しかし、ゴールデン進出から2カ月での日テレ退社を決断した。「日本テレビは本当に嘘偽りなく、現場のパワーや熱量、制作ノウハウもトップレベルだと思っています」というが、その環境から離れることにした理由を、コンテンツ制作をスポーツのように捉えながら明かす。
「今までは視聴率という一つの競技に挑んでいたのが、スマートフォンをはじめ様々なデバイスが登場してハード面の変化があり、それによるソフト面への影響を感じる場面が多くなってきた時に、自分自身が今一番作りたいものは何かを考えたんです。それは、デバイスが進化したことによって明確になったゾーン、ターゲットに対して熱狂を起こしたいということ。ならば、その新たな競技にテレビ制作のノウハウを生かして参加して、みんながシェアして楽しむコンテンツを作りたい、そう思ったのが一番大きいです」
また、開局して9年というまだ若いメディアである点も魅力に映った。
「テレビは70年の歴史があって、マーケティングがものすごく進んで、幅広い層が見やすいものを作るにあたっての最適な答えを出すという意味ですごく洗練されています。 一方、ABEMAはまだ成熟しきっていない部分があるのですが、ものすごく伸びしろがある。つまり、テレビ制作では自分の主観を疑う作業が多いのですが、作り手の主観で突っ走って作ることができるという点でも、可能性を感じています」
ABEMAには千鳥がMCを務めるレギュラー番組『チャンスの時間』がある。「すごく楽しそうにやっていますよね。地上波とネットの番組を語る時に、よくコンプライアンスがどうだと言われますが、そういうことよりも、ABEMAは多チャンネルで放送枠という座席が限られているわけではないので、作りたいものを増やしていけるという自由度のほうが大きいのではないかと思います」と見ている。
まずは「高校生を含む10代が熱狂するコンテンツを」
現時点では、ABEMAで自身が企画・プロデュースをする新番組の準備をしつつ、サイバーエージェントが運営するJ1リーグ「FC町田ゼルビア」の番組など、スポーツ制作のキャリアが生かせるジャンルにも挑戦していくという。
今後は、「アスリートの方のキャリアを追ってきて、そこから芸人さんをはじめとするタレントさんとご一緒して“人をどう描くか”というのが自分の武器の一つだと思うので、それは、ABEMAというプラットホームならではの視聴者層が求めている部分があるのではないかと思います」と構想を語る。
視聴者層が地上波と比較して若いABEMA。地上波テレビでは「親子で楽しんでもらう」ことを第一に考えていたが、まずは「高校生を含む10代が熱狂するコンテンツを作りたい!」と、“ゾーンの熱狂”を目指していく考えだ。
そして、柳沢氏がサイバーエージェントの社員としてABEMAの制作に取り組むのは、「スポーツ局出身でバラエティも作って、チームでもの作りをしてきた中で、チームを率いる形のほうが自分らしく働けるのではないか。“世の中のクリエーターがABEMAで作りたい”と思ってもらいたいので、プレイヤーだけでなくマネジメントもしたい」と、自身の適性を考えての結論。
「サイバーエージェントの方とお話をして、若い世代の“この人たちと一緒に作りたい”という思いを強く感じました」という柳沢氏。その気持ちを胸に、「青臭いですが、今年42歳になってチャレンジ精神にかられました」と、新たなステージに挑んでいる。
●柳沢英俊
1983年生まれ、千葉県柏市出身。06年に日本テレビ放送網入社。2年目でゴルフ・石川遼選手の担当記者となり、11年に書籍『石川遼、20歳』を執筆。13年から『Going! Sports&News』の演出を務めながら、オリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯の生中継・大型番組を演出。18年には「日テレ×NHK65周年」同時生放送を演出した。20年からは制作局と兼務となり、『世界一受けたい授業』の演出をしながら、『千鳥かまいたちゴールデンアワー』の前身番組を立ち上げる。24年に『with MUSIC』『ベストアーティスト』の総合演出、23年・24年に『24時間テレビ』の国技館演出を務めた。25年5月で同局を退社し、サイバーエージェントに入社。現在は演出・プロデュースとして、ABEMAでの新番組の準備中。