世界最強の米国が誇る軍事衛星。月や火星、木星、さらに冥王星、果ては太陽系外へと飛んだNASAの探査機。そして通信や気象観測を司る実用衛星など、この約半世紀、米国から打ち上げられた宇宙機の多くは、大きく3種類のロケットに乗って宇宙へ飛び立った。「デルタ」と「アトラス」、そして「タイタン」である。

長年にわたって米国の宇宙開発を支え続けてきたこの3種のロケットは、すでにタイタンは引退したものの、デルタとアトラスはその最新型である「デルタIV」と「アトラスV」が現在も運用されている。この2機は10年以上にわたり、先代から受け継いだ米国の基幹ロケットとしての伝統を維持し続けてきたが、新興企業のスペースXが台頭したこと、ロケットに使っていたロシア製エンジンが仇となり、その地位が脅かされることになった。

そして今、起死回生をかけて次世代ロケット「ヴァルカン」の開発が始まった。米国の基幹ロケットは「長寿と繁栄」を続けることができるのか。

連載第1回では、なぜ米国の基幹ロケットが、その地位を脅かされるに至ったのかを紹介する。

ヴァルカン・ロケットの想像図 (C) ULA

ヴァルカン・ロケットの構成の想像図 (C) ULA

米国の基幹にして伝統、デルタとアトラス・ロケット

デルタIVは米国の大手航空宇宙メーカーであるボーイングが、アトラスVはロッキード・マーティンが開発したロケットである。両機とも2002年に初打ち上げを実施し、2016年8月までの時点でデルタIVは33機が、またアトラスVは64機が打ち上げられ、おおむねすべて成功している。両機は当初、開発を担当した会社がそれぞれ独自に運用していたものの、やがて両社が半分ずつ出資し、両ロケットを製造・運用する会社としてユナイテッド・ローンチ・アライアンス(略称「ULA」)を共同設立し、現在に至っている。

両機の打ち上げ数を見てもわかるように、ULAではどちらかというとアトラスVを主力と考えている。というのも、デルタIVは製造方法が複雑で、アトラスVよりもコストが高いという欠点があるためである。ただ、大質量の超大型衛星など、大きなエネルギーが必要な打ち上げの際には、現在世界で最も大きな打ち上げ能力をもつデルタIVの最強型「デルタIVヘヴィ」を使うほかなく、その部分ではデルタIVの独壇場である。またアトラスVに欠陥が見つかるなどし、運用できなくなった場合の保険としての意味もある。

デルタIVとアトラスVは、ともに米国空軍の「発展型使い捨て打ち上げ機」計画によって開発された。この計画の目的は、「米国の軍事衛星や政府系衛星を、安定して打ち上げるための新たなロケットを開発すること」、つまり米空軍の衛星から、国家偵察局(NRO)、さらに米国航空宇宙局(NASA)の衛星まで打ち上げる、米国、とくに政府機関にとっての基幹となるロケットを造ることにあった。

こうした経緯から、米空軍はULAと衛星打ち上げの独占契約を結び、デルタIVとアトラスVの数十機を一括で発注するなど優遇した。米空軍にとってみれば、そもそもアトラスVとデルタIVは軍事衛星を打ち上げることを目的に、自分たちが開発資金を提供して民間に開発させたロケットであり、それを優先的に使用しない手はない。ULAにとっても一括発注は、打ち上げ数を稼ぐことにも、またロケットの製造や運用におけるコスト低減や、信頼性の向上にも一役買った。こうして手厚い保護を受け続けた両ロケットはすくすくと実績を積み、さらにNROやNASAの打ち上げも着実にこなし、当初の計画どおり、米国の政府系衛星打ち上げをほぼ独占的に担い続けてきた。

デルタIVとアトラスV、そして運用を行うULAの地位は盤石かと思われた。しかし、ULAが予想もしていなかった2つの事件が起こる。

アトラスVロケット (C) ULA

デルタIVロケット (C) ULA

デルタIVヘヴィ・ロケット。デルタIVの第1段機体を2基追加した機体で、現時点で世界で最も大きな打ち上げ能力をもつ (C) ULA

スペースXの台頭

そのひとつは、スペースXの台頭である。スペースXは2002年にIT長者のイーロン・マスク氏が設立した宇宙企業で、10年足らずのあいだに躍進を遂げ、デルタIVやアトラスVに匹敵する大型ロケット「ファルコン9」の開発に成功した。ファルコン9はここ最近、機体を着陸させ回収し、再使用することで、打ち上げコストの低減を目指した挑戦を続けているが、そもそも使い捨てのままでも既存のロケットより半額近くも安いため、世界各国の企業や機関などから引く手あまたの状態が続いている。

そしてスペースXはこの安価なファルコン9を駆って、ULAの牙城であった軍事衛星打ち上げへの参入に向けて動きはじめた。米国の軍事衛星を打ち上げるには、米空軍からロケットの性能や信頼性などに対する厳しい審査を受け、認証を得ることが必要なため、まずスペースXは2013年から、ファルコン9についてこの認証を得るための手続きを始めた。さらに2014年には「ULAによる軍事衛星打ち上げの独占は違法である」という裁判を起こし、ULAに宣戦布告した。

この訴えは2015年1月に和解となったが、これはスペースXが敗れたわけではなく、ファルコン9が米空軍から軍事衛星打ち上げの認可を得られることがほぼ確実になったためである。事実、同年5月26日、ファルコン9は米空軍から軍事衛星の打ち上げ認証を獲得した。

そして2015年9月、米空軍は新しいGPS衛星「GPS III」2号機の打ち上げの入札を開始した。スペースXにとってはこれが初戦となったが、2016年4月27日、米空軍はこの打ち上げをスペースXに発注すると発表。ULAによって10年ものあいだ続いた米軍事衛星打ち上げの独占がスペースXによって崩れたのである。

実は、これまでGPS衛星の打ち上げを担い続け、そしてスペースXの対戦相手になるはずだったULAは、2015年11月に「我が社のロケットは空軍が求める必要条件を満たしていない」として入札を辞退していたのである。

ファルコン9ロケット (C) SpaceX

ファルコン9はここ最近の打ち上げで、機体の再使用に向けた挑戦を続けているが、そもそも使い捨てのままでも既存のロケットより十分に安い (C) SpaceX

ロシア製エンジンの思わぬ落とし穴

ULAが入札を辞退し、スペースXとの競争から逃げた理由は、アトラスVが自縄自縛に陥ったことにある。

アトラスVの第1段には、ロシア製の「RD-180」というロケット・エンジンが使われている。ロシア製エンジンのロケットで米国の軍事衛星を打ち上げるという、やや倒錯した状況になった背景には、宇宙大国としての矜持がある米国が、ライバルであるロシアにお金を払ってでも欲しがるほど、RD-180が高性能なエンジンだったということがある。

米国がRD-180の輸入を決定したのは1990年代のことで、当時、米露の関係はそれほど悪くはなかった。ちなみにこのとき、米国はRD-180の設計図を手に入れ、いずれは輸入ではなく自国で生産することも考えていた。しかし使われている技術があまりにも高度で手を焼き、結局自国での生産を諦め、安価で楽だという理由から輸入が続けられることになった。

RD-180はまず「アトラスIII」というロケットに搭載されて、米国で運用が始まった。このロシア製エンジンは仕様書どおりの性能を発揮し、信頼性も申し分なく、米国の期待に応え続けた。その後、アトラスIIIの後継機となるアトラスVの開発が決まった際にも、引き続きロシア製のRD-180が使われることになった。

そして完成したアトラスVは、10年以上にわたって安定した打ち上げを続けてきた。しかし、2014年に状況が変わる。この年の2月に端を発したウクライナ問題をめぐって米露関係が悪化。米国議会は同年、ロシアに対する経済制裁の一環として、今後のRD-180の輸入数に制限をかける法案した。米国の軍事衛星を打ち上げることでロシアに利益が生まれるのはまかりならん、というわけである。

ULAにとってはたまったものではなかった。前述したように、ULAにとってコストの面でアトラスVはデルタIVより優れている以上、ファルコン9と相対するにはアトラスVを持ち出すほかない。しかし、そのアトラスVが使えないとなれば、ULAに打つ手はなかった。そのため、2015年に行われたGPS III 2号機の入札で、ULAは「(RD-180が使えないのであれば)我が社は空軍が求める必要条件を満たせない」として辞退したのである。

その後、同年12月にこのRD-180の使用禁止令はいったん解かれ、今後の入札にはアトラスVも参加が可能にはなっている。しかし、再び禁止令が復活しないとは限らないうえに、そもそもファルコン9に比べると、デルタIVはもちろんアトラスVも高価であり、競争に勝てるかどうかは不透明である。

たしかにULAのロケットは、ロケットの信頼性や打ち上げの確実性、過去の実績といった点ではファルコン9より優れている。しかし、当の米空軍は、スペースXが初勝利した入札において、ファルコン9のコストの安さをとくに重視し、かつ高く評価したと語っており、ULAがアトラスVを使い続ける限り、あるいはスペースXが、ULAのようにロケットの問題などで入札を辞退するようなことにならない限り、ULAの勝ち目は薄い。

アトラスV (C) SpaceX

アトラスVに使われているロシア製のロケット・エンジン「RD-180」(C) NASA

RD-180のせいでアトラスVが飛ばせなくなるかもしれない。そもそも高価なデルタIVやアトラスVでは、ファルコン9をはじめとする次世代の安価なロケットには勝てない――。これに気が付いたULAの動きは早かった。RD-180の使用禁止が決定される前、陰りが見え始めたばかりの2014年にはすでに、デルタとアトラスを継ぐ、新たなロケットの開発に着手したのである。それが「ヴァルカン」だった。

(第2回へ続く)

【参考】

・Vulcan Centaur and Vulcan ACES - United Launch Alliance
 http://www.ulalaunch.com/Products_Vulcan.aspx
・Air Force’s Space and Missile Systems Center Certifies SpaceX for National Security Space Missions > U.S. Air Force > Article Display
 http://www.af.mil/News/ArticleDisplay/tabid/223/Article/589724/air-forces-space-and-missile-systems-center-certifies-spacex-for-national-secur.aspx
・Falcon 9 rocket wins landmark U.S. Air Force launch contract - Spaceflight Now
 http://spaceflightnow.com/2016/04/27/falcon-9-rocket-wins-landmark-u-s-air-force-launch-contract/
・Air Force Releases GPS III-3 Launch Services RFP > Los Angeles Air Force Base > Article Display
 http://www.losangeles.af.mil/News/Article-Display/Article/901805/air-force-releases-gps-iii-3-launch-services-rfp
・A bridge too far: Why Delta rockets aren’t the answer | TheHill
 http://thehill.com/opinion/op-ed/279599-a-bridge-too-far-why-delta-rockets-arent-the-answer