ハイプ・サイクルにおける「過剰期待」の時期を過ぎ、「啓蒙の坂」を上り始めた印象の強い「エンタープライズ・ソーシャル(社内SNS)」。最近では成功事例の報道も増えており、社員同士のつながりを強化し、事業の進め方を変えるツールとして経営者の間でも認知されはじめている。

そうした中、経営者はエンタープライズ・ソーシャルをどのように捉え、経営の中にどのようなかたちで取り組んでいくべきなのか。

国産のエンタープライズ・ソーシャルネットワーク「Beat Shuffle(http://beat.co.jp/)」を提供するBeat Communicationでマーケティング・広報の責任者を務め、組織行動論やナレッジマネジメントに詳しい小石裕介氏に聞いた。

――日本企業の現状とエンタープライズ・ソーシャル実現のアプローチについてどうお考えですか?

Beat Communication マーケティング・広報責任者の小石裕介氏

2010年代に入り、日本企業は大きな転換点を迎えました。社員の転職、キャリア採用は当たり前となっていて、七五三現象と言われた新人の回転率の高さに関して異を唱える方はほとんどいなくなりつつあります。一方で、外国人社員の採用や女性社員の能力発揮も大きな課題となり始めています。彼・彼女らの能力発揮、創造性の発揮など活躍の場を広げる為、ダイバーシティ(多様性)を重視する施策を打つ企業も増えてきました。

また、売り上げ増や収益面での改善を目的として組織の効率化・スリム化が進みました。しかし、スリム化や効率化にリストラなどが伴う場合には、社員のやる気を低下させ、逆に非効率な結果を生み出しかねないというリスクもあります。

企業が成功する為には効率化や組織のスリム化が持つ冷たい要素(機械的な要素)と社員が自発的に能力を発揮する為の人間的な要素(有機的な要素)とが両立することが求められます。しかしこういったことを実現することは、それほど簡単ではありません。

そうした中で、企業の効率化と社員の能力発揮のための動機づけを両立する為の手法として企業内へのソーシャルメディアの導入によるエンタープライズ・ソーシャル実現へのアプローチが注目を集めています。

――エンタープライズ・ソーシャルのアプローチとは具体的にどんなものですか?

エンタープライズ・ソーシャルとは、これからのワークスタイルやワークプレイスを変革し、社員の自発性やアイデア出しを促進すると同時に、出身や性別、職位職階、所属部門を越えた社員の交流を促進し、企業の抱える様々な課題を解決するアプローチと定義できます。

そもそも、エンタープライズ・ソーシャルのアプローチは、米国の発想から出て来たものですが、日本企業の立場からは決して新しいものではありません。戦後の高度成長期や大量生産・大量消費が華やかだった80年代位まで日本企業では家族帯同の社内運動会、社員旅行、飲み会など様々なエンタープライズ・ソーシャルと同等の試みがなされていました。

――現在はどのように変化してきているのでしょうか?

外国人社員や女性社員の長期雇用などを含む多様性が重視される2010年代には、社内SNSを起点として対面での交流を補完あるいは支援する試みがエンタープライズ・ソーシャルとして定義されるようになっています。

――具体的な事例を教えてください

最近では、部署や店舗の成功ノウハウを社内SNSに蓄積して、他部署や他店舗に横展開する試みを行う企業が急激に増えています。大手の流通業では、パイロット店を立ちあげてテストマーケティングを行い、そこで得たセールストークや販促方法などのノウハウを社内SNSを通して横展開しています。

こうした現場の知識の横展開のためにはソーシャルメディアの活用が最適だと言われています。社内SNSを活用しなくてもノウハウの横展開は不可能ではありませんが、社内SNSがあれば、現場ノウハウの高速な横展開が可能になります。

社内SNSでセールストークを洗練、成功事例を他店舗へ横展開

ある航空サービス関係の企業では、女性社員の活用が経営課題となっていました。そこで当社のSNSの導入を進め、経営企画部の担当課長は、全国のオフィスから選抜された女性代表の会議を開いた後、導入されたばかりの社内SNSを使ってお互いの状況や課題などのフォローアップを行うことにしました。

それまでは、本社で会議を開いた後、次の会議を開くまで大きく時間が空いてしまうという問題がありました。しかし社内SNSを活用したことで、それぞれのオフィスから選抜された女性たちの交流が活発になり、従来は個々の担当メンバーが孤立してしりつぼみに終わりがちだった全社的な運動が、逆に活発化しました。

さらに地方では、女性代表のメンバー同士がオフの時間に集まって具体的な意見交換を行うオフ会もしばしば開催されています。経営企画部の担当課長は、全国を飛び回って各オフィスでのダイバーシティ運動を促進していますが、その為の連絡にも社内SNSが有効に機能しています。

中でも効果的だったのは質問と回答のやりとりをするQ&Aの機能でした。自分では解けない課題や悩みを抱えた女性代表メンバーがソーシャルメディアで気軽に質問を行い、それに各メンバーが答えます。「回答がこない場合、知っていそうな人に回答を依頼する」「自分でヒアリングする」などして質問者を助けあっています。普段顔を合わせないメンバーの知識が積み上がることで、航空サービス関係の会社のダイバーシティ運動は少しずつ機動に乗っています。

社内SNSによるQ&Aで、他人の知識を借りながら問題を解決していくことで従業員のつながりが強くなっていく

またある保険会社では、もともと複数の企業が合併してできたという経緯がありました。比較的大手の企業が規模の小さな企業を買収したという成り立ちです。

買収した側の企業では社員は自社に誇りを持っており、また入社時からの人脈もしっかり出来上がっていました。一方買収された側の企業では、社員は圧倒的な少数派であったうえ、同僚の退職もあり、それぞれの社員はあまり社内に人脈が無いといった状況でした。

そういった状況の中、社内の人事部は両社の社員の融和が必要と考え、当社の製品を導入しました。導入後、被買収側の企業の地方社員の一部が、ソーシャルメディアの上で積極的に自己紹介を始めました。「自分たちの前の会社のこと」「過去どんなことがあったのか」「自分は何が得意か」「現在の合併会社に対して今どんな思いを持っているのか」なども語り始めました。

この会話がきっかけとなり、それまでよそよそしかった両社の社員の間で、社内SNS上での交流が広がりました。そしてこの交流をきっかけとしたオフ会が開かれたり、本社での打ち合わせの時にお互いに挨拶をしたりするような関係ができはじめました。ネット上でまず知り合いとなり、対面の世界で初めて出会うというソーシャルネットワークの特性を生かした新たな交流が始まっています。

――通常のFacebookやブログ、Twitterなどの社会に広がるソーシャルメディアと企業内ソーシャルメディアとはいったい何が異なるのでしょうか?

まず、組織論の観点から考えると、企業内には、コマンドコントロールと呼ばれる職位職階で表される"上下の壁"があり、また営業、生産、調達、研究開発などの組織の壁、事業部の壁といった"左右の壁"も存在します。Facebookなどの一般的なソーシャルメディアにおける交流では、そういった上下の壁や左右の壁は基本的にはありません。Facebookでは人の承認欲求を満たすように設計されていると言われていますが、企業内SNSでは、マクレランド(McClelland)の欲求理論で表されるような、達成欲求や権力欲求、親和欲求といった複数の欲求を満たす設計がされている必要があります。

社内SNSの導入は企業がエンタープライズ・ソーシャルを実現する為に、社員の欲求を満たす同時に、上下の壁と左右の壁を上手く乗り越える手段として必要不可欠になってきています。かつての社員旅行や運動会やクラブ活動などは、上下の壁や左右の壁を越えて社員を一体化し、全社一丸となって同じ目標に向かって進む為の手段で大きな成果をあげてきました。しかし、多様性や創造性が求められる時代には別のアプローチが必要で、その解決策の一つが社内SNSだと考えています。

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以上、本稿では、小石氏の言葉を借りて社内SNSの効用について紹介した。

企業によっては「社員に浸透させるのが難しい」という意見も出る社内SNSだが、かつての社員旅行や運動会、クラブ活動などと同じような役割を果たすものと考えれば、それも至極当然の話だろう。従業員の関係強化を目的としたイベントは、運営側の企画/サポート内容や参加メンバーの心持ち次第で、絶大な効果を発揮することもあるし、形式だけのものに成り下がってしまう可能性もある。社内SNSは、ユーザー数の多いサービスであるだけに、相乗効果でその振れ幅も大きくなってしまう。運用に際しては、経営者、システム運用者の手腕が問われそうだ。

以前に掲載した小石の1回目のインタビュー記事も参考に、自社に最適な運用を探ってほしい。