(c)Red Bull Content Pool

皆さんはエアレースをご存知だろうか。2015年から「レッドブル・エアレース」が千葉市で開催されていることで初めて知ったという方、また日本人の室屋義秀選手が2016年の千葉大会で初優勝したことで知ったという方も多いのではないだろうか。

かく言う筆者も、実はエアレースを見たことがなかった。筆者は学生時代から鳥人間コンテストに出場、現在もパラグライダーを趣味としており、世間一般の感覚よりはずっとスカイスポーツに親しんできているが、それでもエアレースは縁遠かったのである。

2016年の千葉大会に続き2度目の優勝を決めた室屋義秀選手 (c)大貫剛

しかし今年4月15日・16日に開催されたレッドブル・エアレース サンディエゴ大会を取材する機会を得て、エアレースへの見方は大きく変わってしまった。これほど面白いスポーツだとは知らなかったのだ。それは、このサンディエゴ大会で室屋義秀選手が2回目の優勝を果たす瞬間に立ち会えたという興奮もあるが、それと同じくらい、エアレースというものの面白さを知ることができたという理由が大きい。

そこで本記事を含め3回に分けて、エアレース初心者の筆者が見た「エアレースとは何か」を、エアレースを知らない方々のために解説していくこととしたい。なおサンディエゴ大会の模様は5月1日20:00からNHK BS1で放送されるため、本記事を読んだら是非テレビで実際の迫力あるレースを見て頂きたい。

空を駆けるスポーツ、エアレース

時計メーカー「ハミルトン」のマークが描かれた白黒のゲートを通過した瞬間から計測が始まる (c)大貫剛

ジグザグに配置されたパイロンを左右に90度近く、瞬時に回転させながら時速300kmで通過する (c)大貫剛

コース途中には宙返りもあり、ダイナミックな急上昇から急降下も勝負ポイントだ (c)大貫剛

エアレースとは一言で言えば、自動車レースの飛行機版だ。飛行機を速く飛ばすことを競うこと、それ自体がスポーツであり、技術であり、またショービジネスでもある。

このエアレースの世界大会のひとつが、レッドブル・エアレースだ。2003年に飲料メーカー「レッドブル」の企画で始まったこのエアレースの特徴は、搭乗する飛行機の機種が限定されていることと、「エアパイロン」と呼ばれる巨大な塔状の風船を使用することだ。パイロットは規定の範囲内で飛行機を改良し、エアパイロンを正確に通過してコースを飛行する時間を競う。

レッドブル・エアレースは世界8カ所で開催される大会に14人の選手が参戦、年間の総合成績でチャンピオンを決定する、エアレースの最高峰のひとつだ。1回目の本記事では、レッドブル・エアレースではどのように競技が行われるか、基本から解説しよう。

最後まで目を離せない「パイロンヒット」

パイロンヒット! スモークからもわかるように、激しくターンしてきた機体で正確にゲートを通過するのは神業。1回のヒットで3秒、2回でさらに3秒加算され、3回で失格となる。黄色の線の間の高さを通らなければ2秒加算だ (c)大貫剛

タイムに加えてもうひとつ、勝敗を左右するのが「パイロンを正しく通過すること」だ。パイロンにはそれぞれ通過する際の高度、姿勢(左右の傾き)が決められており、指定の範囲で通過しないとタイムにペナルティが加算される。高度はパイロンの上下にある黄色のラインの間に、パイロットのヘルメットが収まっていることが条件だ。飛行機のどの部分が収まっているかではなくヘルメットというのが面白いが、確かに位置を特定しやすいし、パイロット自身の実感にも近いのだろう。

そして、飛行機がパイロンに接触する「パイロンヒット」もペナルティ対象となる。これらのペナルティがあるため、たとえライバルをリードして飛行していても最後の最後で大逆転ということがあり得る。今回のサンディエゴ大会の決勝戦でも、室屋機をわずかにリードしていた前年度チャンピオンのドルダラー機が、最後のパイロンをヒットしてペナルティを受けたことが勝敗を分けた。最後の最後まで目が離せない、うまいルール設定だ。

14名の選手全員のタイムを測定する「予選」でスタート

コース全景。右下から進入した機体がコースを左回りに1周し、最後のパイロンで宙返りを開始したところ (c)Red Bull Content Pool

コースの見取り図。写真とは180度向きが違うので注意 (c)Red Bull Content Pool

競技は14名の「マスタークラス」選手により行われ、年間8回の大会の合計ポイントで年間チャンピオンを決定する。14名に選出されるにはエアロバティックや他のエアレースで成績を残すことが必要だ。

レースは2日間にわたって開催されるが、1日目はチャレンジャークラスの競技「チャレンジャーカップ」と、マスタークラスの予選だ。これらはタイムトライアルで、1機ずつが飛行してタイムを競う(もちろんペナルティ込みで)。これによりチャレンジャーカップは順位が決定される。

マスタークラスの14人は、予選とは言ってもここで脱落者が出るのではなく、2日目の本戦には全員が進出する。実は予選でタイムが遅くても本戦で不利になるわけではない。ここからがレッドブル・エアレースの駆け引きの始まりだ。

本戦開始、「一騎打ち」の駆け引き

「ラウンド・オブ・14」の組み合わせは予選の10位と5位、11と4位といった具合に決定される。7組の一騎打ち(ヒート)の勝者と、敗者の中で最速だった者が「ラウンド・オブ・8」に進み、タイム順に4つのヒートに割り当てられる。それらの勝者4名は「ラウンド・オブ・8」の飛行順で「ファイナル4」で飛行する (左の図はRedbull Airraceプレスリリースを元に、右の図はredbullairrace.comを元にそれぞれ筆者が加工したもの)

本戦はまず、トーナメント形式で開始される。第1戦は「ラウンド・オブ・14」と呼ばれ、14人の選手が7組に分かれて一騎打ちの勝ち抜き対決をする。この組み合わせは予選のタイム順で決定されるので、有力選手同士がいきなり激突してしまうこともあり得る。

「ラウンド・オブ・14」で勝ち残った7名の選手に加え「最速の敗者」、つまり負けた7名のうち最も速かった者が復活して次の「ラウンド・オブ・8」に進出する。この時点で9位から14位は脱落し、タイムによって順位が決まる。

「ラウンド・オブ・8」も1対1の勝ち抜き戦で、勝利した4名が次の「ファイナル4」に進出し、敗退した4名はタイム順により5位から8位に確定する。

空のデッドヒートは拡張現実で迫力倍増

スクリーンに映し出される、拡張現実(AR)の疑似デッドヒート。上の日の丸が先に飛んだ室屋機の「ゴーストプレーン」で下のドルダラー機とほぼ同タイムであることがわかる(写真はファイナル4の際の映像) (c)大貫剛

エアレースに限らず、スカイスポーツ全般の難点のひとつに「現在の勝敗が分かりにくい」ということが挙げられると思う。エアレースの場合は自動車レースと異なり全機が一斉に飛ぶわけではないので、抜きつ抜かれつのデッドヒートが見えないのだ。この点について、レッドブル・エアレースはよく考えられている。AR(拡張現実)による、先行フライトとの重ね合わせだ。

「ラウンド・オブ・14」「ラウンド・オブ・8」は一騎打ちのため、後で飛ぶ選手が先に飛んだ選手より速いか遅いかで勝負が決まる。そこで会場の大型スクリーン(もちろんネットの動画中継も)では、現在飛行中の機体に重ねて、先に飛行した選手の機体「ゴーストプレーン」が正確に表示され、あたかも一緒に飛行してデッドヒートを繰り広げているように見えるのだ。これはネット中継やテレビ放送でも楽しむことができるだろう。

ただ、会場で見ている場合は目の前の飛行と大型スクリーンを交互に見ることになってしまう。もちろん実況アナウンサーの弾丸トークによりある程度はカバーされるのだが、将来はヘッドマウントディスプレイ(HMD)によりフライトを直接見ながらAR表示も楽しめたら素晴らしいのでは、とも思った。

決勝戦は4機でタイムレース、優勝を決定

優勝が決まった瞬間、雄叫びを上げる室屋選手。2位のドルダラー選手との差はわずか0.12秒(プラス、3秒のペナルティがあったが)。わずかなミスも許されない戦いだった (c)Red Bull Content Pool

そして決勝戦となる「ファイナル4」は、勝ち残った4人の選手が順に飛行し、最短のタイムでゴールした選手が優勝となる。今回は室屋選手の飛行順が1番だったため、他の3人の選手は室屋選手のタイムを破ることが優勝の条件だ。会場のスクリーンでは、3人の選手が飛行するたびに室屋選手の飛行の軌跡がAR表示され、手に汗握る競技が展開されたが、ついに室屋選手を抜く記録は出ず優勝が確定した。

エアレースの手に汗握る展開をご理解頂けただろうか。次回はエアレースに参加する飛行機について解説しよう。