宇宙航空研究開発機構(JAXA)は1月31日、周回軌道への投入に失敗した金星探査機「あかつき」について、今後の対策や運用方針等をまとめ、宇宙開発委員会・調査部会で報告した。トラブルの原因を見逃してしまった背後要因についてまで分析しており、教訓として今後の改善に活かす方針。
同日開催された記者会見には、JAXA宇宙科学研究所の中村正人・あかつきプロジェクトマネージャと稲谷芳文・宇宙科学プログラムディレクタが出席。上記報告内容について説明した。
今回の不具合はなぜ起きたのか
「あかつき」は日本初の金星探査機。2010年12月に金星に最接近し、軌道制御エンジン(OME)の逆噴射により周回軌道へ投入する予定であったが、約2分半後に姿勢が大きく乱れたために噴射を中断、減速が足りずに金星を通過してしまった。姿勢が乱れたのは、OMEが燃焼中に破損したことが原因と見られている。
これまでの経緯について、詳しくは以下の過去記事を参照して欲しい。
- 金星探査機「あかつき」の失敗原因は「逆止弁の閉塞」 - JAXAが特定
- 「あかつき」はノズルを喪失か、しかし2015年の再投入は可能 - JAXAが結論
- 「あかつき」の噴射テストは9月7日と14日に実施、使用可能かどうかの判断に
- 「あかつき」の軌道制御エンジンは使用断念 - 当初の観測軌道投入は困難に
OMEは2液式のスラスタであり、燃料(ヒドラジン)と酸化剤(四酸化二窒素)をそれぞれ高圧ヘリウムで燃焼室に押し出す仕組み。ヒドラジンと四酸化二窒素は混合しただけで燃焼反応を起こすが、ヘリウム側の配管を通って混ざってしまうと危険なため、燃料側と酸化剤側には、逆流を防止するためのバルブ(逆止弁)が設置されている。
ところが「あかつき」の推進系では、予想以上の量の酸化剤蒸気が逆流。燃料側の逆止弁(CV-F)のところで燃料蒸気と反応し、塩(硝酸アンモニウム)が生成され、CV-Fの閉塞を引き起こした。これにより、押し出される燃料の量が減り、酸化剤過多の状態で燃焼したために、スラスタが異常な高温になったと推測される。
酸化剤蒸気がなぜ予想以上にバルブから漏れたのか。ガスが通過する仕組みとしては、シール部の隙間から漏れ出す「リーク」と、シール部の高分子材料に染みこんで通過する「透過」の2種類があるが、従来、量的に支配的なのはリークだと考えられ、透過については考慮されてこなかった。しかし「あかつき」では、この透過の方が多かったのだ。
ここまでのことは、昨年6月の報告で明らかになっていたが、今回の報告では、トラブルを未然に防げなかったことの背後要因について分析が行われた。
ポイントとなるのは、なぜ酸化剤の透過を見抜けなかったのかだ。
バルブのリークや透過を調べる方法としては、本物の推進剤(燃料と酸化剤)を使う実液試験と、推進剤の代わりに基準気体(ヘリウム)を使う試験がある。本来は実液試験が理想だが、ヘリウムを使うことが多いのは、分子(原子)が小さくて早く漏れる(試験時間が短縮できる)、安全(ヒドラジンは有毒)といったメリットがあるからだ。
ヘリウムのリーク量は、推進剤のリーク量とは異なるが、あるリークモデルにもとづく計算式に入れて、これを推定する。実際、他のバルブを使った実液試験では、酸化剤蒸気のバルブ通過量は、ヘリウムで推定したリーク量と同等だったため、透過メカニズムについて深く検討するまでには至らなかった。
しかし実際には、透過の量はシールの形状や材質によって異なり、バルブの種類ごとに大きく変動するものだった。JAXAはこれに気付かず、ヘリウムの試験だけで通過速度を管理できると考え、「あかつき」のバルブでは実液試験は行わなかった。同じバルブが、火星探査機「のぞみ」で使われた実績があったことも、この背景にはあった。
これについて、報告では「我が国におけるバルブの実液試験実績は少ない。推進剤蒸気の移動といった現象に対する技術的知見が十分でなかった」「想像力の不足により試験検証計画の体系的・網羅的な検討やリスク管理が不十分であった」と指摘。今後は、JAXA主導での基礎的な技術データの蓄積、推進系データベースの充実、可能な限り実使用環境に近い条件での試験、などが必要とした。
ただ、衛星の開発は限られた期間・予算・人員で進めなければならないため、ありとあらゆる試験を行うことは不可能。現実的には、リスクの大小を評価して、メリハリを付けた試験を行うしかないが、それを正しく判断するためには、技術者・研究者の知識や経験が必要。JAXA内での実験機会を増やすなどして、人材の育成も図るとした。
「あかつき」推進系の不具合については、今回の報告で一区切りとなるが、この情報は他のプロジェクトにも水平展開されており、同様の問題が起きないかどうかチェックされている。小惑星探査機「はやぶさ2」では、「あかつき」の事故を受けて推進系の設計を大きく変更、高圧ヘリウムを燃料側と酸化剤側で完全に分離して、上流で混合することがないようにした。
「あかつき」の現状と今後の運用
すでに報じられているように、「あかつき」はOMEが使えないことが分かり、その代わりとして、姿勢制御エンジン(RCS)を使うことを決定。2011年11月1日から21日まで、合計3回、軌道制御のための噴射(マヌーバ)を行った。これについては予定通りに実施され、「あかつき」は2015年11月に金星に再接近できる軌道に入った。
RCSはもともと姿勢制御用であって、このような長時間燃焼は本来の使い方とは異なるが、推力・比推力ともにほぼ予想通りだったとのことだ。今回、近日点における軌道制御に成功したことで、次は金星に再接近するまで噴射の必要はないが、燃料タンクはすでに十分ヘリウムで加圧されており、今後、万が一CV-Fが固着して完全に閉塞しても、RCSの運用に問題はない。
なお、RCSは1液式のスラスタであるため、酸化剤は不要(1液式では燃料しか使わない)。探査機の重量を少しでも軽くした方が燃料を節約できるため、この軌道制御の前に、酸化剤(約65kg)を投棄する運用も行った。投棄は1分間のテストのあと、3回(合計24分間)にわたって実施。探査機の加速度やタンク圧力などのデータから、ほぼ全ての酸化剤が投棄されたことが確認できた。
これで、2015年11月の金星再会合は確実となったが、再投入後の周回軌道について、今回、より詳しい情報が明らかにされた。
検討されているのは、2015年11月に金星の周回軌道に入れる場合と、最初の会合はスルーして再び会合する2016年6月に入れる場合の2ケース。いずれにしても、当初の計画より、遠金点は遠くなってしまうが、より観測に適した軌道に入ることができるのは、2回目の2016年6月の方だという。
2015年11月に再投入した場合、太陽摂動の影響により、近金点の高度が低下する。この効果を緩和させるためには、極軌道に近い軌道にする必要があるが、すると探査機の姿勢の制約から、観測時間が短くなる可能性が高い。一方、2016年6月の場合は、逆に近金点高度を上げる効果があり、当初の計画通り、赤道面に近い軌道に入れることができる。
観測には2016年6月の方が適しているが、その一方で、探査機の寿命の問題がある。どちらのケースでも設計寿命(4.5年)を超える運用となり、懸念されるのは観測機器の劣化。寿命の面では、観測を開始するのは早ければ早いほどよく、最適な軌道になるのをいつまでも待っていられるわけではないのが現状だ。今後、探査機の状態を見ながら、いつ投入するか、2014年までに最終判断する模様だ。
会見の最後、抱負を聞かれた中村プロマネは「皆さんの期待を担って打ち上げさせて頂いた探査機が、数年後とはいえ、周回軌道に入れる可能性がでてきたのは非常に嬉しいこと」と答え、「その小さなチャンスを、決して無駄にしないように頑張りたい」と決意を述べた。