「地球最後の秘境・深海はどんな世界? - しんかい6500パイロットに聞いてみた」はコチラ

明日最終回を迎える、連続ドラマW「海に降る」(WOWOW)。JAMSTECの全面協力を得て、有人潜水調査船「しんかい6500(以下、6K)」の女性パイロットがトラウマやピンチを乗り越えて深海に挑む過程を圧倒的リアリティで描く。山本剛義監督が頭を悩ませたのは実際の6Kが安全性を誇り、ピンチに遭遇しないことだった。そんな安全の塊ともいえる6Kをドラマの舞台とするための苦労とは、そして制作チームがドラマで伝えたいこととは?

仮に、仮に、仮に、の果てに

――ドラマ後半では6Kが大ピンチに陥るそうですが、想定しえない内容で困ったと、記者会見でJAMSTEC元パイロットの吉梅剛さんが言われてましたね

山本:ドラマでは、6Kでどうしても主人公の有村架純さんや、お父さん役の時任三郎さんがピンチに陥って、そこからどうやって脱出するかを描きます。でも実際の6Kでは、ピンチにならないように何重にもセーフティが張られています。だから、本当はピンチにはならないんです。

――本当はピンチにならないものを、どうしたんですか?

山本:「『たとえば』ピンチになったら」とか「『仮に』こうなったとしたら」と、そもそもありえない設定について、吉梅さんや6K運航チームの櫻井利明 司令に問いかけました。ありえないこと、そもそも起こらないことではあるのですが、「『仮に、仮に、仮に…』そうなったとしたら、こういう対処のしようがあるんじゃないですか?」と聞いて。なかなか難しい質問だったにも関わらず、お2人は「こういうことが起こり得るかもしれないです」と、台本でのやりとりを作って下さったんです。

はたして絶対の安全神話を誇る6Kに、どのようなピンチが襲い掛かるのか。ドラマ最終回で、それが描かれる。(画像提供:WOWOW)

――クライマックスシーンでは、本当の6K史上ではありえなかったピンチが訪れるわけですか?

山本:そうですね。6K運航チームの長である櫻井司令ですら、押したことがないエマージェンシーボタンがドラマでは押されることになります。「このボタンを押すとどうなりますか?」と聞くと「押したことがないけど理論上はこことこのつなぎ目が離れて、こうなります」と教えてもらいました。

ドラマの1シーンより。深雪(有村架純)は、6Kに乗り「深海の宇宙」を発見できるのか…筆者としては、後ろの酸素ボンベが、本当にあんな風にむき出しで搭載されているのか!?、といった点が非常に気になる (画像提供:WOWOW)

原作とドラマで変えた点 - 資源探査か、それとも有人調査か

――そのシーンはぜひ注目したいです。ドラマの原作となった小説「海に降る」もとても面白いのですが、ドラマは原作とかなり違うところもありますね

山本:今回、JAMSTECが100%、本当に全面的に協力して頂いたので、せっかくJAMSTECがそこまで協力して下さるなら、JAMSTECの中にドラマを作ろうと考えました。原作では有村架純さん演じる主人公・深雪のプライベートなところが丁寧に描かれていますが、プライベートな部分をあえてそぎ落としています。

――資源探査と有人探査という、まさしく今話題になっている現実的なテーマを取り上げていますね

山本:ドラマの浅野敦也プロデューサーが取材をする過程で、海洋資源探査が世間で騒がれているけれど、JAMSTECは資源を掘る機関ではなくて100年、200年後に結果が出るかもしれない研究もしている場所なんだ、そこにプライドがあるんだ、と伝わってきたそうです。もちろん資源探査につながる研究をすることもJAMSTECの重要な仕事の一部ではありますが、それだけではないところ、海洋資源と有人深海探査が共存したところにJAMSTECの存在意義があるんだというところをうまく描ければと思いました。

――取材をするうちにJAMSTECや深海の魅力に引き込まれていったわけですね?

山本:JAMSTECの方たちからは「JAMSTECが世の中に認知されて、海洋研究にみなさんが興味を持ってくれるなら何でもしますよ」と言っていただきました。本当に海の人って気持ちがいいんですよ。平朝彦 理事長とも話をさせてもらったのですけど、「理事長をやっているが、研究者魂も忘れてはいない」と。こういう研究者がトップにいるのは素敵だなと思いました。だから、ドラマで「深海の宇宙を見ました」イコール終わり、ではなくてJAMSTECという海を研究する機関がこの先もリアルにあることを、純粋に世の中に知ってほしいんです。

櫻井司令と最後にお話しさせてもらった時に10年、20年後に「昔、『海に降る』というドラマを見たことがきっかけでJAMSTECを受けに来ました」と就職の面接で話す子が絶対に来ると。そうなればいいなと思っています。

――ありえるかもしれませんね!

山本:実はドラマでちょっと照れくさいセリフもいっぱいあるんです。「深海の宇宙がある」もそうですよね。だけど実際に研究者や運航チームの方の話を聞いていると、照れくさいとかそういうことじゃなくて、本当に純粋に深海の研究をしていたり、研究者たちを安全に深海に送り届けるのが自分たちの仕事だということに、何のよどみもないんです。

――そんな彼らをもっと知ってほしいと。あえて深海と宇宙を結びつけたのはなぜですか?

山本:浅野がJAMSTECの研究者である高井研さんを取材した時、一番感動した点なんです。地球の深海底の過酷な環境には生物がいますが、土星の衛星(エンセラダス)の氷の下には海があるんじゃないかと言われています。地球の深海で生物が生き延びられるなら、土星の衛星に生命がいてもおかしくない。深海生物の研究と宇宙で生命が存在しえるかという研究がリンクしている。それを聞いた浅野が「じゃあ、深海と宇宙はつながっているんですね!」と目をらんらんと輝かせた(笑)。ドラマでは高井研さんにもJAXAの川口淳一郎教授にも出演して頂いていますよ。

見てくれた人の心に、爪痕を残したい

――今(取材時は9月の初頭)は編集段階ですよね? どんな気持ちで編集作業をなさっていますか?

山本:せっかくWOWOWで連続ドラマをやらせてもらえる、JAMSTECも全面協力してくれる、有村架純ちゃんが主演してくれる。だからこそ、何か爪痕を残したいです。

単純にお父さんが亡くなって犯人は誰だ、というストーリーではないし、朝ドラのような主人公の成長劇でもない。深海をベースにした海洋ロマン。地上波のドラマではなかなかできないと思うんです。WOWOWだからやらせてもらえる。だからこそ、作品を作っている人間として、爪痕を残したいと思っています。つまり、見る人の心に何かひっかかるものを作りたい。

――WOWOWだからやらせてもらえるというのは、具体的にどういうことですか?

山本:WOWOWに加入している視聴者の方々は、30代から50代の男性が圧倒的に多いんです。つまり、見て下さる方と自分が同じ年代で、自分が面白いと思っているものを、どんと突きつけられる。地上波の民放局で今ドラマを見ている視聴者の方は女性が中心です。僕たち40代の男性が、女性に向けてドラマを作らないといけない。僕は「夜行観覧車」(TBS)などのドラマを作ってきましたし、これからも作りますが、いいものを作ろうという気持ちと、テレビを見ている視聴者が必要としているものや視聴率に向かって作らないといけないという現実が、必ずしもリンクしなかったりなど、苦労があるんです。

――なるほど。WOWOWでは硬派なドラマをどんとぶつけていけるわけですね

山本:そうですね。政治的なことも織り交ぜながら。たとえば、ただ研究したいから国に予算が欲しいといっても純粋なだけじゃうまくいかない。ドラマでJAMSTECの石堂理事長が「お前たち忘れるな、研究はすべて国の税金で賄われているんだ」というセリフがあります。そういう、ぐうの音の出ない感じも描いてますね。

――現実もしっかり台本に反映されている?

山本:高峰という地質学研究者が「すぐに結果を出せ」と言われて「すぐとはいかほどのものですか」と。「地球誕生の歴史を一年としたら、千年や二千年だってほんの一瞬でしょう」と問い返すシーンがあります。税金を出す方はすぐ結果を出せというけれど、研究しているほうは200年後に結果が出るかもしれないことを今やることに意味があるわけです。

地質学研究者の高峰浩二を演じる井上芳雄さん(左)と山本監督。撮影現場で。(画像提供:WOWOW)

――研究は積み重ねですからね。ところで私は次世代の有人潜水調査船「しんかい12000」の実現を願っている1人ですが、ドラマでもとりあげられていますね?

山本:櫻井司令や運航チームの人たちに話を聞くと、やはり水深12000mに行ってみたいと熱く語られていたのが印象的です。ただ莫大な予算がかかる。この作品の中でも有人潜水調査船である必要があるのかないのか、答えが出ない。ドラマ制作にあたっては、無人機の方たちにも取材させて頂いているんですよ。「なんか今回、悪者みたいに描いてすみません」と言ったら、「いや、いいです、いいです」と。彼らも答えは出ないと仰ってました。人間が肉眼で見る必要があるのかないのか。

見えるか見えないという点では、カメラのほうが鮮明に見える。研究者は実際に現象を見るのが第一歩と仰るけれど、それすらカメラを通してみればいい。でも答えが出るものがすべてじゃない。アポロ計画で初めて月に行く人間に「月に行く必要があるの?」と問いかけるのと同じで、人類が月に行くことのもっと大きな素晴らしさがあると思う。

有人深海探査よりも無人の海洋資源探査を推進しようとする理事長に詰め寄る場面も。(画像提供:WOWOW)

――監督も実際に「しんかい6500」に乗ってみて、息苦しさや、それを忘れさせる神々しさを体感されたわけですよね

山本:そうですね。やはり人が乗っていくことに意味はあるんだと。ただ、それに何百億もの税金をかけて新たに作る必要があるのかということだと思います。答えはないですが、個人的には「しんかい12000」はぜひ実現してほしいです。ただしもっと快適な空間でね(笑)。

(次回より、JAMSTEC海洋工学センターの磯崎芳男センター長による「しんかい12000」のインタビューをお送りします。掲載は11月下旬予定です)