名古屋大学(名大)は11月29日、幹細胞を移植することなく、細胞の分泌した再生因子が含まれているその培養液を用いて歯周組織の再生を行うことに成功したと発表した。

成果は、名大大学院 医学系研究科 顎顔面外科学の上田実教授、同・片桐渉助教、同・犬飼丈晴大学院生らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、12月8日付けで米国誌「Biochemical and Biophysical Research Communications」に掲載される予定だ。

近年、歯周病の治療、歯周組織の再生に幹細胞を移植する試みがなされている。日本でも名大医学部附属病院を含め、いくつかの大学病院で臨床研究がなされているところだ。しかし、幹細胞の移植にあたっては細胞が腫瘍を作ってしまうリスクがあったり、細胞培養施設の設置や細胞培養にかかる費用、人件費などのコストが膨大であり、かつ高度な細胞の品質管理や安全性の担保が要求され、厳格な法規制もあいまって施設限定的な治療法といわざるを得ない状況である。

研究グループでは、これまでの研究より幹細胞が培養時に分泌するさまざまなタンパク質が組織再生において重要な役割を担っていることなどを解明してきており、幹細胞の培養液に含まれるこのようなタンパク質(再生因子)は、幹細胞移植と同等の再生能を持つことを2012年7月に発表している

この幹細胞培養液に含まれる再生因子には、明らかになっているだけでも、サイトカインなど数10種類のタンパク質が含有されているという。これらは血管新生を促し、骨やセメント質といった歯周組織を構成する細胞を病変に動員する作用を持っている。

そこで研究グループは、この培養液を歯周病に投与することにより、歯周組織再生が行われるのではないかと考察した。これは細胞移植を必要とせず内在性の幹細胞を利用する、これまでの概念にない歯周組織再生医療であり、幹細胞移植にまつわる前述した諸問題を解決できる方法となり得る。それに加え、移植した幹細胞の造腫瘍化などの危険性も回避可能な点も大きい。

今回の研究で用いられた培養液については以下のことが判明している。まず培養液は「間葉系幹細胞(MSC)」のものであり、「IGF-1」、「VEGF」、「TGF-β1」、「HGF」など多数のサイトカインが含有されていた。そしてこの培養液は、「ヒト間葉系幹細胞(hMSC)」の遊走能、増殖能を上昇させ、また血管新生や骨芽細胞への分化を促進した。

そして培養液をコラーゲンスポンジにしみ込ませ、イヌの歯根周囲に作製した骨欠損部に移植する実験を実施(画像1・2)。レントゲンや組織切片にて観察したところ、経時的に新生骨の添加が起こり、培養液移植部には歯槽骨やセメント質といった歯周組織が再生されたという具合だ。

画像1。幹細胞培養液による歯周組織再生研究シェーマ

画像2。移植後4週での評価(MSC-CM群)

前述したように、幹細胞の移植なしで歯周組織が再生するならば、治療の安全性が大幅に向上するばかりか、細胞移植に随伴する諸問題の多くが解消される可能性がある。つまり、移植細胞の造腫瘍性の可能性の低減、移植操作の簡便化、材料の規格化、安定性、治療コストの低減化などの多くのメリットだ。また将来的には新しい歯周病治療薬として創薬も期待できるという。

研究グループは今回の成果は、歯周組織の再生医療の実用化に大きく寄与するものと考えられるとコメントしている。