企業と消費者とのコンタクトポイントとして、インターネットの存在感が大きく増してきた。今や企業にとっても、ネットを利用したマーケティングやブランディングの巧拙が、実際のビジネスに影響を与えることを意識せざるを得ない状況だ。
2012年1月には、巧拙の「拙」の側面で、ネット上のコンテンツが企業のビジネスに強く影響を与えていることを実感させる事件が起きた。著名な飲食店系クチコミ情報サイトで発覚した「やらせ書き込み問題」である。
これは一部の業者が、飲食店から報酬を受け取った上で、その店舗に対する好意的なクチコミをサイトに書き込み、不正に高評価をつけるという手口が発覚したものだ。本来、一般消費者の中立的な評価から成り立っているはずのクチコミ情報サイトで、こうした不正が行われていたという事実は、ニュースなどで大きく扱われるとともに、ネット上でも「ステルスマーケティング」を意味する略語である「ステマ」などと揶揄された。
この情報サイトの運営会社では、不適切な内容のクチコミに対する対応を強化するとともに、代理でのクチコミ投稿を請け負う業者に対して「不正行為の停止の要請に応じない場合はさらに踏み込んだ法的措置も視野に入れる」と発表した。さらに消費者庁も調査に乗り出すなど、行政も巻き込むほどの事件となってしまった。ネット上のクチコミ情報サイトが、一般の消費者に与える影響が強力であることが、悪い形で示されてしまったともいえる。
こうした問題が表面化することで、クチコミサイトへの消費者の信頼が揺らぐと同時に、やらせ業者を利用しているか、いないかにかかわらず、そこに評価が掲載されている飲食店への信頼も、少なからず揺らいでしまったといえるだろう。まして、実際にやらせ業者を利用していた店舗は、こうした「不正」を行っていた事実が明らかになることで、信用に致命的なダメージを負うこととなってしまった。
クチコミ情報サイトの「限界」
ブログやソーシャルメディアを通じた企業のマーケティングやプロモーションを手がけるコムニコの代表取締役社長である林 雅之氏は、クチコミサイト全般の傾向として、「やらせ業者が活動しやすい環境となっている」とする。基本的にニックネームでの書き込みが可能となっているため、店舗の運営側がユーザーを装ったり、法人が複数アカウントを取得して、やらせ書き込みを行うことは難しくない状況にあるという。
また店舗側が、フェアではないと知りつつ「やらせ」の書き込みを行いたいと考えてしまう構造がある点も、現状のクチコミサイトの弱点だという。
「こうしたクチコミサイトには、構造的に店舗の優劣を作る仕組みがあります。書き込みの内容をもとに、店舗側の手が届かないところで、評価は数値化され、ランク付けされる。その仕組み自体は悪くないと思うのですが、影響力のあるサイトで明確な優劣が付けられてしまうことで、『方法があるのなら高い評価を得たい』と考えてしまうケースもあるのではないかと思います」(林氏)
林氏自身も、クチコミサイトをよく利用するという。ユーザーの視点で見た場合、利用する店を決めるにあたって、平均より評価の低いところは最初から検討の対象にならないという厳しい現実も理解できるという。また、サイトによっては「影響力の強い評価者」が存在し、たまたまその評価者が来店した際に悪い印象を与えてしまった場合には、その後店舗側が改善を行ったとしても、全体での評価の向上につながりにくい仕組みにもなっている。
「その構造を店舗側から見た場合には『敗者復活がしにくいプラットフォーム』との印象を持ってしまい、結果として倫理的に問題があると分かっていても、やらせなどの方法に頼ってしまいたくなるといった悪循環があるのかもしれません」と、林氏は分析する。
もちろん、商品やサービスなどに対する「数値化された相対的な評価」というのは、ある側面では価値があるものだ。一方で、その時々のニーズや個人的な好みといった数値化しにくい評価項目は、同じ軸の上での相対評価では、当然のことながらスポイルされてしまう。そこに、多くのクチコミサイトが持つ構造上の限界があると林氏は言う。
「今回の問題をきっかけに、情報は何らかのフィルタがかかった形で届けられるものだという当然の事実が、改めてエンドユーザーに意識されるようになりました。その中で、企業がネットを使ってユーザーとコミュニケーションを図るには、特定のサイトだけに偏らず複数の『チャンネル』を持つことが重要になるのではないかと感じています」(林氏)
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