酸化剤は全量を投棄、近日点軌道制御はRCSで

2液式のOMEでは燃料と酸化剤が必要だったが、1液式のRCSは燃料のみを使用する。今後、RCSのみで行くと決めた以上、酸化剤は不要。重いだけの荷物になってしまうので、10月中旬までにすべて投棄する。酸化剤は打ち上げ時に78kg搭載しており、現在は64kgが残っている。探査機を少しでも軽くして、加速しやすいようにするのだ。

酸化剤を投棄するにしても、これは想定外の運用となるために、各部の温度が許容範囲を超えないように、細心の注意を払う必要がある

RCSはもともと姿勢制御用に搭載していたもので、OMEに比べると推力は大きくない。RCSのスラスタは同じ面に4基搭載されていて、合計推力は70N程度。このスラスタの定格は1基あたり23Nであるが、これは燃料の圧力が20気圧のときの推力であって、「あかつき」の場合(14気圧に設定)では18N程度しか出せない。

ただ、ここで1つ間違えないようにしたいが、軌道変更で重要なのは推力の大きさではなく、比推力の高低だ。比推力はエンジンの燃費を表しており、単位は秒。一般的に比推力は2液式エンジンの方が優れ、健全な状態のOMEでは315秒(ノズル破損時でも230秒程度)、それに対し1液式のRCSは210秒だ。

同じ推力のエンジンが2つあった場合、もし使える燃料の量が同じなら、比推力の良いエンジンの方が長時間噴射することができる。たとえ推力が小さくても、比推力が高いエンジンならより長く噴射することで、結果として大きな加速を得られる。小惑星探査機「はやぶさ」のイオンエンジンは、この極端な例だ(イオンエンジンの比推力は3,000秒程度と非常に高い)。

「あかつき」の燃料の残量は98kg(当初の搭載量は117kg)。探査機の燃料には限りがあるので、比推力が高い方がありがたいのだ。OMEを使わないことにしたのは比推力がRCSよりも悪くなってしまったためで、推力が低下したことは直接的な理由ではない。

ただ、推力の弱いRCSを使うために、必要な加速量(ΔV)を得るためには、OME以上の長時間噴射が必要となる。本来の用途である姿勢制御では基本的に短時間の噴射しか行わないため、長時間噴射に耐えられるのかどうかといった懸念もあるものの、地上の燃焼試験では累積23,000秒(連続6,000秒)の実績があり、温度の上昇や触媒の劣化などの問題は特にない模様だ。

燃焼反応を利用する2液式と違い、1液式は触媒による分解反応を利用する。「あかつき」搭載RCSはフライト実績がある既開発品で、長時間の噴射でも安定している

また、前述の通りCV-Fが閉塞しているため、噴射を続けると徐々に燃料の圧力が下がっていってしまうという問題がある。しかし、それでも数百秒レベルの連続噴射は可能で、噴射を止めると1時間程度で圧力も回復するため、11月の近日点軌道制御では、数回程度に分けて噴射を実施することになるという。

今後の軌道はどうなる? あの方法の出番はあるのか

OMEが使えるのであれば、当初計画していた金星の観測軌道(遠金点高度8万km、周期30時間)に投入できる見通しだったが、比推力が低いRCSでは燃料が足らない。何とか周回軌道に入れることは可能だが、遠金点高度が数倍のオーダーで高くなってしまい、スーパー・ローテーションの観測など、一部のミッションはそのまま実施することが難しくなる。

RCSしか使えないとなると、当初計画していた観測軌道に入れるのは難しくなる(右図)。遠金点高度がかなり上がってしまうが、これをなるべく低くして近づけたい

だが、まだ打つ手はある。稲谷芳文・宇宙科学プログラムディレクタは、「探査機の設計寿命を超える運用になり、楽観はできない状況だが、今のところ探査機の状態は健全。金星再会合を経て、観測に耐えるような軌道に投入できるよう努力したい。今後、成果を最大化できる軌道に可能な限り近づけていきたい」と述べており、最終的な軌道がどうなるかは、まだ確定事項ではない。

オプションの1つとして考えられているのは、2015年11月の再会合を"スルー"して、より有利な条件での会合を待つプラン。今、「あかつき」と金星は公転周期が異なるために、再会合までに5年間を要するが、今度の再会合のときに金星スイングバイで軌道を変え、金星と同じ公転周期にすれば、次からは8カ月ごとに同じ場所での再会合が可能になる。探査機寿命との兼ね合いにもなるが、燃料を節約しながら再投入できる可能性もある。

もう1つ、これはオプションというより"裏技"に近いものだが、金星大気を利用して減速する「エアロブレーキング」という手法もある。これは、通常は探査機にとって邪魔なだけの大気抵抗を、あえて低高度を飛行することで、積極的に活用するもの。これなら燃料をあまり使わず遠金点高度を下げることが可能で、日本は以前、1990年に打ち上げた工学実験衛星「ひてん(MUSES-A)」で試したこともあった(このときは地球大気を利用した)。

ただし、この方法はメリットばかりではない。金星大気による探査機へのダメージ(センサの汚染など)も一緒に考える必要があって、稲谷氏も「手段として頭の中にはあるが、選択肢の中の1つであって、現時点での優先度は高くない」と慎重な見方。しかし一方で「できればトライしたい」とも述べており、最初に入れた周回軌道である程度の成果を得てから、追加ミッションとして実施する可能性はあるかもしれない。

現状、決まっているのは「2011年11月に近日点軌道制御を実施する」「2015年11月に金星に再会合する」という2点のみ。それ以降に何をやって、どうなるかという点については、不確定な要素が大きい。RCSは軌道制御に使った場合の性能は正確には分かっていないため、11月の噴射結果から厳密に求める。その結果によっても、最終的な観測軌道は変わってくる。楽観はできないが、まだ諦める状況でもない。