2015年7月14日、米国の探査機「ニュー・ホライズンズ」が、約9年にもおよぶ旅路の末、「冥王星」をフライバイ(接近通過)した。冥王星は太陽系最果てにある天体の1つで、その遠さと小ささから、発見以来、詳細な姿は謎に包まれていた。
はたしてニュー・ホライズンズは、そこで何を見て、そして何がわかったのだろうか。
今回はニュー・ホライズンズの長きにわたる旅路を振り返ってみたい。
史上2番目に速い探査機
冥王星が準惑星に降格される約7カ月前の2006年1月19日、アメリカ合衆国フロリダ州にあるケイプ・カナヴェラル空軍ステーションに、1機のロケットが鎮座していた。そのロケットの先端には、太陽系第9番惑星である冥王星と、その衛星たちの謎を解明するために開発された、探査機「ニュー・ホライズンズ」が収められていた。
白いガスを噴き出しながら打ち上げを待つ機体の下部には、5基の白いロケット・ブースターが装着されていた。このロケット自体は、何度も打ち上げられた実績があったが、ブースターを5基も装着した打ち上げはこれが初めてのことだった。さらにロケットと探査機の間には、通常の打ち上げでは使用されない第3段ロケットが組み込まれていた。それもこれも、すべてははるか遠くの冥王星に向けて、探査機を勢いよく送り出すために必要な装備だった。
米東部標準時2006年1月19日14時00分(日本時間2006年1月20日4時00分)、巨大な炎と煙を吐き出しながら、ロケットは青空に向けて舞い上がった。そして大空を駆け抜け、打ち上げから47分32秒後にニュー・ホライズンズを分離した。
この時点でロケットとニュー・ホライズンズは秒速16.5kmという非常に速いスピードで飛んでいた。これは地球から打ち上げられた人工物の中で2番目に速いスピードだ。ちなみに1位は「ヴォイジャー1」で、現在秒速約17.145kmで飛んでいる。ただ、ヴォイジャー1はロケットから分離された時点ではニュー・ホライズンズよりも遅く、その後木星や土星の重力を使って加速したことでスピードを稼いだ。つまり地球から打ち上げられた直後に限れば、ニュー・ホライズンズが史上最速ということになる。
打ち上げられたニュー・ホライズンズは、一路冥王星に向けて飛び始めた。9年間にも及ぶ、孤独な航海の始まりだった。
ニュー・ホライズンズ
ここで、ニュー・ホライズンズがどんな探査機なのかを見てみよう。
機体は平べったい三角柱の形をしており、その形や大きさから、よくグランド・ピアノに似ていると例えられる。グランド・ピアノほどの小ささのものが、宇宙を9年間も旅して冥王星に行く姿を想像すると、少し頼りなく思われてしまうかもしれない。質量も465kgと、探査機としては軽い部類に入る。
その上面には地球との通信に使うための、直径2.1mの大きなパラボラ・アンテナが装備されている。また、側面からは黒い筒状の部品が飛び出ている。ここにはプルトニウム238という放射性物質が搭載されており、プルトニウム238が崩壊するときに出る熱を利用し、探査機を動かすのに必要な電気を作っている。
探査機には大きく7つの観測機器が搭載されている。
- 「ラルフ(Ralph)」: 可視光と赤外線で撮影するカメラ。色の情報や地表の構成物、熱の分布などを調べる。
- 「アリス(Alice)」: 紫外線カメラ。冥王星の大気の構成や構造を調べ、またカロンやカイパー・ベルト天体に大気があるかを調べる。
- 「レックス(REX)」: パラボラ・アンテナ部分に取り付けられた放射計で、大気の構成や温度を調べる。
- 「ロリ(LORRI)」: 望遠鏡のようなカメラで、高い解像度の地表データを撮影する。
- 「スワップ(SWAP)」: 冥王星のまわりの太陽風を調べ、冥王星との相互作用や、冥王星の大気がどれぐらい宇宙空間に流出しているのかを調べる。
- 「ペプシ(PEPSSI)」: 冥王星の大気から逃げ出しているプラズマ(イオン)の構成や密度を調べる。
- 「SDC」: 探査機が飛び続ける間、宇宙塵を計測する。学生によって開発された。
また記念品として、関係者らの写真や世界中から募集された43万4738人の名前が収められたCD、冥王星の発見者のクライド・トンボーの遺灰、民間で初めて宇宙空間に達した宇宙船「スペースシップワン」の部品の一部なども収められている。
9年間の恋慕
強力なロケットで地球から打ち出されたニュー・ホライズンズのスピードはすさまじく、打ち上げからわずか9時間ほどで月の軌道を越え、さらに火星の軌道は3か月足らずで越えるほどだった。それでも、地球から直線距離で約48億kmも離れた冥王星に到着するまでには、9年もの時間がかかった。
探査機はこの9年間の大半を、観測機器などの電源を落とし、最小限の機器だけ動かす休眠状態で過ごした。たびたび目覚めては機器の確認などを行い、再び休眠に入る、その繰り返しだった。
ただ、ずっと怠惰に眠っていたわけではない。たとえば打ち上げから1か月後にはいくつかの観測機器を動かし、性能の確認を行った。また2006年6月13日には、小惑星2002 JF56に近付く機会を利用し、機器の試験も兼ねた観測が行われた。2002 JF56にはその後、この観測を記念して「APL」という名前が与えられた。
2007年2月28日には木星に最接近し、その重力と公転速度を使ったスイング・バイを行い、軌道を変え、さらにスピードも増した。また木星や、その衛星のイオ、エウロパ、ガニメデ、カリストの観測にも成功している。
2008年6月8日には土星の軌道を通過、2011年3月18日には天王星の軌道を通過した。
2011年6月には、ちょっとしたサプライズもあった。それまで冥王星には「カロン」と「ニクス」、「ヒドラ」の3つの衛星があることが知られていたが、新たに4つ目の衛星が見つかったのだ。この衛星には「ケルベロス」という名前が与えられた。さらに2012年6月には、5つ目の衛星「スティクス」も見つかっている。
2014年8月25日には海王星の軌道を通過し、通算18回目の休眠状態に入った。そして2014年12月6日に再起動されたニュー・ホライズンズに、もう眠ることは許されなかった。その眼前にはまだ点ほどの大きさにしか見えないながらも、しかし確実に、冥王星が迫っていたからだ。
ニュー・ホライズンズが撮影した小惑星APL (C)NASA/APL/SwRI |
ニュー・ホライズンズが撮影した木星と衛星イオ。色は少し調整されており、厳密に正確な色ではない。 (C)NASA/APL/SwRI |
8分間の逢瀬
2015年1月15日、運用チームは、ニュー・ホライズンズが冥王星への接近に備えた、最初の段階に突入したと宣言した。1月25日には冥王星とカロンも撮影された。この時点ではまだ不鮮明な絵しか得られなかったが、軌道の修正などに役立てられた。
その後も冥王星に接近するにつれて、画像は徐々に鮮明になっていった。5月15日にはついに、ハッブル宇宙望遠鏡で撮影された、それまでで最も解像度の高い画像を超えるほどにまでになった。6月になると、冥王星の表面に、明るい領域や黒い領域が点在していることがわかるようになった。最接近に向けて期待は膨らんだ。
7月4日、ニュー・ホライズンズと突然通信ができなくなった。通信自体はすぐに回復したものの、探査機がセーフ・モードと呼ばれる、必要最低限の機器だけを動かす状態に入ってしまっていた。このままでは予定していた観測ができない。その後の調査で、原因は最接近に向けた指令を短時間のうちに送りすぎたために、コンピューターが高負荷状態になってしまったことだと判明し、7日には通常の運用に戻ることができた。最接近の10日前というタイミングに起きた、背筋の凍るような出来事だった。
7月8日に、NASAは約6万8000km離れた地点から冥王星を撮影された画像を公開した。その地表にはハートの形に広がる領域が見えた。それはまるで、9年間も一途に、冥王星を目指して飛び続けてきたニュー・ホライズンズを祝福するかのようだった。
しかし、その恋慕の代償はあまりにも大きなものだった。ニュー・ホライズンズは、冥王星のすぐそばを通り過ぎることしかできないのだ。NASAによると、いわゆる「最接近」と呼べる時間は、わずか8分ほどだという。
多くの惑星探査機は、目標とする星の周囲をまわる軌道に入るが、それには多くのエネルギーが必要となる。地球から比較的近い星であれば難しくはないが、冥王星ほど遠く、小さな星の軌道に入るのは、現在の人類の技術力ではまだ難しいのだ。
ニュー・ホライズンズは日本時間2015年7月14日20時49分57秒、冥王星の上空約1万2500kmを、秒速約14kmの速度で通過した。その直後にはカロンから2万9000kmの地点を、同じく秒速約14kmで通過した。探査機は観測機器をフル稼働させ、データを集め続けた。
このときの様子を、地上の人間は直接知ることはできなかった。観測に集中するため、地球との通信を絶っていたからだ。この期に及んで探査機が故障したり、未知の天体と衝突したりといった可能性も、ほんのわずかだがあった。
やがて観測が一段落した後、探査機は信号を地球に向けて発信、その電波は約48億kmという距離を、秒速30万kmで飛び、約4時間半をかけて地球に到達した。信号にはニュー・ホライズンズが無事に最接近を乗り切り、観測も順調に行えたことを示す情報が含まれていた。ニュー・ホライズンズの管制室は大きな喜びに沸き立った。
ニュー・ホライズンズは1つのゴールを迎えたが、もちろん本番はここからだった。やがて観測データのダウンロードが始まり、そしてそのデータから明らかになった冥王星とその衛星の姿は、想像を大きく超える驚きに満ち溢れたものだったのだ。
ニュー・ホライズンズから無事に最接近を乗り切ったことを示す信号が届き、喜びに沸く管制室 (C)NASA |
送られてきたデータから明らかになった冥王星とその衛星の姿は、想像を大きく超える驚きに満ち溢れたものだった。 (C)NASA |
(続く)
参考
・New Horizons Pluto Flyby
http://solarsystem.nasa.gov/docs/NHPlutoFlybyPressKitJuly2015.pdf
・PLUTO MO 4.qxp - FINAL-PLUTO_MO.pdf
http://pluto.jhuapl.edu/Mission/The-Path-to-Pluto/FINAL-PLUTO_MO.pdf
・New Horizons - MISSION
http://pluto.jhuapl.edu/Mission/index.php
・New Horizons - Payload
http://pluto.jhuapl.edu/Mission/Spacecraft/Payload.php
・New Horizons - The Flyby
http://pluto.jhuapl.edu/Mission/The-Flyby.php