我々が幼い頃、未来の生活を描くイラストを雑誌でよく見かけた。既に21世紀に突入しているが、(そのイラストにあった)パイプの中を走る車や、宇宙人のような服を着た人々はどこにもいない。しかし、当時の大人が夢描いた未来の1つ、コンピューターを使った学習環境が、ようやく実現にいたった。それが、佐賀県教育委員会とWindowsクラスルーム協議会が共同発表した「教育の情報化」である。

日本マイクロソフトでは2013年5月から、インテルや東芝、富士通などが45社が参加する同協議会を設立し、子どもたちに対する21世紀型スキル育成の教育環境を支援してきた。一方、佐賀県教育委員会が2011年から実証研究を行ってきた「先進的ICT利活用教育推進事業」というものがあり、これが一定の成果をあげたことで、今回の共同発表を行ったという(図01)。

図01 佐賀県教育委員会およびWindowsクラスルーム協議会の方々

教育の情報化とは、同委員会が以前から導入を進めていた電子黒板や学習用コンピューターなど、生徒1人に1台の端末を割り当てることで、教育の現場でICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)を積極的に活用するというものだ。日本マイクロソフト 執行役 パブリックセクター統括本部長の織田浩義氏によれば、今回の佐賀県のケースは、1人1台を完全に実現する日本初の教育現場になるという(図02)。

佐賀県教育委員会 教育長である川﨑俊広氏は、「(今後教育を受ける子どもたちは)国際社会で生き抜く力を得る必要がある」と現状を分析し、「教育用ICTデバイスの導入は喫緊の課題である」と述べた(図03)。

図02 日本マイクロソフト 執行役パブリックセクター統括本部長の織田浩義氏

図03 佐賀県教育委員会 教育長の川﨑俊広氏(写真右)と、同委員会 教育情報化推進室 室長の福田孝義氏(写真左)

同委員会 教育情報化推進室 室長の福田孝義氏の説明によると、2011年4月から一部の県立中学校などに、ICTデバイスとしてWindows 7タブレットを導入。2012年4月の段階では、県立高校の3校にiPadを520台導入している。同年11月にはWindows 8がリリースされたため、iPadおよびWindows 8タブレットを各520台導入したという。そして2013年7月、検討委員会の選定により、2014年度からすべての県立高校でWindows 8 Proタブレットを導入することが決定したそうだ(図04~05)。

図04 2011年から行われてきた実証研究の概要。既に2012年の段階で電子黒板が導入されているという

図05 教育ICTデバイスの選定経緯。途中iPadも検証されたが、最終的にはWindows 8 Proタブレットに決定した

興味深いのは、教育ICTデバイスを交えたシステム設計である。単に電子黒板や生徒用端末を導入するだけでなく、ソフトウェアやバックボーンも必要だ。同委員会では「いつでも」「どこでも」「誰にでも」良質な学習環境を提供するため、「SEI-Net(佐賀県教育クラウド)」と専用回線で結んだ校内ネットワークを構築した。子どもたちは学習用コンピューターを使い、インターネット経由で自宅学習や電子メールによる質問・相談が可能になるという。また、保護者は、一般的なコンピューターやスマートフォンから、学校行事や授業状況の確認など情報把握が行える(図06~07)

図06 学校や家庭を含めたバックボーンのイメージ。教育用ICTデバイスの利用シーンが想定できる

図07 学習用コンピューターに関する説明。Officeスイートやデジタル教材、電子辞書などがプリインストールされる

さらに福田氏は、教育の現場で必要なシステムとして、以下を挙げる。教師の事務負担軽減や学習環境の構築を行う「校務管理システム」、出欠管理や保護者への電子メール配信など各種業務を行う「学習管理システム」、そして学習の進捗管理や成績管理などを行う「教材管理システム」などだ。これらをクラウド上に構築したのが、先述のSEI-Netとなる。実際の構築はWindowsクラスルーム協議会の参画企業である、凸版印刷が行っている(図08)。

図08 各種学習環境を統合したSEI-Net(佐賀県教育クラウド)。2014年4月から本格稼働予定

また、導入事例の1つとして、教育ICTデバイスを導入している中学校が紹介された。電子黒板の利用は全国各地で行われているが、佐賀県では70インチの電子黒板に書いた内容を生徒が持つタブレット端末に送信し、生徒が作業をして結果を教師に返信することで、自動採点や理解度を高めることが可能だという。

今回のシステム導入にあたって有益なのが、様々な事情で登校できない生徒や何らかの支援が必要な生徒に対したり、災害時など学校運用が行えない場面での遠隔授業だ。もちろんネットワークインフラが必須なのはしかたないが、公平に教育を受けられる権利という観点からも、素晴らしい取り組みだろう(図09~10)。

図09 電子黒板や生徒のタブレットが連動することで、自動採点なども予定されている

図10 学校を開けないケースでも、遠隔学習を可能にするという

日本マイクロソフト 業務執行役員 パブリックセクター統括本部 文教本部長 兼Windowsクラスルーム協議会事務局長である中川哲氏も、今回の調査研究に関する説明を行った。ネットワークトポロジーを構築するにあたり、生徒が持つタブレットはBYOD(Bring Your Own Device)と同じスタイルになるため、高度なセキュリティが必要となる。そのため、日本マイクロソフトのエンジニアが佐賀県に出向いて各種設定を行ったそうだ(図11~12)。

図11 Windowsクラスルーム協議会事務局長の中川哲氏

図12 SEI-Net(佐賀県教育クラウド)を構成するネットワークトポロジー。Active Directoryベースでユーザーを管理するため、System CenterやFSサーバーなどが並ぶ

デジタル教材の利用方法は過去(紙)と大きく異なるため、新たなアプローチが必要ともいう。例えば、紙の辞書を引いて内容を覚えるというのが過去のスタイルだが、同じことをデジタル教材で実現するため、履歴機能の強化を目指すそうだ。

調べた単語を蓄積し、その履歴から教師は小テストを作成。さらにテスト結果を蓄積して、教師だけでなく保護者も子どもの学習状況を把握できるといったソリューションを実現できる。さらに中川氏は、教育用ICTデバイスを利用する教師の研修や、セキュリティ対策にも触れ、教育の現場がデジタル化する利点や安全性を強調していた(図13~15)。

図13 Windowsクラスルーム協議会が研究している学習履歴の蓄積利用例

図14 多忙な教師のために、研修方法として複数のソリューションを用意するという

図15 学校はAppLockerで利用可能なアプリケーションを制限し、家庭ではWindowsファミリーセーフティで制限するといったセキュリティ対策も可能だ

筆者が学生だった頃、学校でコンピューターを使用するような場面は皆無に近かったが、最近では小学校でもWeb検索の授業などが組み込まれているという。将来的には佐賀県だけでなく、日本全国で同様の施策を目指し、21世紀を担う学生が早期からコンピューターに親しむことで生まれる"新たな時代"を期待したい。

阿久津良和(Cactus)