『Googleの正体』(牧野武文 著・毎日コミュニケーションズ刊・819円)

毎日コミュニケーションズは1月23日、マイコミ新書『Googleの正体』(牧野武文 著)を発売する。「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにする」ことを企業ミッションに掲げ、IT業界の巨人へと急成長を遂げたGoogle。立ち止まることなく新たなサービスを提供し続け、中には世界中で議論を巻き起こすような試みにも挑戦してきた。Googleはいまや、誰もが知り、多くが憧れる企業といって過言ではないだろう。しかし、その認識は人によって異なる。ギークばかりの超技術者集団? 実は単なる広告会社? 無料で便利なサービスを提供してくれる市民の味方ともいえるし、既存ビジネスの破壊者なのかもしれない。本著は、そんなGoogleの正体を、同社の事業を理解しながら明かしていくものだ。

著者の牧野武文氏は、Googleについて考えることの重要性を説く。「Googleを語ることは、自動的に私たちの未来を語ることになる」。Googleがどんな未来を築くのかは、消費者との関係性によって決定づけられるという。なぜいま、Googleという企業について知る必要があるのだろうか。牧野氏に話を伺った。(編集部)


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不気味なグーグル

本を出版するときは、書名をどうするか悩むものです。『Googleの正体』の場合、実は「不気味なGoogle」「だからGoogleは嫌われる」というのも有力な候補でした。ただ、本書の場合、グーグルのネガティブな面ばかりを書いているわけではなく、なぜグーグルは莫大な利益をあげられるのか、なぜグーグルは急成長できたのか、今後の成長戦略はどうなのかというポジティブな面についても解説しているので、書名としてふさわしくないと感じ、現在の書名に落ちつきました。

では、なぜ当初、このようなネガティブな書名を考えていたかというと、グーグルという企業には底知れぬ不気味さを感じるからです。本書の中でも紹介していますが、多くの方が知らないグーグルの事実をひとつご紹介しましょう。

私のことは、グーグルがよく知っている

グーグルのアカウントをもっている人(GmailやiGoogleを使っている人はみなもっているはずです)は、グーグルのページで「設定」→「Googleアカウント設定」を選ぶと、「マイサービス」という一覧が現れます。ここから「ウェブ履歴」をクリックしてみてください。(同機能を無効にしていなければ)そこには、あなたがグーグルのアカウントを取得してから今まで、何年何月何日の何時何分にどのサイトにアクセスしたが、すべて記録されています。これを眺めていると、次第に背筋が凍りつくことでしょう。なぜなら、私のことは、私自身よりもグーグルの方がよく知っていることに気がつくからです。

たとえば、私は自分を真面目に仕事ばかりしている人間だと思っていましたが、ウェブ履歴を眺めていると、日に何回かは、仕事そっちのけで、アダルトサイトをのぞき、ギャンブル系のサイトものぞき、アイドルの公式サイトやファンサイトを訪れています。客観的に見れば、典型的なぐうたら人間であることをウェブ履歴で知りました。しかも、私自身は決してそう思っていなかったのですが、かなりの洋楽好きであることもわかりました。こういう自分でもわからなかった自分が、ウェブ履歴を10分ほど眺めているだけでわかってしまうのです。グーグルがその気になれば、天才的な集計アルゴリズムを開発し、私が買いそうな商品ジャンルや、年収、購買力なども弾きだしてしまうことでしょう。

ジョージ・オーウェルが書いた未来小説「1984」では、市民のすべての行動が監視され、その情報をもとにビッグブラザーという独裁者がすべてを決定していく恐怖社会が描かれています。グーグルはすでにビッグブラザーになりうるだけの情報を集めてしまっているのです。

グーグルと消費者の関係はどうなるのか?

では、私はグーグルが社会の敵だと主張したいのでしょうか? 違います。そこが1984年と2010年の違う点で、グーグルが私たちのプライバシーを把握することで、私たちの生活はより便利に快適になっていっているのです。今日のデートはどこで食事にするか、その後、どこに夜景を見にいけば恋人は満足してくれるのか。1984年当時であれば、しこたまデートマニュアル本を買い漁り、日々予習に励まなければなりませんでしたが、今、そんなことをする人はいません。グーグルでちょっと「デート 食事 夜景」と入力してみれば、15分もあれば今日のデートコースを決められるでしょう。

グーグルについて解説された書籍はすでに山ほど出版されていますし、ネットで検索すればグーグルについて論評した意見が山ほど見つかります。でも、旧い枠組みの中でグーグルについて語るものが多いように感じられました。いちばん多いのは「グーグルはなぜ儲かるのか」「グーグルはなぜ急成長できたのか」というグーグルの過去を検証する内容です。また、一方では「グーグルは市民のプライバシーを侵害している。個人のプライバシーを利用して金儲けをするとはいかがなものか」というプライバシー侵害に対する懸念を表明する内容です。これはいずれも「企業と消費者」の関係を、お金と商品を交換するだけのものと捉えているゆえの発想です。

おそらく21世紀を理解する鍵は「企業と消費者の関係の再定義」でしょう。従来は財の交換だけで成り立っていた関係が、信頼の関係で結ばれるようになる。私たちとグーグルにとってもっとも好ましい関係は、私たちがグーグルを信頼し、個人情報を彼らに公開し、グーグルは消費者を信頼し、その情報を悪用せずに、生活をより快適にするサービスに役立てるというものでしょう。こうなれば、私たち全員にコンシェルジュがつくような世の中になります。

でも、グーグルがよこしまな心をいだいたらどうなるでしょう? 利益しか眼中にない腹ぺこモンスターになってしまったら? 私たちは、モノを次から次へと消費して、企業に給料のすべてを渡すだけの買い物ゾンビになってしまうかもしれません。

私がみなさんに「Googleの正体」を読んでいただきたいのは、まさにここです。グーグルは自らがよこしまな悪徳商人にならないために、さまざまな仕掛けをグーグル内部に施してはいます。しかし、グーグルがどのような考え方をするかで、私たちの未来はバラ色にも暗黒色にもなっていきます。では、グーグルの今後の考え方を決めるのはだれでしょうか? CEOのエリック・シュミット氏でしょうか、創業者のサーゲイ・ブリン氏でしょうか、ラリー・ペイジ氏でしょうか。いずれでもありません。決めるのは、グーグルと私たちです。

グーグルについて語ろう

グーグルと私たちの関係が、信頼の絆で結ばれるのか、不信の有刺鉄線で分断されるのか、それとも金とモノの交換だけという冷たいものになるのか。そこが世の中の未来を決めてしまいます。そのためには、みなさんにグーグルがどういう集団で、なにを考えているのか、そしてビジネスモデルはどうなっているのか、意思決定はどうなされるのか、そういうことを知っておいていただきたいと思い、本書を執筆しました。

もちろん、中には読者の方が同意できない意見もあるでしょう。もし、そうであればブログやTwitterなどで反論や議論を広げていただければと思います。これからの5年、私たちが「グーグルという武器」をどう賢く活用して利用していくかで、その後の社会のあり方はずいぶんと変わってくると思います。グーグルを語ることは、自動的に私たちの未来を語ることになるのです。