マイナンバーの利用が開始されて、1カ月が経過しました。

年初めのニュースでは、市区町村の窓口で個人が国民健康保険の加入手続きなどでマイナンバーを記載して提出する様子や、マイナンバーが必要と知らずに窓口を訪れる人もいることなどが報道され、いよいよマイナンバーの利用がスタートしたことを実感しました。

これらのニュースでまだ告知が十分に行き届いていないこと指摘された政府は主要な新聞に「1月から利用が始まったマイナンバー。皆さんの疑問にお答えします」という見出しで一面広告を出すなど、マイナンバー制度の告知に今も努めています。

その一方で、マイナンバー通知カード送付の簡易書留が320万通ほど市区町村に戻り、留め置かれたままで、いまだ通知カードを受け取れていない人たちがいることや、個人番号カードの発行システムがダウンし、予定通りに発行できなくなったことなど、制度運用がスムーズに進んでいないマイナス面のニュースも流れています。

こうしたなかでも、中小企業が個人番号関係事務実施者として実務でかかわらざるをえないものとして、従業員の入退社にかかわる雇用保険関連の手続きなどで、マイナンバーの利用がすでに始まっています。以前にも「すぐにマイナンバーが必要になる手続き」として入退社に係る手続きについて取り上げましたが、実際のマイナンバーを利用した手続きも始まりましたので、入退社に係る手続きおよびその他の雇用保険関連の手続きについて、企業が仮に今現在従業員などからのマイナンバーの取得がまだできていない場合、どのように対応していくべきか、整理してみましょう。

従業員の入退社にともなう手続き 実際に必要な対応を整理する

従業員の入社や退社があると、企業では企業固有の書類のほかに、税や社会保障に関してさまざまな書類の提出を従業員に求める一方、社会保険などの被保険者資格取得届・喪失届などを作成し、関係機関へ提出する必要があります。

入社時 マイナンバーが必要な手続きとマイナンバーの取得方法

従業員の入社時、企業は入社する従業員から雇用契約書や守秘義務についての誓約書など企業固有の書類のほかに、「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」(以下「扶養控除等申告書」)や年金手帳などの書類の提出を受け、入社手続きを進めることになります。

そのうえで、企業は健康保険・厚生年金保険の被保険者資格取得届、雇用保険の被保険者資格取得届およびそれらに添付する書類を作成し、健康保険組合やハローワークなどに所定の期限まで提出しなければなりません。

これらの提出書類のうち、健康保険・厚生年金保険でのマイナンバー利用は2017年1月からなので、入社する従業員のマイナンバーを記載して提出するのは雇用保険被保険者資格取得届のみとなります。

では、入社する従業員からマイナンバーを取得するのは、どのような方法で取得するのでしょうか?

「扶養控除等申告書」は給与計算を行うために入社する従業員から必ず提出を受ける書類であり、平成28年(2016年)分から個人番号欄が用意されていることから、これに本人および扶養親族のマイナンバーを記載して提出するように求めることが、実際に企業では行われているようです。平成28年(2016年)分の「扶養控除等申告書」を2016年1月以降提出する場合、法令上も本人および扶養親族のマイナンバーを記載することとされていますし、2017年1月に提出しなければならない源泉徴収票や給与支払報告書で必要となる扶養親族分のマイナンバーも本人分とあわせて取得できる「扶養控除等申告書」にマイナンバーの記載を求めることは妥当な考え方ではあります。

ただし、以前この連載で何度か取り上げましたが、入社する従業員が別な方法で企業に本人および扶養親族のマイナンバーを提供すれば、「扶養控除等申告書」の個人番号欄には「給与支払者に提供済みの個人番号と相違ない」と書くことで、マイナンバーの記載に代えることができます。企業に7年間の保管義務が課せられている「扶養控除等申告書」にマイナンバーが記載されれば、この書類を厳重に保管するために安全管理措置を講じる必要があります。

システムでマイナンバーを管理することですでに動いている企業では、システムと書面と二重に安全管理措置を講じるのではなく、システムに集中して安全管理措置を講じるようにするために、マイナンバー記載の書類を作成しない、管理しない方向で進んでいます。そのため、入社する社員に本人確認のために提示してもらうことになる通知カードに加えて扶養親族分の通知カードのコピーなども合わせて提示してもらい、その場でシステムへ入力するなどの方法で、「扶養控除等申告書」にはマイナンバーを記載しないで提出することにしている企業もあります。特に、マイナンバー管理にクラウドのシステムを選択してマイナンバーの収集・管理を進めている企業では、入社する社員本人にスマートフォンなどから本人および扶養親族のマイナンバーを入力し、さらに本人確認のための通知カードや免許証、扶養親族の通知カードなどもスマートフォンで撮影しアップしてもらうことで、通知カードを持ち歩くことで起きうる紛失等のリスクを低減した方法をとっています。

では、今現在従業員などからのマイナンバーの取得がまだできていない、マイナンバーへの対応準備が十分できていない企業ではどのように対応すべきでしょうか?

一番良い方法は、マイナンバーを「持たずに管理」できるクラウドのマイナンバー管理システムを急ぎ検討し、選択したシステムにあわせて社内体制を組み立てることです。ITに詳しい従業員がいないなど企業自らシステムの比較検討などが難しい中小企業の場合は、外部への委託を考えることもできます。特にクラウドのマイナンバー管理システムを採用している税理士などは、マイナンバーへの対応も進んでいることから、そうした税理士へマイナンバーの管理を委託するよう検討することをお勧めします。

退社時 マイナンバーが必要な手続きと退職者から取得するマイナンバーの範囲

従業員の退社時、退社以降の守秘義務に関する誓約書などの企業固有の書類を提出してもらうと同時に、社会保険の被保険者資格喪失届を健康保険組合やハローワークに提出することになります。これらの届出書類のうち、退社する社員のマイナンバーが必要となるのは、雇用保険被保険者資格喪失届のみです。

すでに、在籍する従業員および扶養親族のマイナンバーを取得、管理している場合は、雇用保険被保険者資格喪失届に退社する従業員のマイナンバーを記載して提出すれば良いだけですが、その時点で従業員のマイナンバーを収集できていない場合は、退社の手続きにともないマイナンバーの提供を求めることになります。このマイナンバーの提供を求めるときに、従業員本人の分だけ取得すれば良いのかどうか、源泉徴収票や給与支払報告書の提出要件をチェックしておく必要があります。

2016年中の退職者で2017年1月に源泉徴収票や給与支払報告書を提出しなければならないものは以下のような条件となっています。

  • 給与所得の源泉徴収票
    2016年の退職までの給与所得
    役員 50万円超
    従業員 250万円超
  • 給与支払報告書
    2016年の退職までの給与所得 30万円超

2016年にはいってすぐに退社する従業員の場合は、給与支払報告書の提出要件を満たすケースは少ないかと思いますが、これから退社するケースでは給与支払報告書の提出要件を満たすケースも出てきます。給与支払報告書を来年提出しなければならないような退職者の場合には、本人のマイナンバーのみでなく扶養親族の分も取得しておかなければなりませんので、この点は注意が必要です。

従業員の退社以前にマイナンバーの収集が済んでいる場合は問題ありませんが、退職願を受け取ってからマイナンバーの提供を求める場合では、提供を拒否されるケースも出てきているようです。このような場合は、マイナンバーの提供について説得する時間もなく、そのままマイナンバーを記載せずに提出することになりかねません。雇用保険被保険者資格喪失届や給与支払報告書などにマイナンバーを記載せずに提出しても、受け取ってもらえないことはありませんが、記載がないことの理由を確認されるなど面倒なことになることは間違いありません。

前記のとおり、まだ従業員からマイナンバーの取得ができていない企業では、急ぎマイナンバー対応を進めることが肝心です。

雇用保険関連 マイナンバーが必要な書類に関連して新たな動きが

雇用保険関連でそのほかに2016年1月からマイナンバーの記載が必要な書類には、以下のようなものがあります。

  • 高年齢雇用継続給付資格確認票・(初回)高年齢雇用継続給付支給申請書
  • 育児休業給付受給資格確認票・(初回)育児休業給付支給申請書
  • 介護休業給付金支給申請書

これらの書類は、原則として支給を受ける被保険者が提出することとされていますが、手続きの効率化の観点から企業が代行して提出することができるとされており、実態として企業による提出が多い書類でもあります。マイナンバー制度のもとでは、企業が代行して提出するということは、代理人として提出することになり、そのため、提出に際しハローワークで(1)代理権、(2)代理人の身元、(3)本人の個人番号の確認をすることとされていました。「本人の個人番号」の確認には当該従業員のマイナンバーカードまたは通知カードのコピーを窓口で提示する必要があり、これらのコピーを持ち運ばなければならないことから、企業としてはマイナンバーの漏洩・紛失のリスクを負うことになります。

先に取り上げた雇用保険被保険者資格取得届・喪失届の提出に際しては、企業が個人番号関係事務実施者として従業員からマイナンバーを取得する際に本人確認を行っていることを前提に、当該従業員のマイナンバーカードまたは通知カードのコピーを窓口で提示することは不要とされています。これに対して、上記の雇用継続給付関連の申請では企業が代理人という立場になってしまうため、当該従業員のマイナンバーカードまたは通知カードのコピーを窓口で提示することが必要とされているわけです。

この点について、1月15日に厚生労働省では、企業が代理人として申請する場合、窓口での申請者本人の番号確認が「事業主の負担が大きく、情報漏洩のリスクもある」として、「事業主が雇用継続給付の申請を行う場合、個人番号関係事務実施者となるよう雇用保険法施行規則の改正を検討しています」として「雇用保険法施行規則の一部を改正する省令(案)について」を公表しました。改正案の施行は1月下旬(予定)とされていますので、これからは雇用保険関連のマイナンバーが必要な書類については、すべて企業が従業員からマイナンバーを取得する際に本人確認を行っていることを前提に、窓口で従業員のマイナンバーカードまたは通知カードのコピーを窓口で提示することは不要となります。

税の分野で企業の負担軽減のために行われてきた一連の変更が、雇用保険の手続きについても波及してきたものと考えることができます。

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ここでみてきた雇用保険でマイナンバーが必要となる手続きは、従業員の突然の退社などすぐにでも手続きが必要となることが考えられます。従業員からマイナンバーを収集できていないなどマイナンバー制度への対応準備が十分に進んでいない企業では、急ぎ対応を進める必要があります。

著者略歴

中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 取締役
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。マイナンバーエバンジェリストとして、マイナンバー制度が中小企業に与える影響を解説する。