「世界最先端IT国家創造宣言」というのをご存知でしょうか? 政府のIT戦略として2013年6月に策定され、毎年改定され閣議決定されています。2016年版の「世界最先端IT国家創造宣言」が5月20日に閣議決定されました。これまでの「世界最先端IT国家創造宣言」の流れから、政府のIT戦略の方向性と、その一環としてマイナンバー制度がどのように運用されていこうとしているのかを見ていきたいと思います。

世界最先端IT国家創造宣言とは

政府のITへの取り組みは、2001年に高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)を設置し、「e-Japan戦略」の策定から本格的に始まっています。

この「e-Japan戦略」では「5年以内に世界最先端のIT国家になる」として、ブロードバンド環境などのインフラ整備をはじめ、2004年からは国税電子申告・納税システム(e-Tax)がスタートし、その後各省庁の申請・届出も電子申請をはじめるなど政府関連の諸手続きの電子的な運用をスタートさせました。しかし、使用頻度の低い手続きまで電子申請としたり、申請に必須とされる添付書類は相変わらず紙で別送しなければならなかったり、省庁間で手続きの方法が統一されていないなど、利用者からすれば利便性より電子申請に対応するための手間が際立つようなこともあり、現状までに利用率の低い電子申請は廃止されてきました。このような中で、システムの改善や税理士の協力により利用率を徐々に伸ばしてきた国税庁が運営するe-Taxや、全国の地方公共団体で利用できる、地方税電子化協議会が運営する地方税の電子申告システム(eLTAX)などが、その後も利用率を伸ばしています。

そうした流れを受けて2013年に出された最初の「世界最先端IT国家創造宣言」では、基本理念として「閉塞を打破し、再生する日本へ」と「世界最高水準のIT利活用社会の実現向けて」を掲げています。

「閉塞を打破し、再生する日本へ」では、情報通信技術(IT)を「あらゆる領域に活用される万能ツールとして、イノベーションを誘発する力」を有するものとして位置付け、GDPの約7割を占めるものの低い水準にとどまっているサービス業の生産性の改善をはじめ、成長力の基盤となる生産性の向上などに貢献するものとしています。

そして、「世界最高水準のIT利活用社会の実現向けて」では、かつての「e-Japan戦略」を「IT化・IT活用という名目だけで、利用者ニーズを十分把握せず、組織を越えた業務改革(BPR)を行わなかったことで、ITの利便性や効率性が発揮できないものとなった」と反省するところから始まっています。そして、こうした反省を踏まえて「IT戦略本部」を「IT総合戦略本部」と改め、省庁横断的な課題に対して司令塔機能を発揮することを求めています。また、内閣官房に政府CIOを設け政府全体のIT政策の司令塔として機能することを求めています。そして、これらの組織体制のもと、今後2020年までに世界最高水準のIT利活用社会の実現とその成果を国際展開することを目標とするとし、以下の3項目を柱にして、「目指すべき社会・姿を明らかにし、その実現に必要な取り組みを策定する」としています。

①IT・データの利活用による、国民が日本経済の再生を実感できる革新的な技術や複合サービスの創造による新産業創出と全産業分野の成長への貢献
②国民が健康で安心して快適に生活できる、世界一安全で災害に強い社会への貢献
③公共サービスがワンストップで誰でもどこでもいつでも受けられるように、国民利用者の視点に立った電子行政サービスの実現と行政改革への貢献

そして、最新の2016年の「世界最先端IT国家創造宣言」では、これまでの代表的な成果として、

(1)行政情報システム改革を通じた利用者志向の行政サービスの実現
(2)マイナンバー制度を活用した国民生活の利便性の向上
(3)安全・安心なデータ流通の促進
(4)農業のIT化による国際競争力強化
(5)世界で最も安全で環境にやさしく経済的な道路交通社会の実現

の5項目が挙げられています。

マイナンバー制度については次項で詳しくみていくこととして、他の項目をみていくと(1)では行政情報システムのクラウド化・統廃合による運用コストの削減や削減されたコストの効果的な運用などが挙げられていますが、「利用者志向の行政サービスの実現」といった視点からまだ道半ばといった感じはぬぐえません。その一方で、国の行政情報システムに関する投資の状況や各種施策の進捗状況などを「日本版ITダッシュボード」といったかたちでオープンに提供するようになってきたことなどは目に見えるかたちでの成果といえます。

(3)では、政府のデータカタログサイトの開設が成果としてあげられています。

こちらは、二次利用が可能なかたちで公共データを公開することで、オープンデータの活用を促すサイトとなっています。ただし、国民にとって身近な地方公共団体のオープンデータへの取り組みについては、まだこれからとなっている点などこちらも道半ばといった感じです。

そのなかでもデータ流通という点では、個人情報保護法の改正により個人情報を匿名加工処理した上で、本人同意なしで利活用を可能とする枠組みを整備したことを成果としてあげており、この分野では今後の民間利用などがどう動いていくのか注目していきたいところです。

(4)や(5)については、「農業情報創成・流通促進戦略」に基づくガイドラインの策定や、自動走行を含むITS(Intelligent Transport System)について「官民ITS構想・ロードマップ」の策定などが成果とされていますが、こちらはこれから取り組みが本格化していくところといった感じです。

いずれにしても、以前の「e-Japan戦略」に比べれば、毎年宣言の内容を改定し、その都度課題を明確にしつつ確実に課題解決をはかり目標に向かってプロセスを回していこうとする姿勢は評価できるのではないかと思います。

世界最先端IT国家創造宣言のなかでのマイナンバー制度

では、マイナンバー制度はというと、こちらは2016年からようやく制度が動き始めたばかりであり、主な成果として掲げられた項目はいずれも以下の通り「推進中」とする項目が並んでいます。

●マイナンバー制度の普及と利活用を図るため、国・地方公共団体・事業者が連携して取り組むベき事項を明記した「中間とりまとめ」を策定し、特にマイナンバーの利用範囲の拡大については、戸籍事務、旅券事務、在外邦人の情報管理業務等を中心に取組を推進中。
●公的個人認証サービスの利活用に向けた技術的検証や制度整備の検討を踏まえ、コンビニのキオスク端末による戸籍証明書の交付や、母子健康情報の提供等、様々な場面でのマイナンバーカードの利活用拡大に向けた取組を推進中。
●国が率先してマイナンバーカードの普及と利活用を推進するため、平成28年度から国家公務員ICカード身分証のマイナンバーカードへの一体化を順次進めることとし、一体化に必要な共通システムの整備を推進中。
●マイナンバーカードの調達コストを最大限抑制するとともに、マイナンバーカードの国民への無償配布を実現。

最初の項目でふれられている「中間とりまとめ」とは、IT総合戦略本部のマイナンバー等分科会が2014年5月にとりまとめたもので、マイナポータル(当時はマイポータル・マイガバメント)、マイナンバーカード、そしてマイナンバー・法人番号の利活用について、現在制度として進行中の内容がまとめられたものです。

そして、「中間とりまとめ」でもふれられていたことのうち、上記の成果とされているものとしてマイナンバーの利用範囲の拡大として戸籍事務があげられ、コンビニ交付としても戸籍証明書があげられていることは、なにかと面倒な戸籍にかかわる事務手続きも、戸籍情報の電子化を背景に電子的に手続きできるようになることが射程に入ってきていることを意味していると思われます。この戸籍事務については2019年をめどに法制上の措置を講じるとしていることから、まだまだ先のことではありますが、ITの活用により国民の利便性を向上させるものといえます。

また、この2016年の「世界最先端IT国家創造宣言」では、今後の施策として「マイナンバー制度等を活用した子育て行政サービスの変革」や「マイナンバー制度を活用した国民生活の利便性の向上」が掲げられています。このなかで、これまで2017年1月サービス開始とされていたマイナポータルが2017年7月本格稼働というように予定が変更されています。子育て行政サービスにしても国民生活の利便性の向上につながるマイナポータルのサービスにしても、マイナンバーカードがキーツールになるわけですが、このマイナンバーカードの発行がシステムトラブルなどで遅れてしまっている足元の問題への反省や対策については言及されず、マイナポータルのスケジュール変更についても説明がないことは、この「世界最先端IT国家創造宣言」という性格からするといたしかたないのかもしれませんが残念なところです。

いずれにしても現時点で「推進中」とされていることが、今後実現されていくことになります。動き始めたばかりのマイナンバー制度が、今後ITの活用により、どのような利便性を成果として国民や事業者に提供していくことになるのか、注目していきたいと思います。

著者略歴

中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 取締役
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。マイナンバーエバンジェリストとして、マイナンバー制度が中小企業に与える影響を解説する。