタル・ローンチ・ヴィークルの全長や全備質量、打ち上げ能力など――については、やはり謎に包まれていた。

そんな謎の多いブルー・オリジン社が、突如として表舞台に躍り出たのは、ちょうど1年前の2014年9月のことだった。

2011年に行われた、ニュー・シェパードのロケット部分のみでの試験飛行の様子 (C)Blue Origin

軌道に乗る宇宙船「スペース・ヴィークル」の想像図 (C)NASA/Blue Origin

参考

・https://www.blueorigin.com/news/blog/coming-to-the-space-coast
・http://www.spaceflorida.gov/news/2015/09/15/governor-rick-scott
-announces-blue-origin-to-build-new-launch-facility
・http://www.nasa.gov/centers/kennedy/news/LC36_demolition.html
・http://www.nasa.gov/pdf/718299main_CCP-Status-Update-1-9-13-finalSM.pdf
・http://www.space.com/19341-jeff-bezos.html