故・石ノ森章太郎氏による名作『サイボーグ009』を原作とした映画『009 RE:CYBORG』が公開された。監督・脚本を務めた神山健治氏は、これまでに『攻殻機動隊S.A.C.』シリーズや『東のエデン』などを手掛けてきた監督だ。インタビュー前編では、同作の企画と映像作りに関する事を中心に話を聞いた。後編では、3DCGかつ立体視を用い、試行錯誤の連続だった制作現場の様子や、若き日本のクリエイターへのメッセージを聞いていく。

神山健治
1966年(昭和41年)3月20日生まれ。埼玉県出身。高校卒業後、アニメの自主制作に関わった後、スタジオ風雅で背景美術スタッフとしてキャリアをスタート。代表作『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』シリーズ『精霊の守り人』『東のエデン』など
撮影:伊藤圭

同作の映像は、キャラクターを含め、オール3DCGによって制作されている。だがもちろん、数値や時間を入力すれば自動的にCGが"演じて"くれるわけではない。カットごとに空間とキャラクターを構築し、一コマ単位で演技をつけていく必要がある。そこには大勢のスタッフによる複雑な工程と、緻密な管理が必要不可欠だ。どのような作業が行われていたのだろうか。

背景と立体視の工程

同作では美しい背景も見所のひとつ。奥行き感がありながら、『東のエデン』でも見られたようなタッチの残る質感や、複雑な光と影の表現など、絵としての美しさが非常に印象的だ。これらも全て3Dで構築されているのかというと、実はそうではない。

神山監督「モデリングしたものにテクスチャを貼っているカットもあるのですが、必ずしも全てではありません。"カメラマップ"といって、平面に描いてある絵を立体オブジェクトに投影することで立体に見せるという方法や、対象物にキャラクターが近寄らない場合には、奥行きの視差だけつければ立体に見えるので、実は立体にしていないものもあるんです」

立体視の映像を作る場合、一般的には色や質感がまだ出来上がっていない段階で視差をつけていく。しかし、同作では背景・背景に合わせた着色・モーションまでを仕上げてから、最後に視差を確認していったという。これは、自然な立体視を作る上で背景のディテールがとても重要なポイントになるためだ。

神山監督「言葉では説明しにくいのですが、立体視って視差をつけて被写体になる人物を手前にもってくると、小人になってしまうんです。普通(平面の絵では)、手前にあるものは大きく描きますよね。でも立体の場合は手前に出すと小さくなり、奥に引っ込めると逆に大きく見えてしまうんです。部屋の中で、壁や机があってキャラクターがいるというシーンならば、CG上ではその位置関係にウソはついていない。でも視差をつけると、背景(壁)のディテールに対して、キャラクターが手前すぎると小人に見えるし、奥に行きすぎると巨人に見えてしまいます。これが実写(の立体視映像)と大きく違うところで、どうしても手で描いたものの誤差を埋めるために適正な視差をつけていく必要があるわけです」

かつて、戦争ビジネスによって世界の支配を目論む組織「黒い幽霊団(ブラックゴースト)」により、兵器として生み出されたサイボーグたちがいた。彼らは自らを生んだ組織を離れ、幾度となく正義のために戦うこととなる。そして2013年、世界中で連続する高層ビル爆破テロで各国が疑心暗鬼に陥る中、各々の道を進んでいた彼らが、再び集結する

演出にたどり着くための工程管理

オール3DCGかつ立体視ということで、これまでのアニメーション制作とは工程が大きく異なることは想像に難くない。監督がTwitterに投稿した言葉と写真からも、その難しさと重要性が伺える。どのような作業を、どうやって管理していったのだろうか。

神山監督「(Twitterに投稿した表は)ひとつのカットの作業工程がどこまで進んでいるかということを目視するためのものです。縦がカットの番号、横が工程ですね。普通のセルアニメでは、絵コンテが出来上がった後は、原画、動画、仕上げ、別セクションで背景があり、その背景と仕上げの済んだセルが撮影に回るという工程です。しかし、今回は、コンテが出来た後に、『アニマティクス』(=セルアニメで原画に当たる部分。人形に動きが付けられる)、『セルルック』(=キャラクターに置き換えられるが、色や衣装等が完全でない)、『背景』、『ストラクチャー』(=そのカットで構造的に必要な素材が全てそろった状態)、その後『撮影』で、『立体視』。その途中で、『カメラマップ』をするかしないかという工程や、さらに『特A』と言われた、全てのオブジェクトを立体で作らなければならないという工程が発生して。撮影も、L-ch(左目用の映像)だけの撮影と、R-ch(右目用の映像)を作る『R-ch出し』と呼んでいた作業がありました。これに、『モデリング』が別で動いているんですね」

ストラクチャーまでの工程では、キャラクターは実写で言うスタンドイン(=撮影準備用の代役)で進行している場合がある。ストラクチャーまでたどり着いたカットも、ここでモデリングが終わっていなければ先へ進めないという状況に陥ってしまう。

神山監督「あまりにも作業工程が多すぎて、そのカットが一体何で滞ってしまっているかということを、誰も正確に把握できないんです。だから、本来監督がやる仕事ではないと言ってしまえばそれまでなんですけど、今回は僕自身が表をつけて、誰よりもこのカットが何で進んでいないのかを把握し、『演出的にここでこういう作業をしたいんだけど、この工程はいつ上がりますか』ということを管理していきました。演出をするために進行(=制作進行:分業化されたアニメーション制作において、各部門の進行状況の把握と調整・折衝を行う役割)を肩代わりしなければならないというような状況ですね。各工程それぞれのスペシャリストはいるんだけど、その全体を統轄していくのはみんな初めてだったので、どうやったら円滑に進められるかということそのものも今回は手探りでした。誰が悪いということではなく、まだまだ成熟していない制作工程なので、試行錯誤が必要なんです」