ワコムは、同社が開催する「Wacom Creative Seminar」の1周年を記念して、3月3日と4日の2日間に渡って4名のクリエイターがセッションを展開する「Wacom Creative Seminar Special」を官山ヒルサイドテラス(東京・渋谷区)にて実施。本レポートでは、3日に行われた、イラストレーター・マンガ家の安倍吉俊氏によるセッションを紹介する。

衝撃を受けた筆圧感知機能との出会い

安倍吉俊氏

安倍氏は学生時代に日本画を学びながら、パソコンを使ったイラスト描画に取り組んだり、マンガ雑誌へ作品投稿、アニメーション作品『serial experiments lain』の制作に参加するなどの活動を行っていた。その後もアニメーションやマンガの制作に携わり、現在はWeb雑誌『ガンガンONLINE』(スクウェア・エニックス)にて、マンガ『リューシカ・リューシカ』を連載中。

パソコンを使ったイラスト描画の環境は、16色しか扱えないPC-9801とマウスがペン型になっただけのような入力デバイスからスタート。その後、友人が使用しているフルカラー対応のMacintoshと、筆圧感知で濃淡の描き分けもできる「Painter」&ワコムのタブレットを見せてもらい、天地がひっくり返ったような衝撃を受けたそうだ。早速、投稿したマンガの賞金で同じ環境を手に入れてイラストを描き始め、そのイラストがきっかけで上記のアニメーション作品『serial experiments lain』のプロデューサーに声をかけられたという。

線画の作成行程と着色作業の環境

今回のセッションでは、実際に『リューシカ・リューシカ』単行本4巻表紙の元となった線画を、Painterで着色する作業を披露。デバイスは、会場に用意されたペンタブレットの新製品「Intuos5」が使用されたが、実際の仕事ではIntuosシリーズから液晶タブレット「Cintiq」に移行している。

題材となったイラストの単行本表紙用に着色されたもの

また、会場にはパソコンの画面が投影されるスクリーンと、阿部氏の手元を映すモニタも用意され、塗られていく線画と阿部氏の手さばきが同時に確認できる環境が用意されていた。

会場には、パソコン画面投影用スクリーンと阿部氏の手元を映すモニタが設置

線画作成の行程は、紙と鉛筆で描いた線画をスキャナで取り込み、「Adobe Photoshop」で加工したのちにPainterへ持って行くという作業を行っていたが、今回は初めて、最近購入したCintiqとPainterの鉛筆ツールを使って描画している。この変化に関して阿部氏は「タブレットの性能が上がって来たことと、自分が使い慣れたこともあり、ある程度は鉛筆の代用として使えるようになってきた」と話している。なお、マンガ原稿に関しては以前からフルデジタルに移行しており、今回の表紙のようなイラストでは、鉛筆で描いた後に手で擦ってぼかす作業などもあったため、デジタル化していなかったという。

着色作業では、最初に自作のパレットが紹介された。あらかじめ作成していた肌色や髪の毛の色、木や土のブラウンなどが少しずつ塗られたファイルで、これをスポイトツールで読み取ってから線画を塗っていくのだ。また、ペンのボタンにはスポイトツールを割り当てて、パレット上の色をクリックするだけで着色する色の変更が行えるように設定している。

塗り作業用の自作パレット

以前はパレットを作らない主義だったが、カラー原稿を作成する度に主人公の女の子の肌や髪の毛の色などが変わってしまったため、過去に作成した原稿と統一させるために導入したという。また、パレットの導入によって、アシスタントにも塗り作業が任せられるというメリットもあったそうだ。

質問を随時受けながらPainterでの着色を披露

Painterでの着色は、ティントブラシツールやデジタル水彩ツールなどを使い、パレットから拾った色を水彩画のように塗っていく作業となる。このときの注意点として阿部氏は「絵の具の癖を引きずっているだけかもしれませんが」と前置きし、明るい部分に暗い影を描いていく方法と、影の中に明るい部分を取り残していく方法の、どちらか一方に絞った方が良いと解説。そうした方が、絵としてのまとまりが良く、光の状況が分かりやすいのだとか。

また、今回取り上げた絵のように、背景がはっきりと描かれている下絵では、全体の色を大雑把に塗ってから個々の色を全体にあわせたバリエーションとして塗っていき、キャラクター主体の下絵ではキャラクターから先に塗っていく方法を採っている。

塗り作業が続けられるなかで質問の受付も行われた

以降は塗り作業が続いたため、阿部氏の提案で作業をしながら質問の受付が開始。会場からは、背景のモチーフを選んだ理由(気に入った近所の公園の遊具)や、実際の原稿の着色に掛かった時間(5時間くらい)、創作に役立っている趣味(生活のすべてが役立っているが、特にカメラ)、原稿の解像度(カラーは原寸で400dpi、モノクロは600dpi)などの質問があった。

また、USTREAM配信の視聴者からもアイデア出しに関する質問がTwitter経由で寄せられ「作品を作ることと思い出すことは自分の中で近い部分があって、自分の無意識下にあるものが上手く引き出せて、作為的ではない形で作品に反映されると良いものになりますね」と回答。阿部氏は、質問の回答を行いながらも時間ギリギリまで着色の実演を行って、セッションの終了時間を迎えた。