長いゴールデンウィークも終わり、普段の生活が再び始まったものの、どうにもやる気がでない、モチベーションが上がらない、集中できない、といった、いわゆる「五月病」の症状を感じている人も多いと思われます。実際、五月病の症状を感じる人は、7割近くに及ぶ、という調査結果もあります

昔から「病は気から」とも言われており、近年の研究から神経系が免疫系に対して分子レベルで調節を行う機構の一端が判明するなど、心と身体の関係が解明されつつありますが、古くは1980年代に、「腸」が「第2の脳(セカンド・ブレイン)」として機能していることを米国コロンビア大学医学部で解剖細胞生物学の教授を務めていたマイケル・D・ガーション博士が発表し、世界的に話題となりました。

なぜ腸が第2の脳なのか?、ということを簡単に述べると、腸は約1億個の神経細胞が集まり、独自の神経叢ネットワークを構築しているほか、人体で生成される精神を安定させる神経伝達物質「セロトニン」(一般向けには、幸せホルモンと呼ばれる場合もあります)の90%超を生み出す場所でもある、といったことが挙げられます。そんな腸内の環境を整えてあげることで、心も身体も元気になる、と語るのは、順天堂大学医学部付属 順天堂医院 総合診療科・病院管理学 教授で、日本一行列ができる便秘外来としても知られる小林弘幸先生です。

順天堂大学医学部付属 順天堂医院 総合診療科・病院管理学 教授である小林弘幸先生

小林先生は「一見、元気に見えても腸内環境が悪い人は多く、そうなると血液の質も落ちます。疲れが出てくるとメンタルも落ち込み、腸内のセロトニンの量も減っていきます」と、腸内環境の悪化が精神面にも影響を及ぼすと語ります。実際、先生はスポーツドクターとしても活動されており、メンタルトレーニングではなく、基本的な部分で強い身体を作り上げることで、精神面の好調を促す、という指導を行っているそうです。

では実際に、どうやって肉体の内部、特に腸を鍛えるのでしょう。「腸内には腸壁に600~1000兆個ともいわれる細菌が生息し、"腸内細菌叢(腸内フローラ)"と呼ばれる集団を形成しています。通常、それらの細菌は"善玉菌""悪玉菌""日和見菌"と分けられ、20:10:70の割合が良いとされていますが、このバランスが崩れるとセロトニンが作られなくなり、不足していきます」(同)と、3種類のバランスを整えてあげることが重要であることを指摘します。

この善玉菌ですが、子供の方が多く、年代を重ねるごと、特に40代から、特にビフィズス菌が減少してくるとのこと。自律神経も30~40代から働きが鈍くなってくるため、腸の働きも落ちて、便秘になりやすく、悪玉菌が増える環境になりやすくなってきます。「善玉菌が減る理由として、エサとなる食物繊維が不足するためだけでなく、腸の粘液などの量が減り、細菌の活性が落ちることも考えられます。ストレスも30~40代あたりから増えるので、そういったことも要因として考えられます」。

「腸内の環境が荒れると、炎症が生じ、セロトニンが減ります。そうなると、便秘にもなりやすくなります。ちなみにうつ病患者は基本的に便秘です」(同)であり、腸内環境を整えるためには、内側と外側の両方からの取り組みが重要だといいます。「内側は食事、外側は運動で整えますが、運動はしたくないという人も多いと思います。ですが、過度な運動は不要で、3~4秒程度息を吸って、口をすぼめて6~8秒間で吐く、といった呼吸法を1日3分もやれば十分です。これをやると、副交感神経の働きを高めて、腸の運動が促されるのです」。

小林先生が監修した腸内環境を整える運動法の例。左が「1:2呼吸法」、右が「ツイスト運動」。1:2呼吸法は、3~4秒間くらいで吸った後、口をすぼめて6~8秒間で吐く、という行為を1日3分実施するもの。一方のツイスト運動は、布団の上に仰向けになって、両膝をくっつけたまま軽く曲げ、それをゆっくり交互に倒しながら体を捻るというもの。これを3~5分行うと、腸に良い刺激を与えることになると言います

では、内側に向けた食事はどうすればよいのでしょう。答えは腸の外部から「菌」を連れてくる、ということになります。どんな菌が良いのか、というと、「発酵食品であればなんでも良いです」とのこと。「最近の研究では、新たな菌を外部から腸内に投入してやると、もともと腸内に居た菌が刺激を受けて活性化し、動きが鈍っていた菌たちの動きが改善されるのではないかという、考えになっています」ということで、どんどん菌を外部から取り入れることが良いとします。ちなみに菌には殺菌などによって死んだ菌(死菌)と、生きている菌(生菌)がおり、かつては胃酸や胆汁酸などにより、胃や小腸で死んでしまうので、どちらでも良く、むしろ死菌の方が効果があるとも言われていましたが、近年の研究では、実際に技術の向上などにより腸に生きたまま届けられるようになり、それによって新たな効果を得られるのではないか、という報告も複数の企業から(資料1資料2資料3資料4)だされるようになっており、小林先生も「生きた菌を腸まで届けた方が良いかもしれない」としています。

この菌の摂取量ですが、ヨーグルト換算で1日あたり200gが目安だとのことで、1カ月くらいですんなり改善してしまう人もいますが、基本的には少なくとも3カ月は継続する必要があるとのことです。200gというと、結構な量のように思えますが、「朝晩で100gずつでも良いし、食べるものは変えても良い」とのこと。ちなみに、上述の資料でも触れているダノンは、4月27日よりダノンビオのカップタイプドリンクを発売したそうで、これを飲んでも良いかもしれません。

また、「腸内細菌のエサになる食物繊維の摂取も重要です。特にお勧めは水溶性食物繊維の多い食物」とのこと。水溶性食物繊維が豊富な食物というと、もやしやゴボウ(これらは不溶性食物繊維も含んでますね)、寒天、ひじき、キウイフルーツ、りんご、イチゴなどがあります。ちなみに、キウイの輸入販売で有名なゼスプリが、酸味を抑え、甘みを強くした新品種「サンゴールド」を今年から本格販売をしていますので、興味が沸いた人はスーパーなどのキウイコーナーを見ていると良いでしょう。従来の「ゴールド」に代わって、しれっとサンゴールドになっている場合が筆者の周りではかなりありました。

「腸は、腸に良いものを食べてあげれば、しっかりと動いて、結果を出してくれます。暴飲暴食はもってのほかです。せっかく食事をするのだから、おいしく食べることも必要です。そうしたことを意識し始めれば、おのずとそうした食物を摂取するようになるはずです。便秘は病気ですので、もし、そうした取り組みを進めても、腸が元気にならないようであれば、診療も考えてもらった方が良いと思います」(同)。

なお、うつ病は脳のセロトニン不足が原因とされていますが、腸内で生成されたセロトニンは脳の血管内部にある血液脳関門という仕組みにより、直接は脳に入れません。しかし、腸内のセロトニンが脳にも有効であるという説もあり、腸と脳のセロトニンの関係性については、仮説の域を出ないということです。