スペースXを率いるイーロン・マスク氏が「火星移民構想」を明らかにし、世界中に衝撃を与えてから1年。2017年9月29日、マスク氏はこの火星移民構想の"改訂版"を発表した。この改訂版では、ロケットや宇宙船の大きさこそやや小さくなったものの、有人火星飛行を行うという目標は潰えておらず、相変わらず野心的なままだった。そして最後に、あるサプライズも明らかにされた。

第1回では2016年の発表と今回とで大きく変わった点について紹介第2回では、この構想のかなめとなる巨大ロケットと宇宙船「BFR」の開発状況について紹介した

第3回では、月面基地や二地点間飛行など、火星飛行や衛星打ち上げ以外に考えられているBFRの使いみちと、そしてスペースXとBFRの将来や可能性について紹介したい。

BFRと月面基地「ムーン・ベース・アルファ」 (C) SpaceX

BFRを宇宙飛行だけでなく、地球の都市と都市を結ぶ乗り物として使うというアイディアも披露された (C) SpaceX

迷い星じゃない「ムーン・ベース・アルファ」

第1回で触れたように、BFRはITSとは異なり、有人火星飛行だけでなく通常の人工衛星の打ち上げにも使えるように設計が変更された。

そしてマスク氏は、さらにそれ以外の使いみちとして、月面基地を建設する構想を明らかにした。ただし公開されたのは1枚の想像図のみで、具体的な計画や予定などは語られず、BFRを実用化した際の、応用の可能性のひとつとして提示されたものと考えられる。

マスク氏とスペースXにとって、あくまで現時点での第一目標は火星であるのは間違いないが、こうした絵を公開した背景には、米国航空宇宙局(NASA)やいくつかの民間企業がこのところ、有人月探査や、月旅行や資源開発といった月の開発に興味を示しているということがあろう。

NASAでは現在、国際宇宙ステーション(ISS)の次の、国際協力による大型有人宇宙計画として、月をまわる軌道に宇宙ステーションを建設し、将来を見据えた深宇宙での宇宙飛行士の訓練や、月面に降りる前の準備などを行う基地として使うことを考えている。すでにISSのパートナーである欧州や日本、ロシアなどもこの計画に興味を示しており、実現する気配が出てきている。

さらに米国の民間企業を中心に、月開発(探査や旅行、資源開発)を事業化しようという動きもあり、NASAはこうした動きに対し、民間への資金援助に興味を示している。

かつてNASAは、ISSへの物資や宇宙飛行士の輸送を民間に委ねる計画を進め、その結果、スペースXなどが資金援助を受け、ファルコン9やドラゴンが開発され、そしてこれほどまでに成長を果たしたという経緯がある。それと同じやり方を、月にも持ち込もうとしているのである。

つまりスペースXは、BFRが月開発にも活用できるとアピールすることで、NASAはもちろん、月開発を考えているもののロケットをもっていない企業の興味を惹きつけることができる。ふたたびNASAから開発資金の援助を受けたり、民間などから月探査機の打ち上げを受注したりできれば、火星移民を実現するための資金をどう捻出するかで悩んでいたマスク氏にとって願ったり叶ったりだろう。

もちろん、スペースXがBFRを使って月開発の主導権を握り、想像図のとおりに、実際に月面基地を建設することも可能になろう。今後スペースXが、最初から火星を狙うのか、まず月を開発するのか、それとも両方同時に進めるのかはさまざまな要因によって変わってくるだろうが、いずれにしてもBFRがあればどのようにも対応できる、まさに"持てるものの強み"である。

ちなみにこの月面基地を、マスク氏は「ムーン・ベース・アルファ」(Moon Base Alpha)と呼んでいる。ムーン・ベース・アルファといえば、SFドラマ『スペース1999』の舞台となる基地として、そして第1話でとある大事件が起こる基地としておなじみで、おそらくSF好きのマスク氏が、半ば冗談で名づけたものなのだろう。

BFRと月面基地「ムーン・ベース・アルファ」 (C) SpaceX

世界のどこへでも1時間以内に飛べる飛行機

そして今回の発表で最大のサプライズとなったのは、BFRを宇宙飛行だけではなく、地球の都市と都市を結ぶ乗り物として使うというアイディアが披露されたことだった。

公開された動画では、朝の7時にニューヨークからBFRに乗り込み、洋上から発射。宇宙空間には出るも、地球の周回軌道には乗らずに(たとえは悪いが大陸間弾道ミサイルのように)飛行し、北米大陸を斜めに横断し、北極域を経由して、そして中国の上海に到着する、という光景が描かれた。ニューヨーク・上海間の所要時間はわずか39分、さらに世界中のどこでも1時間以内に結べるという、既存の旅客機はもちろん、コンコルドのような超音速旅客機も裸足で逃げ出す早さである。

地球上を高速で結ぶ輸送機としてロケットを使うというアイディアは、それ自体は新しいものではなく昔からあるもので、「ポイント・トゥ・ポイント飛行」や「二地点間輸送」と呼ばれている。近年でも、宇宙旅行を計画しているヴァージン・ギャラクティック(Virgin Galactic)が、「スペースシップツー」を宇宙旅行だけでなく、こうした用途にも使うことを計画している。

こうした打ち上げでも、ブースターも宇宙船も完全再使用できるという。運賃については、マスク氏は「いまの旅客機のエコノミー・クラスと同じくらいになるでしょう」と発言している。もしこのとおりに実現すれば、航空輸送はもちろん、人も物も含めた物流すべてに大きな革命が起こることは間違いない。

もっとも、実現時期の目処など、これ以上の詳細については語られず、月面基地構想と同様に、BFRが完成した場合の応用のひとつとして提示されたものと考えられる。

ある日の午前7時、ニューヨークの沖合から打ち上げられるBFR (C) SpaceX

飛行するBFR (C) SpaceX

北米大陸を横断し、北極圏を通って上海へ向かう (C) SpaceX

上海の沖合に着陸するBFR。すぐ横には別のブースターが用意されており、載せ替えてふたたび飛び立てるようになっている (C) SpaceX

昨年より現実的な範囲に落とし込んでくるも、まだ未来は読めず

今回発表された火星移民構想の"改訂版"は、2016年に発表されたものと比べると、いくらか現実的なものになっている。

とはいえ、BFRを5年後に完成させ、2022年に無人で、2024年には有人で火星への飛行を行うというスケジュールの実現は難しいだろう。マスク氏やスペースXは将来の見通しにやや楽観的すぎるきらいがあり、たとえばファルコン・ヘヴィの完成も、ドラゴン2宇宙船の完成も、当初発表された予定からもう何年も遅れ続けている。

もっとも、マスク氏自身も、BFRの2022年の無人飛行、2024年の有人飛行というスケジュールについては「意欲的な目標です」とし、遅れる可能性を認めている。ただ、そのあとで「もしこれより遅れるとしても、その遅れはわずかなものになるでしょう」とも語り、少なくとも2020年代のうちに実現することについて自信をみせてはいる。

また、昨年のITSでは語られた、機体のコストや再使用可能な回数などの具体的な数字についても、今回は「既存のあらゆるロケットより安価になる」と語られたのみで、ほとんど明らかにされなかった。

間接的には、BFRを使った二地点間輸送がエコノミー・クラスほどの料金になるという発言から、つまり1回の飛行あたりのコストが大型旅客機並みを目指していることがわかる。

マスク氏はロケットの再使用によって、コストをこれまでの100分の1にすると豪語しているが、BFRほどの巨大ロケットを旅客機並みのコストで飛ばすのなら、100分の1どころではなく、それ以上のコストダウンが必要になろう。それを達成するには、少なくとも1機あたりの打ち上げ回数は1日1回、それを何十年も続けて、おそらく数千回から万単位の回数での再使用打ち上げが必要になろう。

つまりマスク氏が、BFRを使った衛星打ち上げや月面基地の建設、さらに地球上の二地点間輸送にも言及したのは、それだけBFRを頻繁に(まさしく旅客機のように)飛ばせるだけの需要を創り出す必要があり、さもなくばBFRの運用は安価にならず、火星移民構想を実現させることは難しいと考えているからだと考えられる。

「火星移民構想」の改訂版について語るイーロン・マスク氏 (C) SpaceX

BFRを使った衛星打ち上げの想像図 (C) SpaceX

期待と冷静さをもちつつ、今後の発表に期待

さらに、BFRでファルコン9やファルコン・ヘヴィを代替し、その上で火星を目指すという方針は、マスク氏が語るようなメリットがある一方で、危険も伴う。

マスク氏は「当面はファルコン9やヘヴィとBFRを並行して運用し、徐々にBFRのみに移行する」とは語ったが、もしその移行後にBFRの打ち上げが一度でも失敗すれば、火星飛行はおろか人工衛星の打ち上げまで、スペースXによる宇宙開発のすべてが止まることになる。

ちょうど1980年代の米国が、衛星から宇宙飛行士まですべての打ち上げをスペースシャトルに担わせようとしたところ、チャレンジャーの事故が起きて宇宙開発が停滞したときのと同じ過ちを繰り返すことになりかねない。このとき米国は無人ロケットの生産を復活させることで難を逃れたが、スペースXがファルコン9やファルコン・ヘヴィを手放したあとに同じことが起これば大きな打撃となる。かといって、いつまでも"旧型"のファルコンやドラゴンの生産や運用を続けることになれば、大きな無駄となり、その分火星が遠のくことになりかねない。

もちろんマスク氏にとってみれば、自社のロケットや宇宙船を「BFRに一本化する」というのは取るべきリスクであり、取らなければ火星移民も実現しない、まさに虎穴に入らずんば虎児を得ずという考えではあるのだろう。しかし、その実現のためには、単にBFRを完成させるだけでは済まない。BFRを100人以上もの一般人が乗れる有人ロケットにして、何千回も再使用でき、そして地球上のどこへでも、そして月や火星へも安全に飛べるロケットにするという以上、ファルコン9やスペースシャトル以上の高い信頼性が必要になる。開発も運用も、技術面のハードルはとても高い。

そればかりか、BFRに一本化するまでに、ファルコン9やファルコン・ヘヴィによる人工衛星やドラゴン2宇宙船の打ち上げを、滞りなく成功させ、安定した会社運営を続けると共に、顧客からの信頼を積み重ねていかなければならない。

さらに月開発に挑むなら、ジェフ・ベゾス氏の「ブルー・オリジン」など、同じような事業を考えている企業との競争にもさらされるだろうし、ましてや2地点間輸送を実用化するのなら、既存のすべての航空会社を敵に回すことになるため、政治的な駆け引きもこなしていかなければならないだろう。

もちろん、スペースXは大企業であり、すでにロケット開発において多くの実績もあり、ラプターや炭素複合材タンクの試験を始めているように、高い技術力もあるのは誰もが認めるところであろう。なにより、不可能とも思えることに挑戦し続ける企業があること、そして私たちが生きている間に月や火星に行けるかもしれないという期待があるのは喜ばしいことでもある。

しかしマスク氏とスペースXに、これまで多くの人々が思いつくも、誰にもできなかったことを、誰もが考えもしなかった早さで成し遂げられるかは、まだわからない。これからもスペースXとマスク氏の言動からは目が離せそうにない。

BFRと火星基地の想像図 (C) SpaceX

火星都市の想像図 (C) SpaceX

参考

Mars | SpaceX
Elon Musk revises Mars plan, hopes for boots on ground in 2024 - Spaceflight Now
Musk unveils revised version of giant interplanetary launch system - SpaceNews.com
The Moon, Mars, & around the Earth - Musk updates BFR architecture, plans | NASASpaceFlight.com
Elon Muskさん(@elonmusk) ・ Instagram写真と動画

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info