橋とは、川を渡ったり、海を渡ったりする施設。どちらにも共通する機能は「対岸に渡る」だ。いや、そもそも対岸に渡るために作る施設が橋だ。どんなに小さな橋でも、川で濡れずに対岸に行けるから便利だし、大きな橋はどんな思いで架けたかと思う。人は向こう岸が見えれば橋を架けたくなる生き物かもしれない。橋はロマンだ。

ところで、JR飯田線には、対岸に渡りかけて着地せず、また元の岸に戻ってしまう鉄橋がある。川を渡って対岸に行きかけて、また同じ川を渡って戻る。いったい、なんのために作られた鉄橋だろうか。

「+」マークが飯田線の「第6水窪川橋梁」だ(出典 : 国土地理院の電子地形図25000)

その鉄橋の名称は「第6水窪川橋梁」という。鉄道ファンには「渡らずの鉄橋」や「S字鉄橋」として知られている。場所は静岡県浜松市、飯田線城西~向市場間だ。城西駅から列車に乗ると、発車して1分ほどでこの鉄橋にさしかかる。ロングシートで横向きに座っていると気づかないかもしれないけれど、運転席の後ろから前面を展望すると、「さあ鉄橋を渡るぞ、対岸に行くぞ、あ、あれ、戻る? 戻っちゃう? え? どうして」と思う。

「第6水窪川橋梁」は15連のデッキガーダー方式である。ガーダー式鉄橋は短い桁間や曲線になる部分に連続して使われる。この鉄橋は半径250mのカーブを描き、長さは約400mだ。鉄橋の下を流れる水窪川は天竜川の支流で、支流といっても一級河川である。

このように奇妙な橋ができた原因は、台風と土砂崩れだ。じつはこの区間、当初は水窪川の東岸のみを通る予定だった。険しい地形のため、全長45mのトンネルを掘って線路を通す計画だったが、トンネル貫通直後に台風が2つも連続して通過したため、山崩れが起きた。このあたりは中央構造線という大断層地帯でもあった。

トンネルは崩壊し、その後も山崩れが起きるおそれもあり、再度トンネルや切り通しを掘るめどが立たなかった。そこで、山崩れが起きた東岸の山裾を避けるため、迂回路として川の上に線路を敷いた。これが「第6水窪川橋梁」というわけだ。45mのトンネルを400mの距離で迂回した理由は、さらなる土砂崩れに備えるため。したがって、東岸すれすれではなく、ほとんど西岸に上陸寸前の位置まで大回りするように作られている。

飯田線といえば、小和田駅・田本駅などの秘境駅で有名だけど、「渡らずの鉄橋」も有名だし、楽しい車窓だ。「青春18きっぷ」の旅で人気の飯田線に乗るときは、この区間は最前部または最後部からの眺望を楽しもう。