Microsoft Researchのリサーチプログラムマネジメント シニアリチーサプロジェクトマネージャ Andrea Jessee氏

Microsoft Researchは、Microsoftの基礎研究部門である。同リサーチプログラムマネジメント シニアリチーサプロジェクトマネージャのAndrea Jessee氏は、「Microsoftが世の中に送り出す製品に搭載される、革新的な技術を研究開発するのがMicrosoft Research。5年から10年先の技術を開発し、学術分野との協力関係も確立している。この取り組みがMicrosoftの将来につながることになる」とする。1991年にMicrosoft Researchを設立以来、数多くのMicrosoft製品に研究開発成果が反映されており、Windows 7、Office 2010、BingといったMicrosoftの最新製品/サービスでも、同様に研究開発成果が盛り込まれている。

現在、Microsoft Researchは、米国内では本社があるレドモンドのほか、シリコンバレー、マサチューセッツ州ニューイングランドに設置。そのほか、インドのバンガロール、英国・ケンブリッジ、中国・北京の合計6カ所に研究開発拠点を開設。850人のリサーチャーが在籍し、55以上の分野を対象に活動を行っている。グラフィックスや音声認識、ナチュラルユーザーインタフェース、プログラミング技法など、研究開発対象は多岐に渡る。

Microsoft Researchのリサーチャーの数は年々増大している

Microsoft Researchの研究成果は数多くのマイクロソフト製品に応用されている

日本には研究開発拠点はないが、大学などとの連携を活発化。昨年秋には、「Mt.Fujiプロジェクト」として、今後3年間に渡って数百万ドルを投資し、日本の学術機関との共同研究や人材育成などに取り組んでいるところだ。「Microsoft Researchの雰囲気はまるで大学のよう。リサーチャーがやりたい分野の研究を行い、その成果を論文として発表したり世界的な会議で講義をすることもある。量を求めるよりも、質を重視する姿勢を明確に示しており、それがリサーチャーの評価になる」という。

成果は短期的には求めていない。5 - 10年という長期で捉えるというのが基本的な姿勢だ。「イノベートの曲線は予測が不可能。いつその技術が革新されるのか、どこで必要にされるのかは予測できない。ときには、リサーチャーは、ブラックホールのようなところに落ち込むこともある。こんなことを続けていいのか、それはどこに必要とされる技術なのか、競合はどうなのか、予算は足りるのか、成功の可能性はあるのかということをを自問自答する。また、製品グループがまっくた興味を持たない技術もある。しかし、こうした場合でも、ある時期になると、こんな技術がないのかと製品グループが問い合わせてくる場合もある」

Microsoftは、2010年度に年間95億ドルの研究開発投資を行ってきた。これは、一般企業では異例ともいえる投資額だ。NASA(米航空宇宙局)の年間投資額が1兆7,000億円であり、その半分の規模に匹敵することからも、投資額の大きさがわかるだろう。「どんなに経営環境が悪化しても、研究開発投資は削減しないというのが、CEOであるSteve Ballmer の方針。2010年度も研究開発投資を拡大させ、リサーチャーの数も削減することはなかった」という。Microsoftでは、2009年1月に5,000人規模の人員削減策を発表したが、リサーチ部門はこの対象外だったともいえる。

では、Microsoft Researchでは、どんな技術を開発しているのだろうか。

Jessee氏は、その成果のひとつとして、人工知能を活用した受付システムの技術を紹介してくれた。これは、案内所などに設置されたディスプレイに映し出された女性が、ディスプレイの前で会話をする人たちの言葉を認識し、応対するというもの。どこに行きたいのか、そのためにはどのバスに乗ればいいのかといったことを音声で教えてくれる。

複数の人が訪れた場合には、会話の様子や顔の向き、声の方向などから、同じグループの人なのか、それとも別のグループの人なのかを判別。新たに訪れた人が来たにも関わらず、前の人への応対が完了していない場合には、「少しお待ちください」といった言葉をかけることもできる。

また、相手の言葉を認識してそれが正しいかどうかを判断するために、「○○に行きたいのですか?」というように相手の質問を復唱し、人から教えてもらうという仕組みも活用。「すべてをコンピュータだけで判断するのではなく、人とのやりとりを通じて、正しいかどうかを判断するといったことも重要」としている。

だがJessee氏は、「これを実用化するには、より大きなコンピューティングパワーが必要であり、いまのスペックではハードウェアの制限があること、機械翻訳の技術をさらに進化させる必要があること、多くの言語に対応するための蓄積が必要であるといった要素がある。この技術が一般的に使われるようになるには、10年ぐらいかかるだろう」とする。まさに、10年後を目指した研究開発のひとつだといえる。

人工知能を活用した受付システム技術

複数の人が訪れた場合には、会話の様子や顔の向き、声の方向などから、同じグループの人なのか、それとも別のグループの人なのかを判別する

だが、こうした技術の一部はすでに活用されている。2010年1月のハイチで起こった大地震の時に、Microsoft Researchは米国の支援部隊のために、クレオール語を認識する技術を提供。災害から5日間以内に現地で利用できるようにし、支援活動に大きな威力を発揮したという。

さらに、Jessee氏は、写真に関する技術についても説明。デジタルカメラで撮影した写真にタグなどを書き込まなくても、顔認識技術などを活用することで、自分や家族に関係のある写真を探し出すといった使い方ができること、複数の同じような写真を組み合わせて、うまく撮影されたところだけを抜き出して1枚の写真を作成するといった技術があることを示した。「多くの人が集まって記念撮影をする場合、誰かが目をつぶっていたり、子供の場合では横を向いていたりといったことがある。複数の写真を撮影して、それぞれにベストの部分だけを差し替えて、パーフェクトな写真を完成させることができる。しかも、これをワンクリックするだけで自動的に完成させることができるようになる」という。

One Albumと呼ぶ顔認識技術を活用した検索技術

さまざまな角度の写真やうまく撮影させたところだけを組み合わせてひとつの写真を作成する。山などの風景でも可能

また、スパムメールの解析アルゴリズムを応用して、HIVの研究に活用するといった取り組みも行うなど、ひとつの技術が、まったく別の分野で応用されるという例も出てきているという。

「Microsoft Researchは、製品の延長線上で技術を開発するのではなく、将来を考えて研究開発を行っている部門。Microsoftの革新をドライブする右腕としての役割を担い、将来のマイクロソフトの持続的成長と革新を支える部門であることに変わりはない」と、Jessee氏は締めくくった。