日本IBMは12月9日、地域のリーダーに向けたイベント「IBM リーダース・フォーラム 2014 中部」を、名古屋市内のホテルで開催した。このイベントは、テクノロジーの活用を通じて、地域経済の活性化と持続的な成長に向けた取り組みについて、知見を共有することを目的にしており、今回で5回目となる。

「テクノロジーで成長の機会を」

基調講演では、日本IBM 取締役副社長執行役員の下野雅承氏が、「テクノロジーで成長の機会を」と題して講演を行い、「データ」、「クラウド」、「エンゲージメント」の3つが、いまのITの大きな流れだと指摘した。

日本IBM 取締役副社長執行役員 下野雅承氏

データについて同氏は、「データにはこれまで慣れ親しんできたので、いまさらデータと言われても、違和感があるかもしれない。ここでいうデータとはビッグデータのことだ。現在では、620万ギガバイトのデータが毎日生成され、これはDVD 150万枚分に相当する。そして、2015年には1兆個のモノや機器がインターネットに接続され、世界中でデータが生成されるIoTの時代が来る。データは第3の天然資源ともいわれ、今後は、これらのデータから、いかに意味のあるデータを取り出すかが今後のITの課題だ」と述べた。

データによる変化

そして、クラウドについて同氏は、「2014年にリリースされたソフトウェアの91%がクラウドを前提にしている。クラウドは、製品ビジネスからサービスビジネスへの変化の象徴だ」と語り、エンゲージメントについては、「今後、企業、政府、コミュニティ、個人がより密接につながりを作っていく。世の中はメールからソーシャルに変わり、企業と個人が強いつながりを持つようになっている。そのため、ソーシャルが企業システムと密接に連携しており、一体となって社会に影響を及ぼすようになっている。情報システムは変わりつつある」と、最近の企業ITを取り巻く環境の変化を解説した。

クラウドによる変化

エンゲージメントによる変化

JR東海やブラザーが注力する事業や課題は?

続いてイベントでは、東海旅客鉄道(JR東海) 代表取締役社長 柘植康英氏、ブラザー工業 代表取締役社長 小池利和氏、日本IBM 取締役専務執行役員 エンタープライズ事業本部長 薮下真平氏によるパネルディスカッションが行われた。モデレータを務めたのは、経済産業省 中部経済産業局長 井内摂男氏だ。

パネルディスカッションの様子。左から、経済産業省 中部経済産業局長 井内摂男氏、東海旅客鉄道(JR東海) 代表取締役社長 柘植康英氏、ブラザー工業 代表取締役社長 小池利和氏、日本IBM 取締役専務執行役員 エンタープライズ事業本部長 薮下真平氏

パネルディスカッションの1つ目のテーマは、それぞれの企業が注力する事業や課題についてだ。

これについてJR東海の柘植氏が挙げたのは、リニア新幹線、海外展開、名古屋駅前の再開発の1つであるJRゲートタワー、日本の人口構成の変化への対応の4つだ。

東海旅客鉄道 代表取締役社長 柘植康英氏

同氏によると、リニア新幹線は、単なる移動時間の短縮だけでなく、開通から50年を経て劣化しつつある新幹線とリニアで、地震など災害に備え、輸送経路を2重化する意味もあるという。また、リニア新幹線の開通で、新幹線が停車する駅が増え、それらの地域の活性化にもつながると指摘した。

新幹線の海外展開では、現在、米国でニューヨーク-ワシントン間と、テキサス州での話が進みつつあるという。

2017年オープンの名古屋駅前のJRゲートタワーについては、「リニアが開通すればポテンシャルの高いオフィスになる」と述べたほか、今後、女性と高齢者の人口比率が高まることに対しては、「これらに対応するため、検査、監視、販売のあり方を加速度を上げて研究しなければならい」と述べた。

ブラザーの小池氏は同社の課題について、「ブラザーはミシンで創業した会社だが、最近は売り上げの6割は電子機器が占める。また、8割は海外でグローバルな競争の環境下に置かれている。今後、スマートデバイスが普及すると、プリンタ事業も安閑としていられないため、新たなサービス、商品を開発していかなければならず、ソリューションビジネスに舵取りをしようと思っている」と述べた。

また、企業を取り巻くIT環境の変化について、日本IBMの薮下氏は、「使い手と作り手の変化が起こっており、その象徴がアプリだ。これまではアプリケーションはコンピュータ用語だったが、今では一般用語になっている。ネットワークも、かつてはコンピュータとコンピュータをつなぐものだったが、最近では誰もが利用している。これまでコンピュータは省力化するために利用してきたが、今後は人の力の増力化に取り組んでいきたい」と語った。

今後どのような価値を提供するのか?

2つ目のテーマは、今後、どのような新しい価値を提供していくかについてだ。

これについて、JR東海の柘植氏は、「リニア新幹線の開通により、東京、大阪、名古屋が巨大な1つの都市になる。ストロー現象によって、大都市東京に飲み込まれてしまうのではという懸念もあるが、距離が離れているので、そのようなことにはならない。逆に、人、金、ものを首都圏から持ってこようと思っている。東京は過密になり、災害に対する脆弱性もあるので、機能の一部を名古屋や大阪に移すことで、バックアップにもなる。また、リニア技術は日本固有のもので裾野が広く、汎用性が期待できる」と述べた。

ブラザー工業 代表取締役社長 小池利和氏

ブラザーの小池氏は、「ブラザーは、いろんな事業にチャレンジしており、プリンタでもWi-Fiの追加、クラウド活用、カスタマイズ化なども行ってきた、ブラザーはこれまで培った製造業のノウハウを生かした開発を行っており、最近では新規事業として、ウェアラブルディプレイ、Web会議、スキャナのハードやソリューションにも積極的に取り組んでいる。今後は、お客さまの声を聞いて、お客様の価値を高めていく」と語った。

新しいビジネスにおける課題

3つ目のテーマは、新しいビジネスにおける課題についてだ。

課題としてJR東海の柘植氏はリニアの工事を挙げ、「南アルプスの25kmのトンネルや都市部の地下化など、86%が地面の中の工事だ。これらを、どう円滑に進めていくかや、水、騒音など環境にも配慮し、きちんと丁寧に対応する必要がある」と述べたほか、経営面でも、「5.5兆円という工事費も、金利や物価の変化に対応しながら、経営体力を強め、工事費用自体を下げていくことも必要だ。技術は山梨の実験線で研究をやっているので、ほぼ完成している。今後はコストダウンための実験をしていく」と語った。

日本IBM 取締役専務執行役員 エンタープライズ事業本部長 薮下真平氏

ブラザーの小池氏は課題として海外事業を挙げ、「海外に工場もあり、従業員の8割が海外だ。これらの人材とコミュニケーションをとり、ノウハウの共有などをいかに図っていくかが課題だ。また、グローバルからのさまざまな情報をいかに的確、迅速に製品に反映していくかも重要だ」と語った。

これらの課題に対してITがいかに貢献できるかについて、日本IBMの薮下氏は、「情報を活用することで、社員の平均値や技術力を上げていくことができる。Watsonはそれを具現化するものだ。過去のデータから未来が見えるようにしていきたい」と述べた。

ITでは人が重要

そして最後のテーマは、ITがいかに事業に貢献できるかについてだ。

これについてJR東海の柘植氏は、「鉄道の世界はITがないと成り立たない事業だ。安全性や正確性、1時間に18本の新幹線を東京から出発させることは、ITがあるからできる。ただ、これは人とITがあいまって担保できることだ」と、ITにおける人の重要性を指摘。

ブラザーの小池氏も、「ITの活用ですべてが解決されるわけでない、人がITに使われてはならない。ITの価値は、人のオーナーシップによって決まるのがポイントだ。これまでのノウハウがシステムに組み込まれることに意味がある。人がどうやってITを使いこなすかがキーになる」と同調した。

さらにIBMの薮下氏も、「情報を活用し、判断するのは人だ。世界が驚愕するダイヤで新幹線を運営できているのは、JR東海の人と技術があってこそだ。IBMでは、今後、世界の成功事例を紹介することで、企業のお手伝いできると思っている」と締めくくった。