筆者が出版社に勤めていた頃、ある編集長は言った。「ひとつのネタは3回しゃぶれ。味わいつくせ」と。どういう意味かというと、たとえば新製品が出る場合、「発売前の予測記事」「発売の告知記事」「発売後の詳細記事」の3本書けるということらしい。言われてみれば、当時、広告営業担当だった筆者も同じことをしていた。「発売予告広告」「発売広告」「発売後プッシュ広告」と、3回のビジネスチャンスがあったのだ。
旅もこれと同じで、ひとつの旅は3回しゃぶ……いや、楽しめると思う。旅を「計画する」「実行する」「記録する」の3回だ。旅そのものは楽しい。加えて、「旅の計画」「旅の記録」も楽しみたい。最近は鉄道をテーマとしたパックツアーも多いけど、そこには「計画する」楽しみがないように思う。まして、旅から帰って「何もしない」なんてもったいない。1回の旅費で3倍楽しまなくちゃ!
鉄道旅行の「計画」を楽しむには、時刻表の読み方を知るのが効果的だ。いまはウェブの乗換ガイドサービスも充実していて、時刻表がなくてもなんとかなる。時刻表が読めなくて鉄道旅行を敬遠するくらいなら、時刻表なしでも出かけてほしいと思う。ただ、時刻表を使いこなせると、「旅の計画」をもっと楽しめる。時刻表にはパズルのような面白さがある。
大型の時刻表を買おう!
本屋に行くと、大型・小型問わずさまざま時刻表が並んでいる。鉄道旅行の計画に使うなら、筆者としては大型(B5サイズ)がオススメ。情報量が最も多いからだ。JRの路線は全駅掲載だし、私鉄の駅も多数掲載されている。小型の時刻表だと、鉄道に連絡するバスや観光船などの情報がなかったり、JRの路線でもローカル線などは主要駅のみ掲載され、小駅が省略されたりする場合がある。
現在、大型の時刻表は2社から販売されている。旅行代理店系列の『JTB時刻表』と、交通新聞社の『JR時刻表』だ。どちらがいいかと聞かれれば、どっちもいい(笑)。情報源は鉄道各社局から同じデータが渡されるから、ダイヤなどのデータは一緒。あとは編集方針や見せ方などに個性が現れる。カラー口絵の特集記事や連載が違うし、お得なきっぷ情報の掲載位置なども違う。本文(白いページ)の路線の掲載順序も異なる。でも、大した違いではない。
『JR時刻表』は、時刻表の部分が2色刷りで、特急が赤色で表示されている。特急を乗り継ぐなら便利かもしれない。JRのみどりの窓口で採用されている時刻表なので、使い慣れておくと、駅で列車の時刻を調べたいときや、指定券を買うときに確認しやすいだろう。
一方、『JTB時刻表』は1色刷りだけど、乗りたい列車に色ペンでマークを付ける人にはかえって都合がいい。最近は新幹線や在来線特急列車の車両形式が明記されており、ここは鉄道ファンとして見逃せない。筆者の場合、どちらの時刻表にも慣れてしまったから、とくにこだわりはなく、カラー口絵や表紙の写真で決めることもある。毎月買っているわけでもないが、ダイヤ改正の時期に発売される時刻表は両方とも買って読み比べる。新線の開業や、春夏秋冬の臨時列車が初掲載される号に関しては、買ったり買わなかったり……。しいて言うなら、旅の予定を立てるときは、『JR時刻表』を選ぶ傾向がある。お得なきっぷが巻頭のピンクのページにまとめられ、便利だからだ。
JRの列車に関する情報の省略がないという点では、不定期刊のJTB発行『小さな時刻表』もオススメ。B5版の『JTB時刻表』の縮刷版で、鉄道に関する情報量はほぼ同じ。カラー口絵のお楽しみページや、巻末の旅館案内などがないものの、持ち運びには最適だ。旅に出ないときもバッグの中に入れて、空いた時間の退屈しのぎに眺めている。もっとも、『小さな時刻表』は文字が小さいので、長時間の「読書」には疲れやすいかも。筆者は旅の計画に『JR時刻表』、バッグの中に『小さな時刻表』というパターンで落ち着きつつある。
ひとつの列車をたどってみよう
時刻表を読む練習として、1本の列車の行程をたどってみるといい。まずは東海道・山陽新幹線「のぞみ」東京発博多行だ。時刻表の青いページを開く。この色は、『JTB時刻表』『JR時刻表』ともにJRの新幹線と在来線特急列車のページだ。
さて、何時発の「のぞみ」に乗りたいだろうか? とりあえず、「東海道・山陽新幹線」「下り」「その1」というページを開いてみよう。ずらりと数字が並んでいて、めまいがしそうだ。でも落ち着いて見てみよう。
時刻表は横軸が駅、縦軸が列車を示している。見開きの左端に駅の一覧が並んでいるので、「東京発」の列を右へたどっていこう。「600」「606」「616」……、と数字が並んでいる。これが各列車の発車時刻。「600」とあれば、朝6時0分のことだ。「600」の下は「607」になっていて、左側の駅名を見ると「品川発」となっている。つまりこの列車は、東京駅を6時ちょうどに発車し、6時7分に品川駅を発車するわけだ。
さらにこの列車を下へたどっていくと、「新大阪着」が「825」、「新大阪発」が「827」となっていて、「博多着」は「1056」だ。東京駅から博多駅まで4時間56分かかっている。この列車の上のほう、「列車名」を見ると、「のぞみ1号」と表示されている。
朝6時の出発では早すぎる? それなら9時くらいではどうだろう。見開きを右へ右へ……、ページをめくって、さらに右。あった! 「東京発」が「900」(9時0分)の「のぞみ215号」だ。この列車を下にたどってみると……あれ、「新大阪着」から下に時刻がない。この列車は新大阪駅止まり。それより先へ行きたいなら、さらに右を見て、「東京発」「910」の「のぞみ19号」がいいだろう。この列車についても、時刻を下へ追ってみよう。
品川駅と新横浜駅に停車した後は「レ」が続く。これは通過のマークで、この列車は名古屋駅までノンストップだ。さらに下を見ていくと、「新神戸発」が「1159」。正午前だから、このあたりで昼ごはんだ。東京駅か車内販売で駅弁を買っておかなくちゃ! こんな風に想像するうちに、旅の計画が楽しくなってくるはずだ。
ちなみに、列車名の下にある「◆」マークは臨時列車を示す。このマークが入った列車は運転されない日があるから要注意だ。『JR時刻表』の場合、列車名の下に「入線時刻」も記されていて、乗りたい列車が東京駅のホームにいつ頃到着するかがわかる。車両基地から回送されてきた列車は、入線後すぐに乗れることが多い。到着列車が折り返す場合は、車内清掃などで数分間待たされる。とくに自由席を利用する人は、並ぶときの参考にするといいかもしれない。丸数字は東京駅のホーム(のりば)の番号だ。
長距離列車を追いかけよう
「のぞみ」をはじめ、新幹線の時刻は青いページで確認できる。在来線特急列車の時刻も青いページに収められているけれど、長距離列車を複数のページにわたって追っていくのも面白い。次はロングラン列車をたどってみよう。大阪発札幌行の寝台特急「トワイライトエクスプレス」だ。在来線は時刻表によって表記が微妙に異なる場合もあるから、ここでは『JR時刻表』をもとに紹介する。もちろん『JTB時刻表』も要領は同じだ。
いきなり「大阪発」と言われても、どのページを開けばいいかわからない。そこで便利なのが、巻頭の路線地図だ。ページをめくって大阪駅を見つけたら、京都方面へ向かう線に注目。赤い線は新幹線。黒い線は在来線の東海道本線だ。青くて細い線は私鉄やバス。「トワイライトエクスプレス」は在来線を走るので、黒い線を見るといい。線のそばに赤い数字が書いてあるはずだ。この数字は、該当する路線の時刻が掲載されたページを示す。数字に矢印がついていれば、方向別にページが分けられているという意味だ。
それでは、赤い数字で示されたページを開こう。そこは「山陽本線・東海道本線」のページで、真ん中辺りに大阪駅がある。先ほどと同様、ページを右へ右へたどり、ページをめくるのだが……あれ、ないな、そんなはずは……。
ちょっと待った! 始発列車のページに戻って欄外を見ると、「大阪-山科間は湖西線○○○ページもご覧ください」とある。湖西線経由で北陸方面へ向かう列車のうち、東海道本線の主要駅(大阪駅・新大阪駅・京都駅など)に停まらない列車に関しては、山陽本線・東海道本線のページから省略され、湖西線・北陸本線のページに掲載されているようだ。時刻表を見るときは欄外も要注意というわけだ。なお、『JTB時刻表』では大阪付近にページを表示せず、山科駅から東側の湖西線と東海道本線(琵琶湖線)にページを記載している。両社の時刻表はこんな感じで差があるというわけだ。
時刻表の湖西線・北陸本線のページを開くと、あったあった! 「トワイライトエクスプレス」は、「大阪発」が「1150」になっている。新大阪駅にも停まるから、先ほど調べた「のぞみ215号」「のぞみ19号」からも乗換え可能だ。
「トワイライトエクスプレス」は京都駅に停車した後、敦賀駅までノンストップとなる。「レ」のほかにタテの二重線もあり、これは「経由しない」という意味。途中で方向が別れる路線を同じページに掲載するときに使われる記号だ。
「トワイライトエクスプレス」はその後、福井駅、金沢駅、高岡駅に停車し、「富山着」は「1630」。ここでこのページの一番下に来てしまった。富山駅の到着時刻の下に、「終着」という欄があり「札幌 952」と記されている。その下には、「次の掲載ページ」という欄があり、数字が書かれている。
その数字のページを開くと、「トワイライトエクスプレス」の次の区間を追うことができるので、早速開いてみよう。北陸本線の富山以東の列車が記されたページだ。「トワイライトエクスプレス」は見つかったかな? ではまた下へ。今度は途中で時刻が消えて、また「次の掲載ページ」という表記が現れる。
こうして、「次の掲載ページ」の指示に従いながら時刻を追うことで、終点の札幌駅まで、「トワイライトエクスプレス」の全行程を追える。この列車には食堂車があり、ランチタイムも営業しているので、「琵琶湖を眺めながら昼ごはんでも食べようか」なんて想像もできる。列車名にもなった"トワイライト"(日没後)な時間帯は北陸本線か信越本線を走行中で、日本海越しの夕日を眺められるだろう。そして翌朝、目覚める頃には北海道に上陸している。そんな風にイメージを膨らませたら、まるで旅を疑似体験しているような感覚になるはず。これが「時刻表を読む楽しみ」だ。
次回は実践編。時刻表で旅の計画を作るときのヒントと注意点を紹介しよう。