最近のマイナンバー制度に対するアンケート結果などを見ていくと、「制度対応を完了した」「制度対応を進めている」とする企業が90%近くになるなど、順調に企業のマイナンバー対応は進んでいるようにみえます。ただし、これらの企業でも従業員や個人事業主からのマイナンバーの収集はこれからという企業も多いようです。

そのようななか、中小企業のみに焦点をあてると「すでに従業員分のマイナンバーは収集した、次は個人事業主の取引先から順次収集する準備を進めている」といったところまで対応準備が進んでいる企業もあれば、「どこから手をつけて良いのか分からない」といったところにとどまり、対応準備が進められていない企業もまだまだ多いのが現状です。

今回は、今から対応準備をせざるを得ない中小企業がどこから手をつけていけば良いのか、現実に即して具体的に整理していきましょう。

「どこから手をつけて良いか分からない」という中小企業がいる現状

マイナンバー対応のシステムやセキュリティ対策を整え、すでに従業員からマイナンバーの収集を終えた中小企業がある一方で、現状でも、まだマイナンバー対応の準備に手がつけられていない企業が中小企業を中心に相当数あります。

今年の1月からマイナンバーの利用がスタートしたとはいえ、企業では、従業員の入退社がなければ、マイナンバーの記載が必要な書類を作成する必要はありません。また、仮に入退社があっても、マイナンバーの記載が求められる雇用保険の被保険者資格取得届や資格喪失届の運用では、マイナンバーが記載されていなくても実際には受け取ってもらえるようです。そのため、準備未対応な企業でも今すぐなんとかしなければという逼迫感がないのが実情です。

また、対応準備に手がついていない中小企業では、経営者は個人情報保護委員会の事業者向けのガイドラインなど中小企業向けの啓蒙資料の存在を知らないまでも、従業員などのマイナンバーを取り扱わなければならないことは認識しており、漏えいなどに厳しい罰則があることも知っているために、「どこから手をつけて良いか分からない」、もっと本音を言えば「できれば何もしたくない」といった感じで動きがとれないままになっているようにみうけられます。

では、対応準備に手がつかないまま過ごしていて良いのでしょうか?

従業員等のマイナンバーを記載し提出しなければならない手続きは、今年の年末調整後にやってきます。年内は、本人交付の源泉徴収票の作成までですが、年明け1月には源泉徴収票や不動産の使用料等の支払調書など法定調書を税務署に提出したり、給与支払報告書を市区町村に提出したりすることになります。本人交付の源泉徴収票にはマイナンバーの記載は不要ですが、1月以降税務署や市区町村に提出する書類についてはマイナンバーの記載は必須となります。

今年の年末調整時期までに、従業員とその扶養親族のマイナンバー、支払調書の支払先が個人事業主の場合、支払先のマイナンバーを収集しておかなければ、マイナンバーの記載が義務付けられている1月の提出時期に間に合わなくなってしまいます。

マイナンバー対応の準備に手をつけるのは、早ければ早いほどよいことは間違いありません。

これから準備する場合、どこから手をつけていくか 手順を整理する

マイナンバー対応の準備を解説するもののなかには、最初に基本方針や取扱規定などの規定の整備をかかげるものがありますが、中小企業のように人的なリソースに余裕がない場合は、「誰が何をどういう順番でやるのか」をきちんと決めることが大事です。規定の整備などは義務ではないので、ひとまず後回しにして、以下のような手順で準備を進めていきましょう。

1.責任者・担当者を決め、マイナンバー制度への理解を進める

まず担当者を決めましょう。従業員本人だけでなく、扶養親族に関する情報まで把握していることが望ましいので、給与事務の担当者がまず候補になるでしょう。取引先の個人事業主からもマイナンバーを収集しなければならないので、そうした支払先を把握している従業員も担当者候補になります。複数の担当者をおくことができれば、そのなかから責任者を選びます。人数が少なく担当者を1人しかおけない場合は、経営者が責任者になるしかありません。

経営者自らが率先して、責任者・担当者を決めましょう。そして、責任者・担当者がマイナンバー制度についての研修会に参加するなどして、経営者も交えて社内で勉強会を行うなどして制度への理解を深めていきましょう。

ここでは、責任者・担当者が個人番号関係事務実施者として、従業員等に係る源泉徴収業務や雇用保険・社会保険の手続きでマイナンバーを記載した書類を作成し、行政機関へ提出しなければならないこと、そのために必要となるマイナンバーを収集・管理しなければならないこと、収集したマイナンバーの漏えいや紛失を防ぐためにマイナンバーを安全に管理できるような措置を講じなければならないこと、などをきちんと理解することです。

2.どの書類に誰のマイナンバーが必要か確認する

中小企業で今年から来年にかけてマイナンバーを記載して提出することになる可能性のある書類を列挙すると[表1]のようになります。

[表1]今年から来年にかけてマイナンバーの記載が必要な書類

これらの書類のうち、どの書類を誰が作成・提出しているか責任者・担当者が確認しましょう。前項でもみたとおり、雇用保険関連の届出書等はマイナンバーの記載がなくても受け取ってもらえるようなので、多くの中小企業でマイナンバーの記載が必要となるのは、税関連の源泉徴収票や給与支払報告書、支払調書などになるのではないでしょうか。となると、従業員およびその扶養親族のマイナンバー、支払先が個人事業主の場合支払先のマイナンバーが必要となることがわかります。

仮に、これらの書類の作成を税理士に委託している場合は、マイナンバーの取り扱いも税理士に委託することになります。必要となるマイナンバーの収集から管理、利用などの取り扱いについて企業側が何をすれば良いか早めに相談し、役割分担を明確にして準備を進めることが大事なポイントになってきます。それにより、以下の項目を誰が行うのかも変わってくることになりますが、ここでは、中小企業が自ら作成・提出していることを前提にみていきます。

3.従業員等にマイナンバーの提出が必要なことを案内する

誰のマイナンバーが必要か確認したら、担当者から従業員や支払先などにどのような書類にマイナンバーを記載するのか利用目的を示して、マイナンバーの提出を求める案内をしましょう。

すでに通知カードは従業員等に届けられています。従業員やその扶養親族が手元に通知カードを保管していれば良いですが、届けられたことを認識していないなどきちんと保管されていないと、スムーズに収集できないことになってしまいます。

そうならないためにも、通知カードがきちんと保管されているか確認すること、仮に紛失してしまっているようなケースでは、収集する際に、マイナンバーが記載された住民票を取得してもらうように、収集に先んじて案内しておくことです。

4.マイナンバーをどのようなシステムで管理するかなどを決める

すでにパソコンを使用しているのであれば、マイナンバーを紙で管理するのではなく、電子データで管理することを前提にシステムを選択しましょう。

市販の給与ソフトを使用している場合は、それらのソフトでマイナンバーの管理もできるようになっていますが、支払調書までは作成できないものも多いため、その部分のみ紙での管理にするのか、ということになってきます。電子データと紙と両方で管理するとなると、それぞれに対して漏えい対策などを考えなくてはならなくなるため、セキュリティに係る負担も二重になってきます。

責任者・担当者が現在使用している給与ソフトの機能を確認するとともに、この機会に支払調書まで作成でき、マイナンバーをより安全に管理できるシステムへの切り替えを検討しても良いかもしれません。

そのようなシステムはクラウドサービスとしても提供されています。クラウドのマイナンバー管理システムであれば社内にマイナンバーは持たなくてもすみますので、その分セキュリティでの負荷も軽減できます。こうしたことも考慮して、マイナンバーを社内のパソコンで管理するのか、クラウドサービスで管理するのかも含めて、経営者も交えて責任者・担当者で検討し、自社にとって最適なシステムを選択しましょう。

そして、選択したシステムに応じて必要なセキュリティ対策を講じるようにしましょう。

5.マイナンバーの収集方法を決め、いつまでに集めるか従業員等に案内する

システムが決まればおのずと、そのシステムにあわせた方法でマイナンバーを収集することになります。マイナンバーの収集時には本人確認(身元確認と番号確認)が必要ですから、その方法も決めておきましょう。

一般的には扶養控除等申告書に個人番号欄も用意されていますので、これに扶養親族の分まで記載してもらうことで収集する方法が検討されることになりますが、扶養控除等申告書は保管義務が課せられているため、これにマイナンバーが記載されてしまうと、この書類に対する漏えい対策も考慮する必要がでてきます。こうした負荷を軽減するための方法が国税庁により提示されていること(国税庁 源泉所得税関係に関するFAQ Q1-5-1)から、扶養控除等申告書にはマイナンバーを記載しないことを前提に、収集方法を決めましょう。

社内のパソコンで管理するのであれば、従業員には日にちを決めて扶養親族の分の通知カードを持ってきてもらい、会議室などで担当者が従業員一人ずつ本人確認しながらマイナンバーを入力してもらうなどの方法が考えられます。

クラウドのマイナンバー管理システムでは本人がスマートフォンなどでマイナンバーを入力し、本人確認資料も写真を撮ってアップロードできるようになっているものもあります。こうした方法が可能な従業員にはこの方法で収集し、クラウドにアップロードされた本人確認資料で、担当者がパソコンからアクセスして本人確認するという方法がとれます。従業員でスマートフォンが使えないなど、この方法がとれない場合は、社内のパソコンで管理する場合と同様に会議室などで担当者が従業員一人ずつ本人確認しながらがマイナンバーを入力することになります。

いずれにしても、収集方法を決めたら、いつ収集するのかを決めて従業員に案内しましょう。

支払先の場合は、対面で本人確認ができるのであれば、対面でマイナンバー通知カードのコピーなどを預かり、社内でパソコンに入力するといった方法が一般的になるかと思います。対面が難しい場合は、「個人番号の提供を依頼する書類を活用した本人確認」 本人確認方法の具体例 例4参照)による書類のやりとりで確認する方法で本人確認を行い、社内でパソコンに入力するといった方法も考えられます。なお、クラウドのマイナンバー管理システムでは従業員の場合と同様に、支払先がスマートフォンでマイナンバーを入力し、本人確認資料も写真を撮ってアップロードできる機能もありますので、マイナンバーを書面等でやりとりするよりは、より安全に収集・本人確認ができます。

支払先に対しても、収集方法を決めたら、いつ収集するのかを決めて案内しましょう

6.必要な書類にマイナンバーを記載し行政機関へ提出する方法も決めておく

マイナンバー収集後、マイナンバーの漏えいや紛失を防ぐためには、必要がない限りマイナンバーを「見ない」「印刷しない」運用を徹底することです。年末調整作業をしている間はマイナンバーを見なくても源泉徴収票や給与支払報告書が作成できることが、システムの機能として装備されていることはきちんと確認しておきましょう。

その上で、提出に際して紙で提出するのか、電子申告を活用するかも検討しておきたい課題です。特に給与支払報告書は従業員の住所地の市区町村に提出しなければならないことから、郵送するにしてもマイナンバー記載書類を市区町村ごとに分けて郵送する以上簡易書留にするなど、より安全に配慮した措置が求められます。電子申告であれば、一度の送信で安全に複数の市区町村に送付することができます。

電子申告をするためには、社長がマイナンバーカードを入手する、国税・地方税それぞれ開始届を提出するなど、それなりの準備が必要になり、中小企業にとってはハードルが高いかもしれません。けれどもこれからマイナンバーを記載した書類の提出は毎年のことになることを考えると、経営者を中心に責任者・担当者で検討するだけの価値はあるのではないでしょうか。

提出を電子申告で行う場合は、源泉徴収票や給与支払報告書の作成から電子申告まで対応しているシステムを選択しておくことが大事なポイントとなります。

7.ここまで取り決めたことを取扱規定(取扱マニュアル)として整理しておく

1~6まで検討し、マイナンバーの収集から保管・利用・提出までの方法や、それぞれのシーンでの担当者を決めたら、それを取扱規定(取扱マニュアル)として、整理しておきましょう。

中小企業にとって基本方針や取扱規定の作成は義務ではありませんが、具体的に自社のやり方に即して作成された取扱規定は、責任者・担当者がマイナンバーの取り扱いをする際に、迷うことなく作業できるようにするためにも作成しておきたいものです。そして、運用しながら決めきれていないことなどがでてくれば、随時改定していくことで、より充実したものにしていくことが大事です。

なお、基本方針は作成する必要はありませんが、基本方針の記載事項とされている「質問及び苦情処理の窓口」は、責任者・担当者などの氏名も含めて、社内・社外のマイナンバー提供者には案内しておくことをお勧めします。

8.実際にマイナンバーを収集する

1~7までが終われば、5で決めた方法でマイナンバーを収集しましょう。 仮にこの時点で、従業員や支払先からマイナンバーの提供を拒否された場合は、源泉徴収票や支払調書へのマイナンバーの記載は義務だということを説明し、マイナンバーの提供を求め、それでも拒否された場合は、その経過を日付などもいれて記録しておきましょう。

そして、必要なマイナンバーの収集が終われば、マイナンバー対応の準備は整ったことになります。あとは、マイナンバーを保管するシステムに応じたセキュリティ対策に漏れがないか、この時点で再度点検し、年末調整時期に安全な運用ができるように備えておきましょう。

著者略歴

中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 取締役
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。マイナンバーエバンジェリストとして、マイナンバー制度が中小企業に与える影響を解説する。