コンピューターというハードウェアを活用するために欠かせないのが、OS(Operating System:オペレーティングシステム)の存在です。我々が何げなく使っているWindows OSやMac OS XだけがOSではありません。世界には栄枯盛衰のごとく消えていったOSや、冒険心をふんだんに持ちながらひのき舞台に上ることなく忘れられてしまったOSが数多く存在します。「世界のOSたち」では、今でもその存在を確認できる世界各国のOSを不定期に紹介していきましょう。今回は「Linux」を紹介します。

Linux誕生以前

OSという歴史を紐解き、オープンソースという分野に限れば「Linux(リナックス、リヌックスなど)」ほど成功したOSは存在しません。Windows OSだけを使い続けてきた方でも、その名を耳にしたことがあるLinuxは、1991年にその産声をあげました。フィンランドのヘルシンキ大学に在学してたLinus Torvalds(リーナス・トーバルズ)氏は、当時Minix(ミニックス)というOSの教育用に開発したUNIX風のOSを使用していました。同OSはUNIXのライセンス問題によりソースコードが非公開になったことから、UNIXバージョン7互換のシステムを再設計したものです。

MinixはOSが担う機能を必要最小限とし、残りをユーザーレベルに移すマイクロカーネル構造を採用して全体のコード数も最小限に抑えられていることから、各コンピュータープラットホームに移植されました。当時は商用UNIXが中心になってしまったという背景もありますが、話がそれるため詳しくは割愛します。このようにMinixはあくまでも教育用OSでしたが、実用性を求めるTorvalds氏を中心としたユーザーにとって満足のいかないものでした。

ここで登場するのがMinixの生みの親であるAndrew Tanenbaum(アンドリュー・タネンバウム)氏。当時オランダのアムステルダム自由大学で教鞭(きょうべん)と取っていた同教授と、前述のユーザーたちの間に論争が起こりました。この論争の内容は「オープンソースソフトウェア――彼らはいかにしてビジネススタンダードになったのか」(O'Reilly Japan刊:現在は絶版)の付録で確認できます。興味をお持ちの方はWeb公開版の付録A ディベート――リナックスは時代遅れだ。を是非ご覧ください(図01~02)。

図01 Minix 3.2.0の起動画面。UNIX系の雰囲気を醸し出しています

図02 パッケージシステムが用意されているため、比較的簡単にX Window Systemを起動することもできます

Tanenbaum氏はあくまでもMinixは教育用OSであり、それ以上の拡張を望まないと述べ、学生たちはより便利な機能を求めて両者の意見は分裂。Minixの改良をあきらめたTorvalds氏は新しいOSを一から作り上げることになりました。なお、現在でもMinixはメンテナンスされており、ダウンロードすることが可能です。ご興味を持たれた方は一度お試しください。

さて、90年代初頭はWindows 3.0やOS/2、Mac OSもバージョン6.xといったOSが出始めた頃ですが、Torvalds氏は商用OSとなっていたUNIXを自由に使えるOSと望んでいました。そのため同氏は1991年4月から、論争のきっかけとなった自作のターミナルエミュレータを改造し、UNIX互換の基礎部分作成に取りかかります。他の部分はUNIX互換のソフトウェアを"フリー"実装することを目標とするプロジェクト「GNU(グヌー、グニューなど)」のツール類と組み合わせることで、LinuxというOSがこの世に誕生しました。それが同年9月の話です(図03)。

図03 初期Linuxの起動画面。FDで起動するシンプルなものでした(もちろんHDDも使用できます)

ここで少し脱線して、「GNU/Linux」という呼称について説明しましょう。前述のとおりLinus Torvalds氏が中心になって作り上げたLinuxは、カーネルと呼ばれるOSの核にあたる部分。OSの稼働に必要なライブラリなどはGNUプロジェクトの成果物を使用しています。そのため、GNUプロジェクトの創設者であるRichard Stallman(リチャード・ストールマン)氏は、Linuxの呼称を「GNU/Linux」にするべきだと主張しました。

この件でネットニュースは大炎上。「GNU/Linux」を支持する意見と「Linux」を支持する意見が真っ向から対決しました。結果だけ述べればStallman氏の意見を受け入れて改称した「Debian GNU/Linux」もありましたが、多くは「Linux」という単体の呼称を使い続けています。当時のGNUプロジェクトで進めれていた「GNU Hurd」が実用レベルに達していれば、同じく"フリー"であるLinuxとのせめぎ合いで互いに成長したことでしょう。しかし、2012年時点でもGNU Hurdは正式版に至っていないのが残念です(図04)。

図04 公式サイトで配布されているGNU Hurdの起動画面。現時点ではLinuxに勝るアドバンテージは感じません