2021年2月4日に、プロゲーミングチーム「REJECT」のチームオフィスにて、メンタルトレーナー高畑好秀氏によるメンタルトレーニングが実施されました。『PUBG MOBILE』部門のチームメンバーが現地で参加し、ほかのタイトルのメンバーもリモートによって参加しました。

高畑氏はメンタルトレーナーの第一人者で、数々のプロスポーツ選手やオリンピック選手のメンタルトレーニングの指導にあたっています。スポーツジャンル以外にも、囲碁や将棋のプロ棋士、ダンサー、芸能人、経営者、音楽家などさまざまな分野で活躍する著名人を指導し、メンタルトレーニングを普及してきました。eスポーツ選手の指導は初めてですが、精神面の強化はフィジカルスポーツや人前に出る職業にとって通ずるものがあります。

  • 「REJECT」PUBG MOBILE部門の選手を前にメンタルトレーニングについて講義をする高畑好秀氏(写真右)

メンタルトレーニングをeスポーツプレイヤーが体験

REJECTは、『PUBG MOBILE』や『Apex Legends』『VALORANT』など、シューティングゲームを得意とするeスポーツチームです。先に発表されたNTTドコモが主催するeスポーツイベント「X-MOMENT」では、独立系eスポーツチームで唯一、『PUBG MOBILE』部門のPMJLと『Rainbow Six Siege』部門のRJLという2部門での参加が決定しています。

結成が2018年と新しく、メンバーも10代中心の若いチーム。肉体面の成長以上に精神面の成長が発展途上にある彼らにとって、メンタルを強化することは、ゲームの技術を高める以上に必要と言えます。

初回トレーニングの今回は、顔合わせの意味も込め、高畑氏によるメンタルトレーニングについての講義が行われました。

  • メンタルトレーナー高畑好秀。1968年広島県生まれ。早稲田大学人間科学部スポーツ科スポーツ心理学会認定心理士資格を取得。プロスポーツ選手やオリンピック選手などのメンタルトレーニングを指導しています

高畑氏は、eスポーツ選手のみならず多くの勝負を生業とする選手が抱える悩みとして、試合のプレッシャーで練習通りのプレイができず、実力を発揮できないと話します。

選手は大きな期待を背負っていると感じ、それがプレッシャーになりますが、実際は観る側とやる側で期待度に大きな乖離があるため、そこまで選手が気負う必要はないと高畑氏。観る側の期待は一時的なものだと伝えます。

たとえば、日本中の期待を背負って戦うオリンピック選手も、大会が終われば人々の記憶から少しずつフェードアウトしていきがち。2016年リオデジャネイロ オリンピックの日本人メダリスト全員の名前を、今すぐに挙げられる人は、多くないのではないでしょうか。

それを聞いて、自分に対して過度な期待を課していたことに気がついた選手は、多少なりとも、プレッシャーから解放されたようにも見えました。ただし、それをより実践的に行うには、今後のトレーニングも必要です。

  • 高畑氏の話に聞き入るREJECT PUBG MOBILE部門のメンバー。写真左がチームリーダーSaRa選手、中央奥がDuelo選手、写真右は育成選手「Academy」のLufa選手

プレッシャーに関しては、「馴れが必要」と聞くことも多いですが、高畑氏によると、「馴れることはなく、どうしてプレッシャーを感じるのか原因を追及し、それを排除することが重要」と話します。

講義は予定の2時間を大幅に超える長時間におよびましたが、選手は高畑氏の話に引き込まれているようでした。

プレイヤーが感じたメンタルの重要性

講義を終えたあと、高畑氏と講義を受けたSaRa選手に話を聞いてきました。

――高畑さんは、今回が初めてのeスポーツ選手へのメンタルトレーニングでしたが、これまで対応してきたトップアスリートとの違いは感じましたでしょうか。

高畑好秀氏(以下高畑):メンタルトレーニングを使って伝えることは、アスリートもeスポーツ選手も一緒です。ただ、eスポーツ選手は、アスリートと違い、頭を使う部分が大きいと思います。

アスリートの場合、頭がついていかなくても身体でカバーできることがあるんですが、eスポーツ選手はそうはいきません。なので、アスリート以上に考える力を養い、多角的な考えができるようにトレーニングする必要がありますね。

  • 数々のアスリートのメンタル指導をしてきた経験を活かし、eスポーツ選手のメンタルトレーナーとなった高畑氏

SaRa選手(以下SaRa):私はゲームプレイヤーとなる前は、サッカーをやっていました。eスポーツを本格的に始めるようになったのは2年前くらいですね。

どちらも本気で取り組んでいましたが、eスポーツもフィジカルスポーツもそれに捧げる熱量は変わらないと思っています。eスポーツでは、世界での戦いも経験することができましたが、対戦したり、間近で世界のトップチームを見たりした印象として、技術的なことより、メンタルの差が大きいと感じました。

彼らは常に自信を持ってプレイしているように見えます。日本人プレイヤーはトップレベルの技術を持っているものの、自信がないように見えました。

――今回の話を聞いて、何か思うところはありましたか。

SaRa:そうですね。今までは大会に特別感を持っていました。負けてはダメだと気負い過ぎていたと思います。

練習でも勝ちたい気持ちはもちろんありますが、負けても次勝てばいいくらいに思っていたので、それのリラックスした感じを大会でも出せれば、もっと良い結果になるのではないでしょうか。

高畑先生がおっしゃっていた負ける覚悟(負けることを受け入れる)を持つことについて、もう少し考えていきたいです。

――高畑先生はしばらくの間、REJECTのメンバーにメンタルトレーニングを行う予定ですが、どういったことを目標とされていますか。

高畑:メンタルトレーナーとして活動していますが、そもそも教員免許を持っていて、人に何かを伝えることについてはいつも考えています。

そのなかで重視しているのが心の教育です。教育って文字通り、教えて、育てないといけないんです。特に育てる部分が重要なんですね。

教えるだけって意外と簡単なんです。自分の持っている知識やノウハウなどを、一方的に伝えればいいわけですから。育てることを考えると、それだけでは足りない。なので、REJECTのメンバーは、じっくりと心の教育をし、人間性を育んでいきたいと考えています。

トレーニングに関しては、選手にやるべき根拠を持たせ、必要だと思ったトレーニングを提案していきます。トレーニングとは何かを考えるようになると、プレイ自体にも幅が出てくるのではないでしょうか。ただの知識として終わらないように、人として、器を大きくしていきたい。

――SaRa選手はサッカー経験者で、人から指導されることは馴れていると思いますが、ことゲームに関してはほぼ独学で人に教えを請うことはなかったと思います。今回のメンタルトレーニングの指導に関してはどう思いましたか。

SaRa:たしかに、サッカーをやっていたときは、コーチや監督に指導され、指示通りに動くことが当たり前でした。

ゲームは自分の思ったとおりにプレイしていたので、最初は教えてもらうのが嫌でしたね。

でも、最近はゲームに関して、いろいろな人にアドバイスをもらうことも増えてきて、自分が成長するには必要なことだと思うようになりました。

今回のメンタルトレーニングも、自分が先に進むためには必要だと確信しています。メンタルトレーニング自体は、楽しんでやれればいいですね。今日体験した感じだと楽しめそうです。

――ありがとうございました。

普及し始めたばかりのeスポーツは選手の年齢層も低く、それだけ精神的に成長を遂げていないまま、選手として活動している人も少なからずいます。さらに子どものころから指導者の下で活動しているわけでもなく、同じ年齢でもスポーツやほかのカテゴリーのエンターテインメントと比べると、未熟な部分も散見されます。

メンタルトレーナーがeスポーツ業界に参入することで、選手のみならず、eスポーツに関わる多くの人が、精神的な成長を遂げることが大事なのではないでしょうか。REJECTのメンバーが、どのように人間的に成長していくのか、今から楽しみです。