北海道大学創成研究機構宇宙ミッションセンター長の高橋幸弘教授らは、フィリピンとその周辺領域の雷を観測して集中豪雨や台風などの極端気象を予測する観測システムの構築を進めており、今年度内にも本格的な実証実験を始める。地球を周回する超小型衛星とルソン島などの衛星運用地上局を連動させ、将来的には緊急時の警報発令につなげるなどして現地住民らの被害を最小限に食い止めたい考えだ。

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    台風の強さと雷放電頻度(プライスらの2009年の論文より高橋教授が作成)

進まない予測精度向上

一般的な天気予報の精度は非常に高いが、極端気象だと事情が異なる。キロメートルで表される台風の進路予測誤差は年々縮まっているが、逆にヘクトパスカルで表される強度予測(中心気圧の推定)誤差は年々広がる傾向にある。これは海洋から台風に供給されるエネルギー量の把握や海上風速の推定の難しさが原因と考えられている。

また、局地的な集中豪雨(ゲリラ豪雨)の場合、現象が起きる範囲が狭くて直接観測の網にかからないことが少なくない。ごく短時間の局所的な現象のため、最新の気象レーダーやスーパーコンピューターを用いても、降り出す20分前ぐらいまでの直前予測が限度だ。

しかし、雷の頻度と台風の強度が似たように時間変化し、雷の活動とゲリラ豪雨には高い相関がある。例えば、雷の頻度が高いと、1~2日ほど遅れて台風が最大風速を示すことが分かっているという。

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    国際宇宙ステーションから放出された超小型衛星「DIWATA-1」(JAXA/NASA提供)

価格は従来衛星の100分の1

フィリピンは極端気象への備えが十分ではなく、2013年の台風30号(国際名:ハイエン)が同国中部に上陸した際には死者・行方不明者が7000人以上にのぼり、100万戸以上が倒壊。近年のフィリピン災害史上最悪の結果を招いた。その後も台風の来襲は相次いでおり、対策が急務だ。

一方、高橋教授は雷の専門家。超小型衛星に搭載する高性能カメラを開発し、雷を宇宙から撮影することを目指した。台風やゲリラ豪雨などの高精度観測を目的のひとつに掲げ、2013年にフィリピン政府に観測プロジェクトを持ちかけたところ、話はトントン拍子に進み、同政府は事業費10億円を拠出。2016年には北大、東北大学などが作製した超小型衛星「DIWATA-1」を国際宇宙ステーション(ISS)から放出することに成功した。

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    超小型衛星で目指す連続監視のイメージ図(高橋教授提供)

超小型衛星の大きさは縦横55センチ、高さが35センチで重さは約50キログラム。従来の衛星の製作費は数百億円かかるが、50キログラム級の超小型衛星だと数億円ですむ。コストが100分の1のため、個数を簡単に増やすことができる。2018年には超小型衛星「DIWATA-2」が打ち上げられた。

衛星に搭載したカメラは高橋教授らが独自に開発したもので、ネットワークに繋がったパソコンさえあれば、衛星の姿勢を高度に制御することで雷雲など、観測したい方角にごく短時間で向きを変えられるのが強みだ。最終的にはスマートフォンでカメラを操作できるようにする。高橋教授は「オンデマンドに対応しているうえ、面積当たりの費用は気象レーダーの1万分の1」と豪語する。

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    左:パラオなどに設置した雷センサー(高橋教授提供)右:マニラ首都圏に設置した雷センサー(高橋教授提供)

「世界で最も充実した観測網」へ

高橋教授らのグループの開発した観測装置を搭載した超小型衛星は2019年までに7基が打ち上げられ、2020年はマレーシアやミャンマーなどの3基が続く予定だ。高橋教授は「将来50基体制にすれば、雷の連続監視だけなく、森林火災や大地震後の津波など多くの大規模自然災害の連続監視も可能になる」と抱負を語る。

一方、雷放電電波受信用の地上局は3段構えで観測する。すでにパラオ、グアム、札幌、沖縄、マニラなどの拠点で台風活動にともなう雷を約30キロメートルの精度で観測している。フィリピン国内の観測は各地に合計10カ所にセンサーを設置する計画で、2019年末までに5カ所に据え付けた。マニラ首都圏は50カ所にセンサーを設置する計画で、同32カ所に据え付けた。国内網・首都圏網ともに今年中に設置が完了する見込みだ。

センサーの落雷位置推定の精度は国内網が約3キロメートル、首都圏網が約100メートル。上空と地上の両方から雷雲を立体的に観測することで位置や規模を正確に把握し、ゲリラ豪雨の場合は降り始めの30分~1時間前の予測を目指す。高橋教授は「世界で最も充実した雷と気象の観測網になる」と自負している。

火山噴火も捉えている可能性

2018年の台風24号では、台風の目の内部の雲を三次元化することに世界で初めて成功。高橋教授は「衛星による3D観測によって、台風の強度推定の高精度化、予測向上に大きく貢献し、ゲリラ豪雨の発達予測の可能性もある」と話しており、フィリピンで得た経験と知見を日本やアジア、世界で共有し、気候変動に伴う極端気象災害の克服につなげる考えだ。

フィリピンでは現在、マニラの南約60キロメートルに位置するタール火山が噴火を繰り返しており、住民が避難している。高橋教授は「今回は火山雷が多く発生しているようだが、それらは地上局のセンサーで捉えられている可能性がある」と話している。

このプロジェクトは科学技術振興機構と国際協力機構などが共管する地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)「フィリピンにおける極端気象の監視・情報提供システムの開発」の一環。フィリピン政府や民間の支援も受けている。

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