日本全国から観光客が殺到する秘湯の代名詞となった乳頭温泉郷(秋田県仙北市)。観光客が多く週末になれば人が溢(あふ)れかえっているので、今では秘湯と呼んでいいのかは分からないが、とにかくそれだけの人を集めるほどの魅力を持つ温泉郷なのだ。
乳頭温泉郷内には7つの温泉宿があり、全ての宿が独自に源泉を持っているので7つの宿を湯巡りしてもそれぞれ個性の違った湯が楽しめる。全てすばらしい湯宿ではあるが、その中で筆者のお気に入りを紹介したいと思う。
なお、乳頭温泉郷へは秋田新幹線の停車駅でもあるJR東日本「田沢湖駅」から乳頭温泉行きのバスで約50分、車の場合は、東北自動車道盛岡ICより約1時間か秋田市から約1時間30分となる。この長い道のりは、秘湯への期待をぐっと高めてくれることだろう。
江戸時代の空気を感じる超有名どころ
まず紹介するのが乳頭温泉郷の中で最も古く、最も人気がある「乳頭温泉郷 秘湯 鶴の湯温泉」だ。茅葺き屋根でできた長屋や黒塗りの木造の建物を見ていると、まるで江戸時代にでもタイムスリップしたかのような錯覚に陥るほど世界観がある。
特にすばらしいと思う建物は茅葺き屋根の本陣だ。小さい部屋ではあるが囲炉裏があり、歴史を感じさせる柱の風合いもまたいい。風情満点の鄙(ひな)びた雰囲気なのに、設備がしっかりとしており、洗面に温水洗浄便座付きのトイレがあり冬は暖房がきいて暖かいなど、全く不便を感じないあたりがさらなる人気の秘訣だろう。
肝心の温泉はというと、鮮度抜群の足元湧出で灰色を帯びた白色に濁っている極上湯。いたるところから泡がプクプクとあがってきて、硫黄臭がプンプンだ。何度も何度も浸かりに行ってしまった。
ただ、この雰囲気を味わうには日帰り入浴では観光客が多すぎて、なかなかじっくり味わえないだろう。日帰り入浴の時間外であれば宿泊者のみになるので、一度ぜひ宿泊してみてほしい。ちなみに予約は半年前の月の1日より受付していて、土日祝日は半年前の1日にほぼ埋まってしまうようだ。
敷地内の地獄と茅葺き屋根の自炊棟が雰囲気抜群!
次に紹介したいのは、乳頭温泉郷の最奥にある「秋田 乳頭温泉郷 黒湯温泉」。茅葺き屋根の自炊棟は風情があり、ノスタルジックな気分にどっぷり浸れる。
敷地内には高温の源泉が大量に湧く"地獄"があり、湯量は豊富で乳頭温泉郷で随一だそうだ。ゆらゆらと湯煙を上げる地獄では温泉卵を作ることができるが、これがまたおいしくて何個も食べてしまう。
浴室は名物の混浴露天風呂の他に男女別の内湯や露天風呂、旅館部にある内湯などがある。湯は地獄ならではの噴気臭が香る弱タマゴ味。意外とサッパリとしていて夏でもサラッと入ることができるので、時期を選ばない名湯だと思う。
女性受けする小洒落た湯宿
鄙びた温泉宿が多い乳頭温泉郷の中で、最も小洒落ていて今風の宿がこちら「乳頭温泉郷 妙乃湯」。素敵なアンティーク家具が飾られ、もてなしのある温泉旅館だ。
食事も彩の美しい創作料理が並びこだわりを感じる丁寧な品々にうれしくなったのを覚えている。筆者は年越しに一度宿泊をしたが、貸し切り風呂で小さなランプに照らされた雪景色を見ながら年を越した事が忘れられない思い出だ。
メインの混浴露天風呂は赤茶色に濁った酸味のある鉄味。豪快な滝を眺めながら入ることができ、これを目当てに訪れる日帰り客も多い。夫婦やカップルでしっとりと過ごしたければ妙乃湯での宿泊がいいだろう。
緑に抱かれた癒やしの混浴露天風呂
自然を感じながらの入浴を楽しみたい人は「乳頭温泉郷 蟹場温泉」へ。旅館から一旦外へ出て、50mほど歩いたところにある混浴露天風呂を設けている人気の宿だ。この露天風呂はブナ林の中にポツリとあり、「これぞ秘湯! 」感がたっぷりである。
湯は透明で白い湯ノ花が舞い、仄(ほの)かに硫黄臭がするスベスベのやさしい浴感。源泉はすぐそばで湧いていて鮮度も抜群だ。木漏れ日の中、ブナ林に囲まれてやさしい湯に浸かっていると心から癒やされる。
混浴露天風呂の他に、男女別の内湯が各2カ所ありどちらも入ることができる。趣きの違う浴室は「木風呂」「岩風呂」と別れており、特に「木風呂」は木がふんだんに使われ風情がありほれぼれしてしまう。やさしい浴感の蟹場温泉は、乳頭温泉郷の仕上げ湯的な存在だ。
秘湯という名にふさわしい湯治ムード満点の鄙び系
最後に紹介するのは、乳頭温泉郷の中で一番秘湯感が高い「乳頭温泉郷 孫六温泉」だ。乳頭温泉郷の他の宿は全て車で行けるが、孫六温泉のみ5分程度ではあるが歩かなければたどり着けない。モルタルで造られた床や浴槽に裸電球がぶら下がり、昔ながらの湯治場らしい雰囲気がたまらない。
混浴内湯の石の湯は日によって無色透明だったり青っぽく見えたりするらしく、筆者が訪れた時には若干白青濁りでとても美しい色をしていた。サラリとして熱めの湯はジワジワと肌に馴染(なじ)み、とても気持ちいい。源泉は3本あり、石の湯、唐子の湯、男女別露天風呂には、それぞれ特徴の違う源泉が使われている。昔の湯治場ムードを味わいたいのであればぜひ孫六温泉へ足を延ばしてみてほしい。
乳頭温泉郷ではどの宿でも宿泊のみならず、日帰り入浴も提供している。そして、同じ温泉郷内でもその宿によって楽しめる湯は異なる。頑張れば1日で全部の湯を楽しむことはできるが、できればその風景も味わいながら、数日かけてのんびり湯めぐりをしてもらえればと思う。
筆者プロフィール: 秘境温泉 神秘の湯 しおり
自然そのままの野湯から高級旅館まで温泉が極上であればどこまでも行く温泉マニア。1,000湯以上入湯した中から選りすぐった温泉を紹介する「秘境温泉 神秘の湯」を運営している。