その道を極めた研究者ならば、きっと愛してやまないお気に入りのものがあるはず――。本連載ではさまざまな分野で活躍されている研究者の方々に、ご自身の研究にまつわる"好きなもの"を3つ、理由とともにあげていただいています。

今回は、海に棲息している「クマムシ」について系統分類学的研究を行っている藤本心太さんに、お気に入りの海産クマムシについて紹介していただきます。

研究者プロフィール

藤本心太 (Shinta FUJIMOTO)
1987年生まれ。京都大学理学部卒、2016年3月京都大学大学院理学研究科より学位取得。2016年4月より東北大学大学院生命科学研究科附属浅虫海洋生物学教育研究センター助教(研究特任)。海に棲息する微小な底生動物(メイオベントス)の主に海産クマムシ類の系統分類学的研究を行っている。好きな動物:胴甲動物、顎口動物。

1. パラドックマムシ(仮称、Paradoxipus orzeliscoides Kristensen & Higgins, 1989)

世間を賑わせる最強生物(?)陸産クマムシ類(ヨコヅナクマムシやオニクマムシなど)は、概ねつるんとしたフォルムに脚先から爪が生えた大人しい外見である。これに対して海に棲息するクマムシ類は、最強ではないかもしれないけれど、奔放な形で我々を楽しませてくれる。

そのなかでもパラドックマムシ(仮称、Paradoxipus orzeliscoides Kristensen & Higgins, 1989)は肢先に足指と爪と吸盤を持ち、お尻から洒落た形の皮ものびており、海産クマムシ類でしか見られない形を盛り合わせたようなクマムシ。記載論文のスケッチも素敵。海産クマムシ類は現在200種ほどが知られているが、研究はあまり進んでいないので、これからもっと不思議な形の種が見つかる可能性は高い。

パラドックマムシのスケッチ (出典:Kristensen, R.M. & Higgins (1989) Transactions of the American Microscopical Society 108, 262–282)

2. シンカイクマムシ属(Coronarctus Renaud-Mornant, 1974)

海に棲息するクマムシ類は主に砂泥の間隙に棲息している。そのためクマムシ類をみつけるために、まず砂泥から砂粒よりも軽いものを大雑把に分離し、これを顕微鏡下で観察し、クマムシ類を探すことになる。このとき、海産クマムシ類の中でもひときわ大きく細長いシンカイクマムシ属の存在感は圧倒的である。

名前のとおり、深海からの報告がほとんどのクマムシの仲間。感覚器官や爪が他のグループでは見られない不思議な形をしており、その意味するところは何なのか、とても気になる。

シンカイクマムシ属の光学顕微鏡写真(赤く染色している)

3. アヤトリチカクマムシ(仮称、Stygarctus ayatori Fujimoto, 2014)

背側が板状になっている固そうなクマムシ。しかしここで紹介する理由はその外見ではない。海産クマムシ類には基本的にオスとメスがいるのだが、多く種のメスで「貯精嚢」と呼ばれるオスから受け取った精子をためる器官が知られている。外見と同じように、この器官もいろいろな形のものが知られており、特にここで紹介するアヤトリチカクマムシ(仮称、Stygarctus ayatori Fujimoto, 2014)の貯精嚢は、言葉では表現しにくい複雑な形をしている。これに入る精子は大変そうである。精子は特殊な形をしているのだろうか。ちなみにオス側の精子を出す生殖孔は、特に変わった形をしているわけではない。またどのように精子の受け渡しが行われているのかもよくわかっていない。海産クマムシ類はまだまだわからないことだらけである。

アヤトリチカクマムシ(体長0.1mm強)の走査型顕微鏡写真(左)とメスの貯精嚢(sr)とその周辺のスケッチ(右) (出典:Fujimoto, S. (2014) Zootaxa 3784 (2), 187-195)