「クルマは左、人は右」、これが日本の交通ルール。もうひとつおまけに「電車は左」というわけで、日本の鉄道はおおむね左側通行になっている。ところが、いま京急電鉄の本線に、ちょっとだけ進行方向が入れ替わり、右側通行になる場所があるという。しかも期間限定のため、もうすぐ見られなくなるという。これは一体どういうことだろう?
期間限定で右側通行になる場所は京急蒲田~雑色間にある。京急電鉄の線路と、幹線道路である環状8号線が交差する部分だ。京急蒲田駅から横浜方面の電車に乗ると、最初のうちは左側通行だが、しばらく進むと高架の上り線を潜って右側に移り、勾配を上って一瞬だけ右側通行となる。勾配を下りると、またまた上り線の下を通って左側に出る。
どうしてこうなったのか? その理由は、東京都が主体となって進める「京急蒲田駅付近連続立体交差事業」の手順にある。京急電鉄と環状8号線の踏切などを立体交差化する工事で、全体の工事が完成する前に、もっとも渋滞が深刻な環状8号線の踏切を先に立体交差化した。
その手順は、「京急本線上り線の隣に仮線を設置」「上り電車を仮線で運行し、その間に上り線の高架工事を実施」「上り線の高架を使用開始」「下り電車を仮線で運行し、その間に下り線の高架工事を実施」「下り線の高架を使用開始し、仮線を撤去」というもの。現在はこのうち、「下り電車を仮線で運行し、その間に下り線の高架工事を実施」の段階になっている。つまり、もともと上り線の仮線として作った線路を、下り電車が流用したため、下り電車と上り電車の線路の左右が入れ替わってしまった。
ちなみに、この区間を含む京急蒲田駅周辺の高架化工事が終了した後も、空港線の京急蒲田~糀谷間は列車ごとに右側通行をしているように見えるという。構造上は複線に見えても、「羽田空港方面~品川方面」「羽田空港方面~横浜方面」の単線が並列する形になるからだ。
左側通行のルーツはイギリスの荷馬車
日本の鉄道が左側通行になっている理由は単純明快で、日本で始めて鉄道を建設する際、イギリスに技術の支援を要請し、そのイギリスの鉄道が左側通行だったから。では、そもそもなぜイギリスが左側通行なのかというと、これは荷馬車の習慣だったという説がある。
御者(馬を操り馬車を走らせる人)が荷馬車を扱うとき、長い鞭を後ろに振り回す。しかし後方に鞭を振り出すとき、荷車の左側に座っていると、鞭を荷室や後席に降り出してしまう。そこで右ききの人は馬車の右側に座るようになった。このように御者たちが荷馬車の右側に座った場合、左側通行にすれば、すれ違う時に対向車との間隔がわかりやすい。したがって道路の左側通行の習慣ができた。これが道路交通のルールとなり、鉄道にも流用されたようだ。
一方、同じ馬車文化を持つフランスの道路は右側通行だ。フランスにならってアメリカも右側通行である。これには「フランス革命説」や「ナポレオンの行進説」などがあり、なかなか奥深い。ただし、フランスの鉄道は左側通行になっている。鉄道の発祥がイギリスであり、その技術が普及したためだといわれている。フランス同様、道路は右側通行でも、鉄道は左側通行という国も意外と多いらしい。路面電車は道路に合わせて右側通行、高速鉄道は左側通行という国もある。
しかしアメリカの鉄道は右側通行だ。道路もクルマも右側通行にしたほうが合理的、ということか。鉄道の進行方向もさまざまなパターンがあり、お国ごとの事情があるようだ。
日本にも右側通行の路線がある
京急電鉄の右側通行は期間限定で、立体交差工事が行われる時期のみ見られる。しかし、日頃から右側通行を採用している鉄道路線もある。たとえば、ローカル線の単線の駅で、ワンマン運転の列車がすれ違う場合だ。ワンマン運転の列車の運転士は、乗降扉のドアも操作する。単線の路線で、すれ違う駅が島式ホームの場合、運転台は左側にあるから、お互いの電車が右側を通れば、ホームのある側に停車できる。そこで、左側通行の原則とは逆に右側通行にしているという。
特急列車が走る単線の駅でも右側通行になる場合がある。高速な列車が直線の線路を通過するため、停車する列車が分岐の曲線側を使うと、進行方向の左右逆転現象が起きる。
本誌鉄道カテゴリでは、2月5日に松尾かずと氏の連載「昭和の残像 鉄道懐古写真」を掲載予定です。東急電鉄の車両の珍しい編成や、いまでは見られない風景をとらえた懐かしの写真を紹介します。お楽しみに