経済キャスターの鈴木ともみです。連載『経済キャスター・鈴木ともみが惚れた、"珠玉"の一冊』では、私が読んで"これは"と思った、経済・投資・お金に関連する書籍を、著者の方へのインタビューを交えながら、紹介しています。第8回の今回は、岩本沙弓さんの『新・マネー敗戦』(文藝春秋)を紹介します。

岩本沙弓さんプロフィール

金融コンサルタント、経済評論家、経済作家。1991年東京女子大学を卒業し、銀行在籍中に青山学院大学大学院国際政治経済学科修士課程終了。ファーストシカゴ銀行(現・J.P.モルガン・チェース銀行)、オーストラリア・コモンウェルス銀行、カナダロイヤル銀行等、日、米、加、豪の大手金融機関にて外国為替(直物・先物)、短期金融市場を中心にトレーディング業務に従事。その間、国際金融専門誌『ユーロマネー誌』のアンケートで為替予想部門の優秀ディーラーに複数回選出される。その後、あおぞら銀行本店市場営業部チーフディーラーとして国際金融取引業務を担当。現在は、為替、国際金融関連の執筆・講演活動の他、国内外の金融機関勤務の経験を生かし、英語を中心に私立高校、及び専門学校にて講師業に従事。

未曽有の大災害とも言われる巨大地震と津波が日本国内を襲い、海外では、欧州債務危機や米国財政問題が世界経済を揺るがすという、まさに激動の1年となった2011年。今年を締めくくるのにふさわしい一冊をご紹介したいと思います。きっと新たな年を迎えるにあたっての心構えが根づくことでしょう。

『新・マネー敗戦』(文藝春秋、岩本沙弓著、定価860円+税)

「現代金融こそ、まさに弱肉強食を地で行く世界」

今回ご紹介したい本は『新・マネー敗戦』。敗戦という言葉はあまり好きでないと言う方もいらっしゃるかと思いますが、副題に「ドル暴落後の日本」とある通り、その内容は、「今後の世界経済や為替相場がどこに向かっていくのか」、「米国が他へと覇権を譲る時、これからの日本はどうあるべきか」、「自分たちの生活をどのようにしたら守れるのか」など、今後の日本のあり方や私たちひとりひとりに対する助言やエールが込められています。まずは、私がその"潔さ"に惚れ込んでしまったプロローグの文章からご紹介していきましょう。

草食系―、肉食系―、という言葉がすっかり市民権を得てきた様相の昨今であるが、資本主義・自由主義経済のもとでの現代金融こそ、まさに弱肉強食を地で行く世界である。自然界の中で、弱者であるシマウマと強者であるライオンの数を見た場合、シマウマの数の方が圧倒的に多い。つまり、ライオンとシマウマのこの数の差が存在すればこそ、食物連鎖を維持できるのである。
では、獲物となるシマウマの数が少ないとどうなるのか?弱者が絶滅するまで強者の側が食べ尽くすようなことをすると、均衡を保っていた食物連鎖が崩れ、結局のところは強者も共倒れとなってしまう。これが自然の掟である。現代金融において、強者はこの自然の論理をよく理解している。彼らは、金融・経済活動の中での弱者の数が減りすぎないように「生かさず殺さず」を心がけているようなものだ。(中略)
投資を行う場合、ご自身をシマウマと自覚されている方は何人いらっしゃるだろうか。ここは敢えて一般投資家、機関投資家、そして国家までも、ほとんどがシマウマであるという前提で本書を読み進めていただければと思うのである。というのも、かくいう為替ディーラー経験者の私も、著名なヘッジ・ファンドマネージャーも、相場に参加するプロと呼ばれる人たちを含め、大多数はみなシマウマなのである。(「はじめに」より抜粋)

私は、職業柄、多くの為替ディーラー、ファンドマネージャーなどプロの市場参加者の方々とお会いする機会が多いのですが。そのほとんどが、「自身が勝者であるからこそ、今もその職に就き、活躍している」という自負をお持ちの方々ばかりです。そうした中、為替ディーラー時代を含め、自身を「シマウマ」であると自覚する著者・岩本さんの言葉はとても珍しいものです。しかも、優秀なディーラーとして国際的な実績を積んだ方であるにもかかわらず…なのです。それはきっと、世界を俯瞰する眼力と、現実を直視する実力と勇気を持ち合わせているからこその、"潔さ"とも言えるのでしょう。その潔さに惚れ、信頼を寄せるなかで、この本を読み進めていくことになりました。

9・11テロ、誰かが知っていた?!

その内容は、これまでの金融史を紐ときながら綴られています。そしてその史実の中で巻き起こった大きな出来事ひとつひとつの裏に、岩本さんの指摘するライオンの影がちらついていることがわかってくるのです。

その出来事とは、ニクソンショック、プラザ合意など世界の経済環境を大きく変化させた金融政策・制度の改革、アジア通貨危機、ロシアのデフォルトとそれに続くLTCM破綻、9.11、サブプライムなどですが、いずれにもライオンの存在が見え隠れしているのだと考えずにはいられません。その最たる証拠が示された文章が以下に記されています。

基本的にスイスの金利は低いため、通常では低金利通貨を売って高金利通貨へ投資するキャリートレードの対象となるので、スイスは売られやすい。ところが、いったん経済的な非常事態が起これば、投資家はスイスを売って他の市場で資産を増やすことよりも、まずは資産の目減りを防ごうとする。そのため、安全なスイスへと資金が流れ込み、スイス買いが始まる。中南米危機、アジア通貨危機、ロシアのデフォルトとそれに続くLTCM破綻といった1990年代の金融市場を大きく揺るがすような事件の前には、いち早くスイスフランが動き出し、その後危機の状況が大きく伝えられるとともにスイス買いの動きも大きくなるのを目の当たりにしてきた。欧州に位置するため、通常はユーロと同じような動きをしていても、何らかの金融危機が近づいてくると、それを知っている誰かがスイス買いを始めるのだ。ニュースは伝わらなくとも、通貨スイスの動きを見ていれば、事前に「何かおかしい」ということだけは察知できるのだ。2001年の7月の夜、猛烈なスイス買いに何かおかしいと感じた所以はその辺にある。(中略)
9.11テロはウォール街の目と鼻の先に位置し世界を支配する米国金融界の象徴であったワールドトレードセンターを破壊した。文字通りドル帝国へのテロによる一撃であった。シマウマの私にはわからなくても、このマネーの世界では大惨事を事前に察知できる人たちがいるのかもしれない。惨事を察知していてもそれを防ぐことに力を注がず、自分の資産保全を第一に考える人々がいるのか。あるいは、惨事を材料にして一儲けしようとする人たちが存在するのか。うがった見方かもしれないし、自分の目で実在しているのか実際に確かめられたわけでもない。しかし、9.11のあの夜は肉食系投資家という見えない存在を恐ろしいほど肌で感じた夜であった。(「第一章 9.11テロー誰かが知っていた」より抜粋)

世の中には、陰謀説や妄想説を解説した書籍がいくつも存在します。私にはあまり性に合わないため、手に取ることは少ないのですが、本書はそれらとは一線を画す説得力のある書籍と言えます。さまざまな大事件、その背景について、仮説から始まるものの、具体的なチャートやグラフを用いて数字で示し、さらには各国要人や金融当局の公式発言を再現しつつ、つぶさに実証しながら、背後にいる肉食系動物・ライオンの存在を浮き彫りにしていきます。それらが積み重なっていくと、次第に「仮説」は「確証」へと近づいてくるのです。

岩本沙弓さん

2年前の時点で今のユーロ危機を予測

そんな説得力を持つ同書に、今後の為替動向に関して気になる指摘が記されているのでご紹介しましょう。

表示がドルでさえあれば決済がドルでできる、という点が基軸通貨国の米国にとっては死活問題なのだ。モノが米ドルで売れれば売れるほどドルが市場に流通し、その結果米国に資金が戻ってくるシステム。買う側が米国であろうとどこの国であろうと、モノでも値段がドル表示でさえあれば米国の国益にかなっていた。しかし、ユーロ発足以降は各国の米ドルからユーロへのシフトが進んだ結果、米国が変動相場制のもとで作りだしたこのシステムが上手く機能しなくなりつつある、というのが現状である。
あくまでも余談であるが、(中略)実際にそうやすやすと米国が基軸通貨国の立場を譲り渡すわけがないと思われる。何らかの秘策とともに、米国ドルが巻き戻しをかけるはずである。その仕掛けのタイミングとしては3~5年以内が一つの契機となると思われるのだが、ドルの巻き戻しではなく、全世界の通貨が通貨として価値を失うような、1970年以来続いた変動相場制が停止されて、あらたな通貨制度が導入される可能性もなきにしもあらずと思う次第である。(第六章 ペトロドルVSペトロユーロより抜粋)

改めて確認しておきますと、同書はちょうど2年前、2009年12月に執筆されています。そうした中、マーケット関係者ではない方でも、上記の文章を読んでハッとされたのではないでしょうか。

それはまるで、今、欧州で発生しているユーロ危機を2年前の段階で予期していたかのような記述…。もちろん、ユーロ危機のきっかけとなったのは、自国の財政債務悪化を放置し続けてきた南欧諸国を始めとする欧州各国の債務、財政赤字にあると言えます。とは言え、なぜユーロが誕生して10年が過ぎたこのタイミングで表面化してきたのか、どうして岩本さんは2年前の時点で今のユーロ危機を予測することができたのか。実際に伺いました。

「投資家の方ならご存知の通り、マーケットを分析し見通す際に用いられる手法は主に、(1)チャートを基にしたテクニカル分析、(2)経済の基礎的条件とされる各種経済指標などの情報や投資対象とする企業の財務諸表を利用するファンダメンタルズ分析、の2つです。私もこれらを用います。

まずはチャート分析です。チャートを見続け、それまでのトレンドや相関関係が大きく崩れるその瞬間を見逃さない、ということです。例えば、為替マーケットでも対ドルで円だけを見るのではなく、ユーロはもちろん、スイスフラン、ポンド、カナダドル、オーストラリアドル、ブラジルレアルなど、あらゆる通貨の動きを総体的に眺めて、それらが示す相関関係を把握しておくことが大切です。

相場の変換点では、その相関関係が一気に崩れてきます。その最初のプライスアクション(値動き)を見逃してはいけません。そして、その動きを確認したら、次は背景に何があるのか、金融当局から発表されている統計や情報ベンダーから発信されるニュースなどをチェックします。

さらに、私の場合、これらに加え3つ目の手法を加えます。それは、(3)ライオンの思惑や戦略の解析、です。このタイミングで、どんなライオンが何を目的に、どのように動いてくるのか…。さまざまな情報をリンクさせながら、頭の中でつなげて考えていくのです。相場を動かしてるのは人間です。当然のことながら、そこには思惑や目的が存在する。そのことを常に忘れずに頭に入れておくことで、自分たちがライオンの餌(えさ)にならずにすむのです」

ライオンたちが動き出す最初のプライスアクションをキャッチすることは可能

では、ライオンの餌になる前に、私たちが常に情報やニュースをチェックするなどして、先んじて動くことはできないのでしょうか。この点についても伺いました。

「私自身もライオンの実体はつかめていませんが、現代金融に大きな影響を及ぼす出来事、そこから派生するマーケットの値動きのバックには、必ずそれを知っていた誰かの影が存在します。それがどのような組織なのかはつかめませんが、必ず存在している。そして、そのライオンたちはライオンでしか知り得ない情報をタイミング良く入手しています。その情報を私たちがいち早くキャッチすることは不可能です。

ただ、ライオンたちが動き出す最初のプライスアクションをキャッチすることはできるはずです。その瞬間はライオンたちがマーケットに何かを仕掛ける、もしくは逃げ出すタイミングだったりします。そこを見逃さないことが肝心です。もちろん、日頃から基本的なニュースや情報を経済紙や経済情報サイトなどを通して得ておくことも大切です。

できれば、欧米のメディアからも入手することをお勧めします。なかでも英国版の『フィナンシャルタイムズ』は他と比べても中立的な立場で情報を伝えています。英字のニュースは、記事の見出しと最初の一文に主旨が込められていますから、英語が苦手な方でも最初のパラグラフを読んでおけば、内容をつかむことができるはずです。私を含めシマウマである皆さんには、ぜひ、強者・ライオンの論理で動くのが現代の金融経済なのだということを念頭において、シマウマとして生き残っていく知恵と方法を身につけていただけたらと思います」

同書を読み、岩本さんのお話を伺うなかで、元サッカー選手のこんなコメントを思い出しました。

「女子サッカーは男子サッカーと比べて見てて気持ちがいい。なぜなら反則や汚いプレーが一切ないから。日本だけでなく、相手国もフェアプレーが原則だ。そのなかで優勝した"なでしこジャパン"は真の勝者だ!」

おそらく、現代金融・マーケットというフィールドが、女子サッカーのような理想的な勝負の場になる日はなかなかやってこないことでしょう。ただし、シマウマはライオンには勝てなくとも、シマウマなりの"勝利の仕方"があるはずです。まずは、ライオンの餌食(えじき)にならないよう、常にサボらずに、自分たちひとりひとりが自己責任のもと、自分の身を守りながら着実に進んでいくこと。新たな年を迎えるにあたって、そんなふうに身を引き締めさせてくれる一冊に出会えたことに感謝しています。

あわせてこの連載を読んで下さっている読者の皆さまにも、多大な感謝の思いを抱きつつ今年最後の回を締めくくりたいと思います。どうぞ皆さま、2012年、新たなるよいお年をお迎えくださいませ。

『新・マネー敗戦』

はじめに
第一章 9・11テロー誰かが知っていた
第二章 サブプライム―グリーンスパンの役割
第三章 プラザ合意―借金棒引きのからくり
第四章 ペーパーマネーー貨幣とは何か
第五章 基軸通貨国の戦略―ブレトン・ウッズ体制からニクソン・ショックへ
第六章 ペトロドルVSペトロユーロー原油がドルを保証した
第七章 ドル帝国への資金還流―グローバル化の罠
第八章 ドル暴落後の世界―現物資産本位制復活のシナリオ
おわりに

執筆者プロフィール : 鈴木 ともみ(すずき ともみ)

経済キャスター、ファィナンシャルプランナー、DC(確定拠出年金)プランナー。 中央大学経済学部国際経済学科卒業後、ラジオNIKKEIに入社し、民間放送連盟賞受賞番組のディレクター、記者を担当。独立後はTV、ラジオへの出演、雑誌連載の他、各種経済セミナーのMC・コーディネーター等を務める。現在は株式市況番組のキャスター。その他、映画情報番組にて、数多くの監督やハリウッドスターへのインタビューも担当している。