東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県・釜石市。同市は震災当時、ライフラインが全て寸断されおり、国や県への連絡はおろか、市民の安否確認すら1週間以上ままならなかった。
最初の1週間の通信手段は衛星携帯電話のみ。それも震災直後は「まともに利用できなかった」と釜石市 野田 武則市長は語る。
固定・携帯電話ともに、段階的復旧が始まったのは震災後1週間以降だったという。野田市長は「防災の観点から見て、水や電気と並び、通信手段の確保は重要。市民にとっても、災害時に電話が繋がらないことそのものが不安に繋がる」と語り、震災体験から得た教訓を今後に生かす取り組みとして実証実験へ参加したことを語った。
携帯3キャリアが共同で取り組む「災害対策」
今回の実証実験は、大規模災害発生時に、携帯キャリアなどが運営する公衆無線LANサービスを無料開放するというもの。無料開放の実施方法や、災害ポータルサイトの開設といった取り組みが、ユーザーにどのように受け入れられるかを調査する目的で実施された。
釜石市の釜石駅に隣接する「シープラザ釜石」で行われ、近くには同市を代表する工場として有名な「新日鉄住金 釜石製鐵所」があったほか、震災モニュメントの「復興の鐘」が設置されていた。
総務省がオブザーバーとして今回の実験を後押ししており、同省 総合基盤通信局 データ通信課の河内 達哉課長は「スマートフォンが普及する中で無線LANが身近になってきていると思う。災害に強い社会を構築するために、通信事業者の壁を越えてこの取り組みを行うことができて嬉しい」と期待感を語った。
また、携帯3キャリアを含む80以上の企業や団体、地方自治体が参加する「無線LANビジネス推進連絡会」の会長で、NTT BP 代表取締役 小林 忠男社長は、「今は携帯電話が災害の状況を確認する一番身近なツール。一方で、釜石市の市民は皆さん知っていると思うが、災害時に携帯電話は利用できない可能性がある。ただ、その中でも近くまで有線で繋がっている無線LANがあれば、携帯を通じて情報を得られる可能性があることを知っていただきたい」と話した。
想定されている災害時の無線LAN利用方法はいたってシンプルなものだ。携帯3キャリアが提供する「docomo Wi-Fi」「au Wi-Fi SPOT」「ソフトバンクWi-Fiスポット」が、災害時にそれぞれのアクセスポイント(AP)が普段のSSIDとは異なる災害用統一SSID「JAPAN」を飛ばして、利用者はそれを選択するだけ。接続する際に、認証パスワードを必要としないため、IT知識をあまり持ち合わせていない高齢者などでも簡単にWi-Fiスポットへ接続できる。
一方で、認証パスワードを必要としないということは通信内容を暗号化する「WEP/WPA/WPA2」といったセキュリティがかかっていないことの裏返しでもある。この点について担当者は、「実証実験を行うにあたって、利用者が分かりやすく使えるようにしたもの。今後の検討課題の1つとして考える」としていた。
災害用統一SSID「JAPAN」についても、実証実験にあたって考えられた"仮の"SSIDだ。こちらは「外国人の方にも分かりやすいIDとして考えたSSID。SSIDは利用者が自由に設定できるので、『JAPAN』が利用されている可能性があるし、"J"が頭文字なのでスマートデバイスでAP一覧を見ると最初の画面に表示されない可能性もある。こちらも今後様々な検討を行っていきたい」(担当者)としていた。
今回の実証実験では、会場横にソフトバンクショップがあり、「JAPAN」のSSIDにソフトバンクユーザーが接続しようとしても、ソフトバンクのSSID「0001SoftBank」などに接続してしまい、災害用統一SSIDを体験できない可能性があった。そのため、ソフトバンクのAPに限り通常のSSIDを飛ばさない形で実証実験を行った。
ただ、一部担当者は「APは、複数のマルチSSIDの仕組みを持っているし、元々各キャリアのユーザーは契約キャリアのWi-Fiスポットに接続できる。災害時に『JAPAN』をサブSSIDとして設定すれば、特に問題ないのではないのか」と話していた。
その後、シープラザ釜石の横にあるローソンに場所を移し、「災害ポータル」の概要について説明を受けた。災害ポータルは災害用統一SSIDに接続した際、ブラウザを開くと災害ポータルへと自動接続される仕組みとなっている。
災害ポータルに自動接続する仕組みは、利用者の利便性を損ねる可能性もあり、最終的な仕様ではないという。ただ、Googleの「Personal Finder」やYahoo! JAPANの「天気・災害」といった主要Webサービス企業が提供する災害関連情報が集約されていることから、筆者の個人的感想ではあるが使い勝手の良いポータルサイトであると感じた。