日本最大級のITコンサルタント・シンクタンクである野村総合研究所(以下、野村総研)では、グループを含めて約8,000人もの社員一人ひとりが健康的に働けるように"産業医"を配置している。 健康相談や健康への啓発活動が主たる役割だが、その一環として禁煙指導も行ってきたという。
折りしも今、野村総研では社員のQOL(quality of life:生活の質)を上げるべく"健康経営"の実践を掲げており、社を挙げて禁煙への取り組みもいっそう強化していく流れがある。 同社専属の産業医として約5年のキャリアを積んできた村田千里先生に、同社の禁煙活動や企業での禁煙の効果的な手法などについて意見を伺ってみた。
社員にとってもっとも身近な医師として活動
村田千里 野村総合研究所専業産業医 労働衛生コンサルタント医学博士 |
簡単に言えば、産業医とは企業で働く人たちの健康を守る医師のこと。労働安全衛生法で規定されており、野村総研もそれに従って専属産業医3名、パートタイム約10名の医師を事業所ごとに配置している。
村田先生は大手町オフィスの"丸の内健康管理室"の専属医師として活動している。産業医と言っても会社によって細かい役割は異なるのだが、野村総研の場合、簡単な治療に対応する機能も有しているものの、"予防医学"を支える存在としての色合いが濃いという。
「定期的な健康診断の結果を踏まえてアドバイスを送ることで、病院との橋渡し役を担うのが基本的な仕事。例えば、血糖値が高いと言われても、どういう対策をすればいいのか、どの診療科を受診すればいのか、一般の方ではわかりにくいところがありますから、適切な形でアドバイスを伝えています」
と村田先生は話す。さらには慢性疾患を持っている人の対応、大きな病気をした職場復帰者のケア、人事部門との連携で無理のない働き方の導入なども手掛けており、社員が健康不安を抱えることなく働ける場づくりに尽力している。そして、禁煙指導に関しても、もちろん産業医の仕事の一つとなる。
経営陣の一声がきっかけになり、禁煙の取り組みが始動
村田先生は専門である糖尿病治療の延長で、禁煙治療にも携わってきたという。その経験を生かして産業医となった今も禁煙への取り組みを独自に進めてきた。 社内で禁煙セミナーを開催し、希望者には事業所近辺の禁煙外来を紹介したりして、一定の効果は得ていたものの、産業医一人ではできることに限界がある。応対できるのはごく少人数の社員に過ぎない。なかなか大きなムーブメントに発展しなかったのが悩みの種だった。
「煙草を吸わない人にとっては関係ない話ですし、多くの喫煙者はやめた方がいいとはわかっていても、具体的な行動に移してはくれません。産業医の私が単独で啓発を行うのには、限界を感じていた部分もありました」
ところが、2014年9月の役員向けの研修会で状況が一変する。村田先生が講師として参加し、経営陣ともに社員が定年まで健康で働き続ける職場づくりに関して意見を交わしていったところ、会社として"健康経営"を行っていくという話が持ち上がる。 既に残業制限や労務管理の強化といった働く環境面の品質向上がスタートしていたのも、こうした方針を打ち立てた背景にはある。
「具体的な案として、二次健診の機会作り、食事や運動などの支援などが挙がっていく中で、禁煙についても健康経営を実践するには外せない要素だということになりました。ただ、そう決めた経営陣の中の喫煙者から、『喫煙者自ら社内の禁煙化を進めて、職場の環境を整えることが大事だ』との発言があり、取り組みが大きく前進しました」
現在は禁煙への取り組みの計画を打ち立てているところだというが、数年後をめどに喫煙率を現状の20%(*)から半分に落とすという目標を掲げるのは決まった。
そのために喫煙者に対するサポートプログラムを実施し、今後稼動する新事業所では喫煙所を設けないという大胆な取り組みを行う案が出されている。村田先生自身も社内で禁煙治療を行う可能性も視野に入れている。
(*)日本たばこ産業の「平成26年全国たばこ喫煙者率調査」によると、成人男性の平均喫煙率は30.3%
まだまだ計画段階に過ぎない話だが、これが具現化すれば各界から注目を浴びる禁煙チャレンジになるのは間違いない。
社員の健康に寄与したいのなら、禁煙がもっとも手っ取り早い
現場で奮闘していた村田先生一人では動かなかった企業内禁煙だが、経営陣のトップダウンで一気に広がっていくことになった。社内のルール化などの必要性を考えると、禁煙はどうしてもコストがかかるという点からも、経営陣の理解は必須。経営陣の本気が、企業での禁煙を進めるに欠かせない要素なのである。
「加えて"健康経営"の枠に禁煙を組み込んだのが大きいですね。禁煙だけ進めようと思っても通らなかったことも、他の健康の取り組みと連携して総合的に展開していけば、実現可能となる面が多々あると感じています」
これから会社として禁煙を進めていきたい企業もあるはずだ。その際には"トップを含めた会社全体で行うこと"、"タバコだけではなく健康全体の取り組みにすること"を意識するのが大切なポイントとなることを意識しておいたほうがいいだろう。
「禁煙を会社で行うのは"やっかい"だと感じる向きもあるようです。しかし、メタボなどの場合、健康が改善したか否かが見えるまでそれなりの時間がかかりますが、禁煙ですと数か月スパンで結果が見えてきますので、健康の取り組みとしてはやりやすいという面もあります。禁煙外来などと連携すれば、禁煙の成功率はぐっと高まりますよ」
と村田先生はアドバイスを送ってくれた。新年度を迎えたのを契機に、ぜひ社を挙げた禁煙にトライしてみてはいかが?
photograph = Toshio Sato