実物大のエヴァンゲリオンが、作品の舞台となった「第3新東京市」こと箱根の中学校に、拡張現実(Augmented Reality 以下、AR)を使って、iPhone越しに出現するというイベントが、2010年4月23日に行われた(※その模様はこちら)

この企画は、2010年5月17日までローソン全店で開催されていた「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破 Blu-ray&DVD発売記念キャンペーン」に先駆けて実施されたもので、キャンペーン同様5月中旬まで開催される予定だったが、開始と共に来場者が殺到。混乱を回避するため、残念ながら4月25日に中止が決定されている。

この企画を担当したローソン 広告販促企画部の白井明子氏と、サイバー・バズ 営業本部の秋貞雄大氏に話を訊いた。

「実物大ARエヴァンゲリオン」企画の出発点

――特定の場所で専用アプリを起動したiPhoneをかざすと、iPhone上に全長80メートルの「エヴァンゲリオン初号機」を映し出すことができるという今回のARイベントは、おそらく過去に例のない試みだったと思います。残念ながら今回のイベントは途中で中止となってしまいましたが、どのようなお気持ちでしたか?

白井明子氏(以下、白井)「この企画を楽しみにしていただいていたファンの皆様には大変申し訳ないと思っています。今回、事前に想定していた以上に大きな反響をいただき、継続した場合、ゴールデンウィークになると地元の方々や旅行者の皆様にご迷惑をおかけしてしまうということから、中止を決めました」

――「実物大ARエヴァンゲリオン」(以下、ARエヴァ)を利用したキャンペーンのお話を最初にうかがった時、お台場で展示されていた「実物大ガンダム」のことを思い出しました。もしかして、これが、ヒントになっているのでしょうか?

白井「おっしゃる通り、お台場のガンダムにヒントを得ています。コンビニ業界は客数の伸び悩みに直面しており、様々な集客案を考えているのですが、その時にガンダムのイベントを思い出したという次第です」

――ARで再現しよう、と決まったのはいつの時点だったのですか?

白井「サイバー・バズさんや、カヤックさんとブレインストーミングしている時に、『ガンダムみたいにエヴァンゲリオンが実物大であったらいいよね!』という話になったんです。ARという言葉が出たのは、社内の会議でプレゼンした時が最初でした。『iPhoneを使って、セカイカメラのような感じで』というような説明をしたんです」

――開発にはどのくらいの期間がかかったのでしょうか?

秋貞雄大氏(以下、秋貞)「トータルで2カ月ぐらいかかっています。チューニングを入れると3カ月ですね」

――開発費用はどのくらいなのでしょうか?

秋貞「詳細は言えませんが、アプリ単体を作るのにはそれほどコストはかかりません。しかし今回はTwitterとの連携など、様々な周辺機能(※下記参照)を加えているので、その分のコストがかかっています」

今回のイベントで使用されたアプリには、ARを表示させるだけでなく、写真撮影・Twitterへのツイート投稿(ハッシュタグ「#lawson_eva」が自動で挿入される)・撮影した写真のTwitterへの投稿、投稿されたツイートのエアタグ形式での表示など様々な機能が盛り込まれていた。

――確かにこのアプリにはいろいろ機能が付いていますよね。

白井「ローソンでは公式Twitterも実施していますので、そちらをフォローしていただいたり、また写真を撮ってそのままTwitterにアップしていただいたり、といった行動に繋がることを期待していました。またネットショップへの誘導という目的もあり、『これも足して、あれも足して』と付け加えているうちに機能も増えていったんです」

秋貞「またアプリ以外のコストという点では、エヴァンゲリオン初号機の3Dデータのモデリングの費用などもかかっています」

――過去に例のない試みだったわけですが、開発中に難しさは感じられませんでしたか?

秋貞「作っている時は難しくなかったのですが、最後にサイズの問題に直面しました。ARエヴァから5メートル程度など近い位置からであれば非常にリアルなのですが、100メートルも離れると小さく見えてしまう。また海抜の高さに合わせて表示位置を決めなければならない、という苦労もありました。モデリングしたデータをどうすれば一番格好良く見せることができるのか、その調整には手間取りましたね」

ARエヴァが設置されている位置より遠い場所から徐々に近づいていくにつれ巨大感が増し、真下で撮影すると迫力のある姿が楽しめる

――そういった微調整は、現場(開催地となった旧仙石原中学校)で行われたのでしょうか?

白井「そうです。一日作業でした。とても寒い日で、ガタガタ震えながらやっていました」

箱根が開催地に選ばれるまで

――今回は箱根の中学校という場所で開催されたわけですが、やはり『エヴァンゲリオン』の設定も踏まえて、最初からこの場所での開催を考えていたのですか?

白井「そうですね、やはり作品の舞台、主人公達が通う学校のモデルになったということで、今回の場所でお願いしました。最初は、東京都港区の店舗の上に出そうと考えていたんですよ」

白井「エヴァと全然関係ないですよね。エヴァのいちファンとしてはやはり物語の聖地でなければ意味がないと思い、物語の中心となる第3新東京市にあるローソンを、ということでローソン箱根仙石原店になりました。最初は『ローソンの空を見上げよう』という企画で、ローソンの上に出そうとしていたのです。それで話を進めていたのですが、大勢の人が集まると危ないという話になり、より広い場所を探すことになりました。版権元さんともお話ししたところ、今回の上映会もあるということで、旧仙石原中学校が決まったという流れです。設定から考えても、あの校庭にエヴァが出現しておかしくないですし」

撮影者の指が写り込んだ写真ARエヴァンゲリオンとカメラの間にあるはずの指をすり抜けて写ってしまう。

秋貞「ARの特性を活かす、という点でも今回の校庭はベストでした。現在のARの技術では、カメラに写っている景色のレイヤーを瞬時に判断することが困難です。つまり画像内の前後関係が判別できないので、エヴァンゲリオンが常に景色の手前に表示されてしまう。それを考えると、障害物がない方がよりリアルに体験してもらえるわけです。またARは360度全ての方向から体験できるので、正面からしか見えないのではもったいない。その点からも広い場所が必要だということになりました」

ARイベントの課題

――今回は箱根の学校内という広い場所でしたが、例えば秋葉原などの市街地でARを使ったキャンペーンを行っても面白いのではないでしょうか?

白井「やはり、先ほどのレイヤーの話ですが、障害物があっても手前に表示されてしまうという部分が問題となります」

秋貞「またキャラクターものの場合、そのキャラクターが持つストーリーを崩さないということも大切です。誰でも体験できるロケーションでというのも重要ですが、ストーリーとのバランスを考えないと、版権元さんとファンの方々の双方から批判が起きるのではないでしょうか」

――出現させる物体はヴァーチャルなので、どこへでも出現させられるわけですが、だからといってどこへ出現させても良いとは限らないのですね。

秋貞「さらに重要なのは安全性です。ARを見ていて事故を起こしました、ということがあれば問題ですし(※下記参照)。全てのバランスを考えて設計しなければなりません」

実際、今回のARエヴァでは、山道を運転中にアプリをのぞき込むなどという行為が起きないように、ARが表示されるのは学校の校庭に入ってからという制約がかけられていた。また再開後に配布されたバージョンでは、時間によってARの表示/非表示を切り替えられるようにもなっている。

――ARのイベントということで、システム開発だけでなく現地の調整という作業も発生したと思いますが、地元の方々への説明にはどのくらいかかったのですか?

白井「箱根は古くからの歴史がある街ですから、地元にお住まいの方々の元に何度も通って、今回の企画についてお願いさせていただきました。今後も今回のようなARイベントをやるとしたら、地元の方々にご迷惑をかけないようにすることが一番大切な部分になると思います」

――ユーザーの方々からは「アプリをダウンロードしたのに見えない」という声も出ていました。安全面への配慮から、ARが見える範囲や時間に制限をかけられていたとのことですが、逆にアナウンスの難しさというのも感じられたのではないですか?

秋貞「難しかったですね。『校庭に入らないと見えない』と言ってしまうと、違法に校庭に入ろうとする方も出てきたでしょうし。見ることができる時間を明かすのはOKでも、見ることができる範囲については問題があるだろうと考え、アナウンスはしませんでした」

――マーカー型(※下記参照)であれば自ずと制限がかかるわけですが、そこは位置情報型の難しさですね。また前回(2010年4月23日)のイベントではあいにくの天気で、曇り空に対してARエヴァが明るすぎるという意見も出ていたようです。

ARを実現する方式にはいくつかあり、専用マーカーを置いて映像内で認識する方法がマーカー型。今回のアプリでは位置情報とiPhone搭載のセンサーを活用する方式を取っており、マーカーをカメラで捉えなくてもARエヴァを出現させることが可能だった。

秋貞「明るさに関してですが、外でやるとなると、ある程度明るめにしておいた方が良いというのがテストで掴めたので今回の設定にしてあります。逆に昨日(2010年5月8日)は晴天だったのですが、そうなるとまぶしくて画面が見えない。そこが反省点ですね。実施の時間帯を変えるとか、日が昇る向きを計算して方向を決めるとか、今後はそういった調整も必要になると思います」

――ただアプリ自体にデータを持たせなければならないとなると、当日急に表示を変えるというのが難しいわけですね。

秋貞「そうですね、結局iPhoneアプリの怖さというのは、アプリが公開された後の修正に対し即座に対応できないという点です。もし公開後にミスが見つかり、すぐに修正をしたとしても、それがアップデート版として反映されるまでに時間が経ってしまいます。その時間も考えてどう動くか、という点も重要になりますね」

会場風景。上映会と物販が行われた体育館横のグランドにARエヴァが出現した。iPhoneを片手に写真を撮る人の姿が多数見受けられた

ARイベントの将来

――今回、マーカー型は検討されなかったのでしょうか?

秋貞「検討しました。店頭にマーカーを置いて、綾波レイを置いたりとか……」

白井「Loppiの横に綾波が立っている、なんて案も考えました」

秋貞「ただマーカー型の場合、大きくすると読み込みに時間がかかり、店内に滞留が起きる可能性が生まれます。そうなるとお店側に迷惑がかかってしまう。実現していたら、大変なことになっていたと思います」

――やはり、どうしても現実がARの制約となってしまうわけですね。ところで、表示する画像のサイズはどのくらいまで大きくできるのですか? また、置く位置や、見える距離などにも制約はあるのですか?

秋貞「大きさ、見える距離共に制約はありません。今回は先ほど述べたような、安全面への配慮から制約をかけているだけです。実はヘリコプターから空撮するというアイデアもありました」

白井「技術的には画像を動かすことも可能なので、『今度は動かしたいね』という話もしています」

――画像を動かそうとすると、何がネックになるのですか?

秋貞「ARエヴァの3Dは全てデータになっているのですが、仮に動かすのであれば、その動作を1コマ1コマ全て作ってデータにしなければなりません。さらにアプリの仕様上、そのデータはサーバ上に置くことができないため、アプリに入れるしかありません。そうなると、アプリサイズが10MBを超えて、Wi-Fiに繋がらないとダウンロードできなくなる恐れがあります。今回は意外と軽量で、3MBから4MB程度だったと思いますが、これなら現場に来てARエヴァがあるのを知ったという場合でも落とすことができます。そういう方にも体験していただけるように、という配慮からデータを小さくしているわけです」

――技術がさらに向上すれば、様々な展開が可能になっていくのでしょうか。

秋貞「僕らが企画を考える時は『仕組み』と『仕掛け』という考え方をします。何かを広げるのが『仕組み』ですが、最近ではTwitterもそうですし、何でも安価もしくは無料でできるようになっていますよね。だからこそ、そこに何を載せるのか、ネタになる『仕掛け』がないと広がっていきません。ただ、『仕掛け』だけ大きくても、上手く行きません。そのバランスと、お客様が求めるものをどうマッチさせていくかがポイントになります」

映像表現という点では、ARにはまだまだ進化の余地があるだろう。しかし今回のイベントに参加し、実物大エヴァ初号機に歓声をあげる参加者の姿を見て、絵のリアルさだけが感動を呼ぶのではないということが実感できた。箱根という場所、エヴァというキャラクターの持つ力、そして技術が上手く組み合わさり、ARエヴァは成功したのではないだろうか。事実、今回のインタビューの端々から、技術以外の面でもスタッフの方々が力を尽くされたことがうかがえる。ARが日常生活にまで浸透するためには、テクノロジーを発展させるだけでなく、こうした運用面でのノウハウ蓄積が必須となるに違いない。

なお、今回のARイベントを取材したマイコミ編集部では、2010年秋に新書『AR -拡張現実(仮)』を刊行予定。執筆は小林啓倫氏(日立コンサルティング コンサルタント。ITmediaオルタナティブ ブログで「シロクマ日報」 執筆)が担当する。
(※執筆 マイコミ編集部/小林啓倫)