「ナンパ」という言葉から、皆さんはどのようなイメージを思い浮かべるだろうか。チャラい、節操がない、鬱陶しい――などなど、少なからずネガティブな印象を抱く人が多いかもしれない。でもそんなチャラくて節操がないように見えるナンパという行為を通じて、ビジネスにも役立つコミュニケーションの極意が学べるとしたらどうだろう?

なべおつ『口ベタ営業マンが渋谷ギャルをナンパし続け半年後に1億の契約をとった件』(ワニブックス/2014年11月/1300円+税)

今回紹介する『口ベタ営業マンが渋谷ギャルをナンパし続け半年後に1億の契約をとった件』(なべおつ/ワニブックス/2014年11月/1300円+税)のテーマは、まさにこの「ナンパを通じてコミュニケーションスキルを学ぶ」という点にある。本書は、新卒で広告会社に入社した筆者が、会社の先輩からナンパに誘われナンパの技術を色々と習得していく過程で、同時にビジネスにも役立つコミュニケーションスキルも身につけていくというストーリー形式の実用書だ。

本書の元になっているのは「渋谷で働く営業マンのナンパ日記」という人気ブログで、ちょうど僕の「脱社畜ブログ」と同じはてなブログだったということもあり、実は結構前からブログは楽しく読ませていただいていた。書籍では大幅な加筆・修正が行われ、書きおろしのエピソードもあるので、ブログを既読の読者も新作として楽しく読むことができる。ブログを読んだことがあるという人にも、読んだことがないという人にもおすすめできる一冊だ。

シミュレーションを通じてナンパを追体験

本書の大部分は、著者と女の子の会話によって構成される「ナンパシミュレーション」で占められている。軽い会話のやりとりなので肩肘張らずに読むことができるが、会話のテンポや女の子の反応にリアリティがあるため、このシミュレーションを読めばナンパの「追体験」が可能だ。

僕自身は、美容院で美容師と会話をするのすら苦手なのでおそらく今後もナンパに手を出すことはないと思われるが、それでも僕は本書をかなり楽しんで読むことができたし、色々と勉強にもなった。それはきっとこのシミュレーションの完成度が高いからだろう。実際にナンパに役立てたいという人はもちろんだが、ナンパをしたことがないしする予定がないという人でも本書は楽しむことができると思う。

ナンパのPDCAサイクル

また、各シミュレーションの後についている「まとめ」がとても勉強になる。「まとめ」にはそのコミュニケーションの意図が詳述されているので、「なぜあの時あのような発言をしたのか」といった点を再確認することができる。「女の子からの後日談」がついており、「会話のどの部分がどういった理由で相手に刺さったのか(あるいは刺さらなかったのか)」が確認できるのもよい。

このように、ナンパシミュレーションの本文を読む→「まとめ」を読んで反省→次のシミュレーションを読む――というやり方を繰り返していくと、ちょっとしたPDCAサイクルが回っていることに気がつく。やってみて、反省して、問題点を改善した状態でもう一度やってみるというやり方は、ナンパに限らずとても重要なものだ。このPDCAサイクルを回していき、最後に1億の契約を取るというストーリーには納得感がある。

「会話の文脈」を無視したテクニックは役に立たない

本書が既存のコミュニケーションを題材にしたビジネス書と一線を画している点は、「会話の文脈」を強く重視していることだ。

会話には、実際に発された情報以外に文脈や流れといったものが存在する。コミュニケーションがうまい人は、こういった会話の裏にある文脈や流れを感知する能力が高い。「相手の目を見て話す」「身振り手振りを交える」といったコミュニケーションにおける細かなテクニックは、会話の裏にある「文脈」に照らしてはじめて有効かどうかが決まる。「会話の文脈」を無視してこうしたテクニックだけ画一的に適用しても、あまりよい結果は出ない。最悪の場合、「空気が読めないヘンなヤツ」になってしまうおそれすらある。

本書のとった「ナンパシミュレーション」を読者に読ませることでナンパを追体験させるというアプローチは、この問題点を克服している。本書を読めば、「どんな場合・どんな相手にも確実に効果があるコミュニケーション方法など存在しない」というあたりまえの事実に気がつくはずだ。大切なのは「会話の文脈」に即してどれだけ適切なコミュニケーション方法を選択できるかであり、これはある意味ではセンスの領域の問題でもある。センスを磨くには、達人の模範演技を何度も追体験しながら自分自身の引き出しを増やしていくのが一番よい。コミュニケーションに関する本を何冊か読んでみたものの、全然役に立たずに困っているという人は、ぜひ本書を読んでみるとよいかもしれない。もちろん、本書は「エンタメ実用書」としても非常によくできているので、純粋に楽しみたいという人にもおすすめだ。


日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。