名匠・木下惠介監督の生誕100年を記念して、映画『はじまりのみち』(6月1日公開)が制作された。時は戦時中、脳溢血で倒れた母を疎開させるために、惠介は母をリアカーに乗せて山越えを試みる。物語はこの実話を軸に描かれており、主人公・木下惠介を加瀬亮が、惠介に盲目的な愛情を注いだ母の"たま"を田中裕子が演じる。
そして、この重厚な作品でメガホンを取ったのが、日本アニメ界の第一人者で、『河童のクゥと夏休み』(2007年)を手掛けたことでも知られる原恵一。彼が愛してやまない"木下惠介"を、どのように描いたのか。初めての実写に挑んだ原監督に話を聞いた。
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原恵一 |
――木下惠介監督の作品を知るきっかけはあったのでしょうか。
洋画ばっかり見ていたんですけど、僕が20歳の頃はスティーヴン・スピルバーグ、ジョージ・ルーカス、フランシス・フォード・コッポラがスターだったんですよ。そういう人たちが黒澤明監督のことを評価していたんです。僕は黒澤監督作すら見たことがなかったんですけど、僕にとっての憧れの人たちがいいと言っていたので、見てみたんですね。それで分かったんです。こっちの方が、ハリウッドよりもすごいじゃないかと(笑)。それをきっかけにほかの監督の作品も見ようと思って、そこで木下監督作品と出会ったんです。
――木下監督と黒澤監督との間に評価の差があったのが納得がいかなかったそうですね。
そうですね。これはそのための映画ですから(笑)。木下監督はいろんなカラーの作品を作った方なんですが、1つに集約できない良さがあると思います。全部が全部大傑作とは思わないんですが、ほかの監督より劣っているということは決してないです。僕が一方的に思っているんじゃないという自信もあって。そういうことをずっと周囲に言ってきたんですよ。それが松竹の人にも伝わっていたのか、この話をいただきました(笑)。
――今まで実写映画を経験していない上に、憧れの監督をモチーフにした作品。オファーを受けて、ためらう部分もあったそうですね。
もちろんですよ(笑)。放り込まれたわと思って。受け取らないわけにはいかないですよね(笑)。さっきのような宣伝活動をしていたのに、一向に評価が上がらないもどかしさをずっと感じていたので、逃げるわけにはいかないです。だから、この球を喜んで受け取ったわけではないんですよ(笑)。失敗したら取り返しがつかないですし、ものすごいドキドキしながらでしたけど、とりあえずやれるところまではやろうと。
――いざはじめてみると初めての連続だったと思いますが、やっていくうちに実写の面白さを感じることはあったのでしょうか。
アニメは絵コンテを描いている段階で、自分の中でだいたいの画作りとかセリフとか、時間まで作ることができます。でも、実写はそうじゃなくてその場でいろんなことが起きて、いろんなことが決まっていく。そうだろうなとは思っていましたけど、実際に立ち会うとそこは大きく違う部分だとあらためて思いました。そこがまた面白さなんだろうなと。
――中でも惠介と便利屋(濱田岳)が語り合う川原のシーンは、初日は雨、2日目はダムの放流により水かさが増して中止に。そして3度目の正直で挑んだそうですね。
そうなんですよ(笑)。静岡のロケ地だったんですけど、あれが最後の撮影でした。特に水かさが増した時は困ったことになったと思いましたよね(笑)。制作部の人なんかは、暗いうちに見に行って『まだ撮影場所を渡れません!』って報告したり。撮影場所が中州になっていたので、みんなで橋を作ったんですよ。みんないい動きしてたなぁ(笑)。あの日の撮影は本当に忘れないですよ。でも、重要なシーンでしたし、実際に木下監督が通ったであろう場所の近くでクランクアップできたのは気持ちよかったですね。
――すばらしいキャスト陣がそろっていますが、彼らの演技を目の当たりにしていかがでしたか。
役者さんがみなさんすばらしかったので、自分のイメージのズレみたいなのはなかったですよね。むしろ、思ってもいないようなものがどんどん出てくるなと。これが生身の役者のすごさだと感じました。アニメはどうしても人為的な作業になるので。生身の役者さんを使ってイメージ通りのことをやれる人はできるんでしょうけど、僕は初めてだったので、アニメと同じような作り方をしようなんて思わなかったですし、今回は実写の作り方に合わせようと思っていました。……続きを読む。