メキシコで死者を100人以上、罹患者を1,400人以上出した豚インフルエンザ swine fluは、米国やカナダでも感染者を出し、情報が少ないこともあって、世界中の人びとを恐怖に陥れている。なにしろ、その存在が判明してから死者が出るまでの期間が短すぎる。WHO(World Health Organaization: 世界保健機関)もどのレベルのアラートを出すべきなのか、意見が割れている状態だという。

米国ではすでにニューヨークの8件を含む20件の感染例(いずれも軽症だという)が報告されており、メディアによる取り上げ方も大きい。だが、パンデミック(pandemic)発生時で最も恐ろしい現象のひとつは、風説による社会の混乱だ。米国市民を混乱させまいと、国土安全保障長官 Homeland Security Secretaryが発したひとことが、本日のQUOTATIONである。

It's like declaring one for a hurricane. It means we can release funds and take other measures. The hurricane may not actually hit.

-- Janet Napolitano

これはある現象をハリケーンと宣言するようなものです。それはつまり、我々は資金を拠出することもできるし、ほかの手段を取ることもできるということです。このハリケーンは、もしかしたら、実際には襲ってこないかもしれないのです

オリジナルはこちら → U.S. Declares Public Health Emergency Over Swine Flu

Napolitano長官は今回の豚インフルエンザ流行を受けて、非常事態宣言(emergency declaration)を出した。だがこの宣言は単なる"お約束"のようなもので、もしかしたらこれ以上、被害が拡大せずに済む可能性だって十分にあるのだから皆さん落ち着きましょう、と呼びかけている。国の保健行政を預かる責任者としてはごくまっとうなコメントだ。

もっとも記事によれば、兵士が市民にマスクを配布しているメキシコシティとは違い、大部分のニューヨーカーはそれほど緊迫している様子もなく、日常を過ごしているそうだ。

話し言葉の冗長性 - 的を外さず、1つの内容をより詳しく

日本語でも英語でも、ライティングでは冗長性や重複は嫌われるとされており、実際、その通りではある。だが少なくとも話し言葉としての英語はかなり冗長である。冗長という表現が悪ければ、情報量が多いと言ってもいい。1つのことを説明するのに、2つ、3つの文を追加するのは当たり前である。たとえば第5回で出てきた解雇された女性の声などはその典型だ。最初の一文だけで十分なのでは…と思いがちだが、それでは彼女の辛さを表現するにはやや足りない。とくに日本人は「ひとことですべてを表現する」ような言い回しが好きなので、つい英語もそうなりがちだが、こと話し言葉に関しては、しつこいかな? くらいの冗長さでちょうどよい気がする。

今回のNapolitano長官の発言も、最初の一文「今回の非常事態宣言は、ハリケーン宣言と同じようなもの」だけでは、説得力にやや欠ける。「ハリケーン宣言と同じだ」→「だからいろいろ今から対策を打てる」→「もしかしたら被害は免れるかも」とたたみかけ、聞き手の心に訴えようとしているところに注目してほしい。

助動詞の使い分け - may < will

助動詞の使い分けは日本人にとって本当に悩ましいが、それぞれがあらわす「確からしさ」のランク付けができると理解しやすくなる。

今回の3つ目の文に出てくるmay(not)は、たとえばwillに比べると、コトが起こる可能性が低くなる。さすがにすでに感染者を出している以上、Napolitano長官も、The hurricane will not actually hit.(このハリケーンが襲来するなんてあるわけない)とまでは言い切れなかったようで、mayを使った抑えた表現に止めているのだ。

第4回ではwillで意志の強さを表明したオバマ大統領のフレーズが出てきたが、ここでmayを使うことなんて考えられないことは……説明するまでもないですよね。

主語を選ぶコロケーション - release funds

Fundには名詞の「資金」のほかに、他動詞の「資金を出す」という意味もあるので、わざわざwe can release fundsなどと言わなくてもよさそうだが、releaseには「コト・モノをpublicにする」という意味が含まれる。つまり「"公的"に資金を拠出する」ということがより強調されている。公的資金を拠出するのは誰にでもできることではないが、Napolitano長官は政府の一員であるから、主語が「we = 我々=政府」であっても何の問題もない。