「Adobe」と「クラウド」という2つのキーワードを聞いても、両者のつながりがいまひとつピンとこないかもしれないが、業界全体がクラウド戦略を打ち出すなか、Adobeもまた自身のポジションを意識した形でのクラウドの展開を進めている。今回はエンタープライズという視点から、米Adobe SystemsバイスプレジデントでLiveCycleビジネス担当ジェネラルマネージャのKumar Vora氏に同社クラウド戦略について説明してもらった。

Kumar Vora氏

Adobeの場合、Creative Suite (CS)のようにデザイナーやデベロッパ向けのツール製品が主力な一方で、FlashのようなコンシューマやデバイスOEM向けのメディアプレイヤー製品、企業の文書フォーマット標準化を行うAcrobat、ビジネスワークフローを構築するLiveCycleなど、製品ラインや対象ユーザーが多岐にわたる。また最近ではOmniture買収を通してWeb解析ツールや広告プラットフォームをその製品ラインに追加している。Vora氏はAdobeが抱える2つのエンタープライズ向けビジネス部門のうちの1つ、LiveCycleを管轄していることになる(もう1つはOmniture)。同氏によれば、クラウドというのは個々の製品や顧客によってアプローチが異なり、それぞれに適したサービス形態やメリットが存在するという。特にAdobeの場合、個々の製品へのアドオンという形態での実装からまず行われているようだ。

--Adobeではどのようなクラウドサービスを展開しており、このようなサービスから顧客はどのようなメリットを享受できるのか?

Vora氏: Adobeが考えるクラウドの活用形態は3種類ある。たとえば現在、AdobeではPhotoshop.comやAcrobat.comといったサービスを提供しており、個々のサービスをユーザーは自由に利用できる。だがAcrobat.comに関していえば、このサービスはAcrobatのデスクトップソフトウェアとの連携を重視しており、これらソフトウェアに対する付加サービスのような関係でもある。これが活用形態の1つであり、もう1つはコミュニティの支援とデスクトップ製品に対するソーシャル機能の追加という側面がある。こうした2つの付加機能的役割がAdobeのクラウドサービスの一端だといえるだろう。

そして3つめのクラウド活用方法として、オンプレミス(On-Premise)に対するクラウドという考えがある。たとえばLiveCycleはマネージドサービスという形態で企業ユーザーに対してサービスが提供されている。これらサービスを活用する企業は何らかの理由で必要十分な情報管理の仕組みを内部に構築しない、あるいはファイアウォールの外側での運用を検討している。なぜクラウドを利用するのかといえば、スケールダウン/アップにおける柔軟性の高さが理由の1つとして挙げられるだろう。たとえば会計処理などは季節変動的なもので、適時必要とされるリソースが変化する。ここでクラウドを活用することで、ユーザーはすべてのリソースを自前で持つことなく、適時必要なものを必要なだけ借りることが可能だ。このアプローチはOmnitureで採用されており、価格モデルや処理可能なキャパシティまで、クラウドにおけるメリットを存分に活用している。

--印象として、Acrobat.comはデスクトップソフトウェアに対するプロモーション的な意味合いが強いと考えているが、実際の企業ユーザーの反応や活用状況はどうなのか?

Vora氏: 最初の世代のAcrobat.comではまだデスクトップソフトウェアとの機能統合が実現されていなかったこともあり、そのあたりの機能連携は明確に示されていなかった。だが後にBuzzwordのワープロ機能が追加され、間もなく登場する「Acrobat X」(アクロバット・テン)では非常にタイトなデスクトップソフトウェア-クラウド連携が実現されている。これにより、デスクトップソフトウェアを活用するユーザーは、当初の世代よりもクラウドのメリットを享受できるようになるだろう。実際、ベータ段階での反応はよく、ユニークユーザー数もコンスタントに伸びている。同様の傾向はPhotoshop.comにもいえ、Acrobat.comは連携が強化された次の世代ではさらなる伸びが期待できるだろう。またCS5では「CS Live」を提供しており、こちらも利用者が増加している。たとえばCS Liveの「BrowserLab」は、CS5発売と同時に登録利用者が急激に増え、その後もコンスタントに利用者が増え続けている。これら利用傾向は当初の期待値を上回っているといえる。

ただし、LiveCycleのようなサービスではその限りではない。マス向けの製品ではないし、価格モデルも異なる。あくまで利用者に適した形のサービスを用意するというのがAdobeのクラウドに対する考え方だ。

--Adobeはクラウドをマス向けとエンタープライズ向けで区分けしているのか? また、上記に挙げられた以外にどのようなサービスを検討しているのか?

Vora氏: クラウドの定義は難しい。われわれの業界自体が明確な定義を持っていないからだ。ただAdobeでは、すべての製品がそれぞれのクラウド戦略を持っており、現時点でサービスが存在するにしろしないにしろ、何らかの展開を検討している。そのため、今後クラウドを活用したサービスは増えてくるだろう。

--LiveCycleについては、昨年2009年のMAXでAmazon EC2向けのイメージ提供の話があったが、その後の展開はどうなのか? また、こうしたサービスを利用する顧客のメリットはどのあたりにあるのか?

Vora氏: LiveCycleのイメージ提供については実質的に今年2月から開始され、半年間の実施期間があり、非常にいいフィードバックを得られている。特にメリットとしてはパートナーとのトレーニングや認定など、フリーのEC2インスタンス提供を中心としたサービスで好評を得ている。こうしたパートナーや顧客を巻き込んだコラボレーションでの効果が大きいと考えており、特に展開の容易さや効率のよさ、投資に対する効果がすぐに出る点で、オンプレミスと比較した際のメリットが強調されている。もちろん顧客からのセキュリティ上の懸念が完全に払拭されたわけではないが、デプロイメントのオプションが1つ増えたと考えれば、普及のための大きな障害ではないだろう。

--今後、デスクトップソフトウェアで提供されていたような機能やサービスがクラウドへと本格的にシフトしてくるような流れがあるのか?

Vora氏: 個々の製品には個々の製品の特徴や顧客がおり、それぞれに異なるビジネスを持っている。われわれのLiveCycleチームもオンプレミスとクラウドの両方のサービスを手がけているが、いますぐすべてがクラウドへと注力するわけではない。たとえばデスクトップの製品があったとして、(その機能が)クラウドへと到達するのに数年はかかる。特にパフォーマンスや帯域の問題によるものだ。だがすべての機能をユーザーが必要とするわけではなく、Microsoft Officeのような製品のクラウド化も可能になるだろう。こうした流れは、環境によって顕著だ。たとえば私は先週韓国にいたが、ここでは各家庭のブロードバンドが60Mbpsとか非常に高速で、こうした環境であればクラウドでのサービス提供も現実味を帯びてくる。