これまでいろいろと、新しい航空機を開発する際に必要となる試験や施設を取り上げてきた。理想をいえば、すべての施設を自前、あるいは自国内で持っていたいところだ。自前のものがあれば、必要なときにいつでもそれを使える。しかし、施設の構築・維持・改良には費用がかかるし、そう連続的に出番があるとは限らない。結局、他所の施設を借りる事例が多くなる。

作った施設は貸し出して維持する

逆に、すでに自前の試験施設を持っている国やメーカーにしてみれば、その施設を維持したいという話が出てくる。常に自国で新しい開発案件が走っているとは限らないから、自国向けの需要だけ考えると、施設が稼働している時間よりも遊んでいる時間のほうが長くなってしまう。

すると、「自前の試験施設がないので施設を借りたい」というニーズと、「自前の試験施設はあるが、常に稼働しているわけではないので貸したい」というニーズがマッチする、そんな場面も出てくる。そこで、「試験を請け負います」と積極的にアピールしている事例を紹介する。

どちらもスウェーデンの話だが、まずサーブ(Saab AB)から。サーブは御存じの通り、ことに超音速戦闘機の時代になってから、サーブ35ドラケン、サーブ37ビゲン、サーブ39グリペンと、立て続けにユニークな機体を送り出していることで知られている。

  • 日本でも人気が高い、サーブ39グリペン

民間機の分野でも、日本では2021年末で完全退役するサーブ340や、サーブ2000といったターボプロップ旅客機を手掛けていた。ただし、現在はこちらの分野からは撤退したが。

そしてサーブは、こうした自社開発機のために自前の試験施設を持っており、それを外部に向けても売り出している。サーブの公式Webサイトで「Products → Air → Engineering Services → Environmental and Structural Tests」とたどると出てくる。

「Products」の下にあるのだから、外部向けに販売している商品・サービスの一つということになる。そして、機体構造材の荷重試験、遠⼼力でG(荷重)をかける試験、環境試験、耐火性試験、雨天試験、圧力試験といったラインアップがある。自社の機体開発で得た知見を活用して、他社向けの試験も請け負いますというわけだ。そして、収益を生み出すとともに、施設の維持にもつなげている。

環境試験用のチェンバーを例にとると、直径2.7m(高さ2m)・長さ5.7mの円筒形で、温度は-65~+95度、気圧は2.5kPa(高度25,000m相当)~100kPa、耐荷重は2.5トン。このサイズと耐荷重からして、アメリカのマッキンリー極限気候研究所みたいに、機体をまるごと収容することは不可能だ。しかし、コンポーネント単位の試験ならできる。

圧力チェンバーは気圧の変化に特化した設備で、2.5kPa(高度25,000m相当)~700kPaの範囲に対応する。下限は環境試験用チェンバーと同じ数字だが、上限はこちらのほうが大幅に高い。

また、「航空機メーカー」というイメージが強すぎるせいで目立たないが、今のサーブは、エリクソン社から吸収合併した防衛電子機器部門が一つの事業の柱になっている。だから、アンテナなどをテストするための電波暗室も持っている。

ヴィゼル試験場

サーブは民間企業だが、国の機関が試験施設を貸し出している事例もある。それが、スウェーデン軍の国防資材局(FMV : Försvarets Materielverk)が保有する、ヴィゼル試験場(Vidsel Test Range)。FMVといってもパソコンではなくて、日本の防衛装備庁(ATLA : Acquisition, Technology & Logistics Agency)に相当する組織だ。

そのFMVは、スウェーデンが自国で各種ウェポン・システムを開発していることから、それをテストするため、同国北部のヴィゼルに試験施設を開設した。そして、施設を維持するためには他国にも貸し出すほうが良いという話になり(当然、対価を徴収してのことだ)、実際、さまざまな国・メーカーによる利用実績がある。

単に「試験のための土地と空域を確保しました」というだけの話ではなくて、計測のための施設も必要である。飛翔する航空機やミサイルを追尾するために、電子光学センサー装置やレーダーも整備している。対空ミサイルの試験なら標的機を飛ばさなければならないから、標的機を発進させるための施設もある。そして、広大な敷地の各所にさまざまな試験施設を点在させている。

また、ヴィゼルはスウェーデンの北部、北極圏に片脚を突っ込んだような場所にあるため、冬場になれば寒冷地試験もできる。所在地を考えると、高温試験や砂漠試験は無理そうだが。また、周囲の人家は少ないから、万が一、事故が起きても人的な被害は生じないし、保全の面からいっても具合が良い。東側はフィンランド、西側はノルウェーと、どちらも友好的な国に隣接しているから、要らぬ覗き屋さんがやってくることもない。

実のところ、広大で邪魔者が入らなくて、しかも仮想敵国ののぞき屋さんがやってくる気遣いもない試験施設を確保しようとすると、我が国はまことに不利である。その点、スウェーデンが羨ましく思える。

もっとも、その試験場を商品として他国に貸し出そうとすれば、今度は、試験施設の水準を維持するための努力も必要になる。だからヴィゼル試験場では、例えば計測設備の更新が随時図られている。商品として売り出すのも、それはそれで楽な仕事ではない。

余談だが、サーブの工場はストックホルムの西南西・約170kmほどの、リンシェーピン(Linköping)という街にある。サーブの工場があるのは街の東側だが、街の西側にはマルメン空軍基地があり、ここにもサーブとFMVの施設がある。基地の北側には空軍博物館が隣接しており、過去にスウェーデン空軍で使用していたさまざまな機体に始まり、JAS39グリペンの試験用機まで展示されている。ストックホルムから電車でリンシェーピン中央駅まで行き、バスに乗り継げば訪問可能だ。

  • リンシェーピンにある、スウェーデン空軍博物館。隣接するマルメン空軍基地にも、サーブとFMVの拠点がある

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。