D-waveは1999年に設立された会社で、2003年に1qubitの素子を作って以来、着々と集積度を上げており、今回、Lockheed-Martinに販売した量子コンピュータは128qubitのRainierチップを搭載している。なお、この図の中の各点は、そのqubit数で動作した時点でプロットしてあり、128qubit素子でも2010年2月の時点では50qubit程度での動作が記録であったということを意味している。

そして、D-waveは、現在、Vesuviusという512qubitのチップを開発している。

SC11で示されたD-waveのロードマップ(出典:SC11発表資料)

8qubitグループのチップ上での配置は次の図のようになっており、qubitを構成するコイルの交点の周囲にqubitを構成するJJ1、2素子や、補正や結合を制御するブロックが並んでいる。そして、図の右下の図のように8qubit間が結合され、両側に各4本の結合の手が出ている。

D-waveの資料の8qubitグループのレイアウトを示す図(出典:D-wave資料)

そして、128qubit素子では、この8qubitのブロックが4×4並び、隣接する辺のところで対応するqubit同士が結合されている。図の右側は、チップをパッケージに搭載した写真である。なお、このチップは0.25μmプロセスで作られているという。

128qubitチップのレイアウト図と写真(出典:D-wave資料)

このチップはニオブ系の超電導金属を使っており、極低温にしないと動作しない。超電導を起こすだけであれば数K程度に冷却すれば良いが、Adiabatic Quantum Computingの場合は熱エネルギーで初期状態よりエネルギーが高い状態にジャンプしてしまうと解が誤ってしまう。このため、D-waveでは20mK(絶対温度で0.02度)まで冷却している。そして、外部からノイズが入りこまないように、入出力や電源などの外部とつなぐ配線には30MHzのフィルタを入れている。

128qubitチップを搭載するマザーボード(左)とその上部の断熱構造(右)(出典:SC11資料)

そして、磁束で動作する素子であるので、外部からの磁界を排除する必要があり、高透磁率のシールド、外部磁界のキャンセルコイル、最後に超電導材によるシールドを施し、プロセサチップのところでの磁界は1ナノテスラと地磁気の5万分の1という磁界まで低減している。なお、これらの磁気シールドは、この写真には写っていない。

そして、この20mKに冷却され、厳重な磁気シールドを施されたプロセサに制御用のラックと冷却用のポンプのラックがついて、システムとなる。

D-waveのシステムの構成図(出典:SC11発表資料)

システム全体では、設置面積は約200平方フィート(約18平方メートル)で、消費電力は7.5kWである。この消費電力の大部分はポンプの電力であり、将来の512qubitのプロセサでも消費電力は変わらないという。

このチップの動作であるが、次の図に示すように、まず、解くべ問題を表現するように各qubitの状態や結合係数をロードする。これには100μs程度かかる。しかし、DACをセットする動作はエネルギーを消費し、チップの温度が上がってしまう。このため、チップが冷えるまで1ms程度待つ必要がある。そして、qubitの値と結合によって決まる安定状態にシステムが落ち着くQuantum Annealに必要な本当の計算時間は10μs程度である。そして、結果の状態を読み出すのに100μs程度かかり、全体の計算時間は1.2ms程度となる。

D-waveの量子計算の手順と所要時間(出典:D-wave資料)

qubitの値を0/1の2値にデジタル化して読み出すと、重なり状態に応じて確率的に0/1の値を取るので、確からしい答えを得るには同じ計算を100回とか1000回とか繰り返し、出現頻度の高いものを選ぶ必要がある。そして、SC11では次の図を示した。

SC11で示された計算時間比較の図(出典:SC11発表資料)

この図では答えの信頼度が99%で100回の計算であり、D-waveマシンでは変数(qubit)の数とあまり関係なく、ほぼ120msで解が得られている。一方、通常のコンピュータで計算した場合の時間が斜めの線で、512変数の場合は32万年かかるということになる。

しかし、両者の計算時間は128程度でクロスしており、128qubitの現在のマシンではメリットが無く、512qubitのVesuviusチップの完成が重要ということになる。

このD-waveマシンの用途としては、整数の答えを得る最適化を行う問題やマシンラーニングなどが適しているという。そして、南カリフォルニア大のBoixo氏のスライドの一部を紹介すると、画像認識では、間違ったものを正しいと認識してしまうFalse Positiveと、正しいものを間違って認識してしまうFalse Negativeを比較すると、D-waveマシンは通常のコンピュータとアルゴリズムと比べて良い結果を示しているという。

D-waveと普通の計算アルゴリズムの画像認識結果の比較(出典:SC11発表資料)

その他にもいろいろなテーマが研究されているようであるが、共同研究が始まって日が浅く、研究中というものばかりという印象であった。そして、128qubit間の結合の例として次の図を示した。

128qubit間の結合の例(出典:SC11発表資料)

この図に見られるように、8qubitのグループ内では密な結合があり、グループ間では隣接グループとの結合だけになるようにマッピングが行われている。