インターネット上で配信されている全世界のラジオ放送を集約し、どこにいても好きな国の好きな放送局を聞けるサービス「TuneIn」。Webブラウザ版のほか、iOS、Android向けのアプリケーションも用意されており、端末に応じた最適なUIで利用することができる。

検索機能が充実しており、世界中でリアルタイムに流れているラジオ放送の中からアーティスト名や楽曲名を指定してお目当ての曲を見つけられるというのが最大の特長である。あくまでラジオ放送のため、各放送局が制作するバリーエションに富んだコンテンツを楽しめるというのは、PandoraやソニーのMusic Unlimitedのように音楽専用サービスとの大きな違いだ。

現在、TuneInは、全世界で約4000万人のアクティブユーザーを抱え、約7万の放送局をサポート。国内でも今年に入ってから本格展開を進め、すでに約85万人以上に利用されるなど、急激に普及が進んでいる。

米TuneInでアジアパシフィック地域のビジネス開発ディレクターの信川訓卓氏

そのTuneInが今、志しているのがラジオ業界の再興だという。果たして同社は、どういった施策を展開しようとしているのか。本誌は、米TuneInでアジアパシフィック地域のビジネス開発ディレクターを務める信川訓卓氏に話を聞いたので、その様子を簡単に紹介しよう。

ラジオ広告費はほぼ半額に

「かつては2400億円超もあった国内ラジオ広告費も、昨年はほぼ半額の1246億円。多くのラジオ局が厳しい経営状況に追い込まれている」

信川氏は、ラジオ業界の現在をこのように悲観する。リスナーの減少に伴い、広告収入も下落。放送局の収益に応じて支払われる音楽著作権料も減少しており、ラジオを取り巻く業界全体の景況が悪化しているという。

信川氏によると、インターネットを活用したサイマル配信はこうした問題を解決する秘策となりうるものだという。

インターネット配信では、電波ではなくインターネット回線で配信するため、地域の壁を飛び越えて全世界で聞いてもらうことが可能。さらにTuneInのような検索機能が充実したサービスが使われれば、放送局名や番組名を知らないユーザーも聞いてくれるようになる。

放送局は良いコンテンツを提供していれば、リスナーを増やせる。リスナーが増えれば、広告収入増の道も開ける。多くのラジオ局が現在陥っている負のスパイラルを抜け出せる公算が高いという。

リスナーが増えると、広告収益は増えるのか

サイマル配信にも問題は少なからずある。

最たるものは収益面だろう。リスナーが増えれば単純に広告収入も増えるかというと、当然ながらそうもいかない。大切なのは、出稿主の意図するリスナーを抱えることだ。

例えば、米国で聞いているリスナーに日本でしか売っていない商品のCMを流しても効果は見込めない。国内放送局のリスナーのうち圧倒的多数を占めるのは日本在住者なので、例え海外のリスナーが増えてもそこに向けた広告受注を増やすのは難しいはずだ。

この問題を解決するには相応の"仕組み"が必要になるが、TuneInではそこに向けた開発にすでに着手しているという。

「これまではユーザーを増やすフェーズと位置付けていたので、ユーザー向けの利便性を高めることに注力してきましたが、今は広告面にも目を向けています。2014年の後半には、Cue Toneを読み取り、放送局が流すCMをTuneIn側で置き換えるサービスを提供予定です。例えば、日本のラジオ局の放送でも、米国で流す場合は米国企業などによるCMに置き換えて流すことができるようになります」

CMの置き換えによる広告収入は、その4割を放送局側に還元する方針。放送局としては、大きな開発を行うことなく広告収入を増やせる可能性があるため、期待を持てるソリューションと言えるのではないだろうか。

インターネット広告技術を取り込み、収益最大化へ

さらにTuneInでは、リスナーの属性に応じてCMを出し分ける技術も開発中だという。これが実現されれば、性別や年齢などに応じて異なるCMを流し、広告主の出稿効果を高めることが可能になる。インターネットの広告技術をラジオコンテンツに適用したかたちだ。

TuneInではすでに、β版ながら放送局向けに「TuneIn Amplifier」というリスナー分析ツールを提供している。同ツールを使えば、地域別のリスナー数などを把握することが可能だ。ユーザー属性に応じた出稿を実現するうえでは、これを広告出稿主向けに改修したようなものを用意し、CMがどの程度のユーザーに聴取されたかを把握できるようにするという。

「こうした仕組みがうまく回れば、少なからずラジオ業界に貢献できるはず。そのためには、放送局や広告代理店、さらには著作権団体の理解を得る必要がある。今はそのための活動を行っている」(信川氏)

少なからず課題も

大きな可能性を秘めたTuneInだが、解決しなければならない問題もある。例えば、国内向けのIPサイマルラジオ「radiko.jp」では、「県域免許制度」や地方ラジオ局の収益などを考慮し、現行の電波放送と同じ地域のリスナーのみに配信を限定している。TuneInも国内ラジオ局のコンテンツを配信するには、同様の対応が求められるだろう。

こうし問題に関しては、信川氏は、「当然ですが、そのあたりにも対応していく予定。関係各所と相談しながら、許可が得られた場合のみ配信していきたい」と配慮する方針だ。

調整が必要なのはラジオ局ばかりではない。米国では、音楽著作権問題などを解決するために、各種利権を調整する「SoundExchange」という団体が2003年に立ち上げられた。それまで調整が必要になれば、関係各所を回らなければならなかったが、同団体の立ち上げにより手続きが大幅に削減されたという。信川氏は「可能であれば、国内においてもそうした新しい枠組み作りにも貢献できれば」という考えも持っているという。

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TuneInでは現在、電波放送でも全国配信しているNHKラジオのほか、地方のコミュニティ放送局の配信を実施している。最近では、エフエム世田谷や楽天野球団の配信を開始しており、特に楽天野球団ではシーズン終盤やクライマックスシリーズの試合を独自に実況中継し、好評を博していたという。

「海外では小さなレコード会社が所属アーティストの楽曲を流すインターネット放送局を立ち上げるケースもある。そういった活動も積極的に支援していきたい。今なら、先行者メリットというかたちで、手厚い支援ができると思う」(信川氏)

ラジオの世界にインターネットの技術を持ち込んで再興を図る。課題もあるが、期待の持てる取り組みと言えるだろう。TuneInの今後を楽しみにしたい。