数々の華々しい成功に彩られている宇宙開発だが、その栄光の影には、失敗の歴史が連なっている。多くの人から望まれるもさまざまな事情により実現しなかったもの。あるいはごく少数からしか望まれず、消えるべくして消えたもの……。この連載では、そんな宇宙開発の"影"の歴史を振り返っていく。


宇宙航空研究開発機構(JAXA)は1月15日、超小型ロケット「SS-520」4号機の打ち上げ実験を行った。この実験は、民生技術を用いてロケットや人工衛星の開発を行い、そして実際に開発したロケットと人工衛星を打ち上げることを目的としたものだった。

残念ながら打ち上げは失敗に終わったものの、実際に民生技術を活用してロケットや衛星の開発が行われ、どういう部品なら使えるのか、また使うためにどういう試験が必要なのか、といった貴重なノウハウが得られたはずであり、打ち上げ失敗によってすべてが無駄に終わったというわけではない。再挑戦の機会があるかどうかは今のところ不明だが、いずれにしても一定の成果はもたらされたと見るべきだろう。

ところで、このSS-520 4号機の打ち上げをめぐっては、民生技術云々とは別の、ある面が注目された。それは「世界最小の衛星打ち上げロケット」という点である。

現在、世界最小の衛星打ち上げロケットの称号は、JAXAの前身のひとつである東京大学宇宙航空研究所が1970年に打ち上げた「L-4S」ロケットがもっている。L-4Sは全長16.5m、直径0.74m、質量9.4トンで、この年の2月に日本初の人工衛星「おおすみ」を打ち上げた。

一方、SS-520 4号機は全長9.54m、直径0.52m、質量は2.6トンと、L-4Sよりもさらに小さい。そのため、もし打ち上げが成功していれば、L-4Sがもつ世界最小の衛星打ち上げロケットの記録を塗り替えることになっていた(もっとも、JAXAは狙ってSS-520-4をこの小ささにしたわけではないし、世界最小であることを積極的にアピールしていたわけでもない)。

しかし、実はSS-520-4よりもさらに小さな、人工衛星打ち上げを目指したロケットが存在する。

今回は、世界最小になり損ねたもうひとつのロケットにして、世界初の空中発射ロケットでもある、米海軍の「パイロット」計画を取り上げる。

「パイロット」ロケット (C) U.S. Navy

パイロットは世界最小の衛星打ち上げロケットにして、航空機から空中発射される世界初のロケットでもあった (C) U.S. Navy

NOTS

1957年10月、ソビエト連邦は世界初の人工衛星「スプートニク」を打ち上げ、世界中に「スプートニク・ショック」と呼ばれる大きな衝撃を与えた。その中で最も大きな危機感を覚えた米国は、自身も人工衛星を打ち上げるべく行動を開始した。

当時、米国のロケット開発は、大きく2つのチームによって行われていた。1つはドイツから亡命したロケット科学者ヴェルナー・フォン・ブラウンを中心とする米陸軍の弾道ミサイル局(ABMA)、もう1つは米国の技術のみでロケット開発を進めていた米海軍研究所(NRL)である。技術的には米陸軍に一日の長があったものの、ドイツ人の設計したロケットで米国初の衛星を打ち上げる、ということが嫌われ、まず米海軍が開発した「ヴァンガード」ロケットの打ち上げが優先されることになった。

ところがその米海軍のヴァンガードは衆人環視の中で打ち上げに失敗。やむなく米陸軍に白羽の矢が立ち、"こんなこともあろうかと"ひそかに準備を進めていたフォン・ブラウンらの働きにより、ソ連に遅れること約4カ月後の1958年1月31日、米国も初の人工衛星「エクスプローラー1」の打ち上げに成功。同じ年の3月には、ヴァンガードも3度目の挑戦にして衛星打ち上げに成功し、なんとか面目を保った。

1957年12月6日、米国初の人工衛星打ち上げを目指した米海軍の「ヴァンガード」ロケットは、無残な結果に終わった (C) NASA

1958年1月31日に打ち上げられた米国初の人工衛星「エクスプローラー1」 (C) NASA

ところで、当時米海軍にはヴァンガードを開発したNRLの他にもう1つ、人工衛星打ち上げを目指したチームがあった。カリフォルニア州にあるモハーヴェ砂漠の西、チャイナ・レイクにある海軍兵器試験ステーション(Naval Ordnance Test Station)、通称「NOTS」である。

NOTSは1943年に、米海軍の新しい兵器や装備の研究、試験などを行うことを目的に設立され、現在も海軍航空兵器ステーション(Naval Air Weapons Station)と名を変えつつ残っている。

NOTSの最もよく知られた功績は、戦闘機から発射する短距離空対空ミサイルAIM-9「サイドワインダー」の開発だろう。サイドワインダーは、敵機のエンジンなどから出る熱をセンサで捉えつつ追尾し、攻撃するというもので、現在でも改良型が、米軍をはじめ世界中で運用されている。

NOTSで人工衛星打ち上げの話が持ち上がったのは、スプートニク・ショックから1週間足らずの1957年10月10日のことだった。このときの構想では、米陸軍とジェット推進研究所(JPL)が開発した短距離弾道ミサイル「サージェント」をベースに、4段式の小型ロケットを開発し、超音速戦闘機F8U-3「クルセイダーIII」を使って空中から発射して、十数kgの偵察衛星を軌道に投入する、というものだった。

同年11月15日には、米海軍やNOTSの上層部から「人工衛星を打ち上げを単純化する独創的な発想」と賞賛され、同計画を優先的に進めるべきとの勧告がなされた。ロケットの打ち上げには、多かれ少なかれ複雑な地上設備が必要であり、それに対して戦闘機からミサイルのように発射する衛星打ち上げロケットというものが、非常に単純なものに映ったことは想像に難くない。ちなみに衛星打ち上げロケットを空中から発射する、というアイデアはこれが世界初で、おそらくNOTSが、前述のサイドワインダーのようなミサイル――まさに空中発射ロケットそのもの――の開発を手掛けていたことから発想されたものだろう。

その後、米海軍兵器局(BuOrd)はNOTSに同計画を進める正式な許可を与えたものの、肝心のロケットを製造するのに必要なサージェント・ミサイルの提供を陸軍が断ったことで、計画は進展することはなく、年が明けた。

世界初の空中発射ロケット「パイロット」計画

1958年2月、NOTSは規模を縮小した新たな提案を行った。まずロケットはさらに小型になり、衛星部分の質量もわずか1.05kgになり、空中発射の母機となる戦闘機も、F4D-1「スカイレイ」へと変更された。

NOTSはこの計画を「パイロット」と名付けたが、関係者らからは「NOTSNIK」という愛称でも呼ばれていたという。NOTSNIKとは、NOTSと、スプートニク(Sputnik)を合わせた造語である。敵国の人工衛星の名前をもじるというのはやや冗談がきつい気もするが、あくまで米海軍における衛星打ち上げの主役はNRLだったため、そんな冗談が言える程度の余裕はあったのかもしれない。

パイロット・ロケットはまず、スカイレイの左の主翼下に搭載されて離陸する。ちなみに機体のバランスを取るため、右の主翼下には増槽(追加の燃料タンク)を搭載することになっていた。

離陸後、スカイレイは高度約1万mからマッハ0.9、2Gで機首を引き上げ、そして高度1万2500m、時速740km、約50度の角度でロケットを分離する。

パイロット・ロケットは5段式で、1段目にはHOTROCと呼ばれる既製品の固体モーターを、田の字の形になるように4基装着している。ただ、4基すべてを同時に燃焼させるのではなく、まず点対称になる2基を燃やし、その燃焼終了後に残りの2基に点火するという変わった方法を採用した。NOTSでは最初の2基を第1段、残りの2基を第2段と呼んでいた。

この特異な1、2段は、燃焼終了後、高度約80kmで分離され、第3段が燃焼。続いて第4段に点火され、第5段と衛星は近地点高度60km、遠地点高度2400kmの軌道に入る。そして遠地点で第5段が点火され、近地点を2250kmまで上げる。

衛星はこの第5段と結合されており、スピン安定式で、搭載した赤外線センサによって、衛星が回転するごとに地表を走査することができた。

パイロットはスカイレイ戦闘機から発射される。世界初の空中発射型の衛星打ち上げロケットでもあった (C) U.S. Navy

パイロットの第1段と第2段部分。4基のロケット・モーターで構成されており、まず点対称になる2基を燃やし、燃焼終了後に残りの2基に点火するという特異な仕組みを採用している (C) U.S. Navy

米海軍兵器局(BuOrd)はパイロット計画の推進を認め、30万ドルの予算と、4カ月間の期限を与えた。

4カ月というのはロケットの開発期間としては短すぎるが、実はパイロットには、赤外線センサで地上を偵察するミッションの他にもう1つ、高高度で核爆弾を爆発させる実験「アーガス作戦」において、核爆発後の放射線を観測するという目的もあった。このころ、アーガス作戦の実施は同年8月に予定されており、つまりそれまでに打ち上げを間に合わせる必要があったのである。

(後編へ続く)

参考

NOTSNIK: The Navy's Secret Satellite Program by Andrew J. LePage July 1998
NOTS-EV-1 Pilot / NOTSNIK
Pilot (NOTS-EV-1, NOTSNIK) - Gunter's Space Page
Aerospaceweb.org | Ask Us - NOTSNIK, Project Pilot & Project Caleb
NOTS NOTS-EV-1 Pilot (NOTSNIK)