前回は、マイナンバー制度のなかで中小企業は「個人番号関係事務実施者」という役割を負うことになること、個人番号関係事務とはどのような事務なのか、それを行う個人番号関係事務実施者に求められる役割や「してはならないこと」などをみてきました。今回は、実際に中小企業が「個人番号関係事務実施者」として行わなければならない実務の内容と、そのためにどのような準備をしていけばよいのか、を見ていきましょう。

マイナンバーを取り扱う事務の範囲を特定する

マイナンバーの取り扱いの準備で、まず行うべきは、中小企業が実際に行っている事務のなかで、従業員などのマイナンバーを取り扱う事務の範囲を確認し、特定することです。 どの企業でも行われている従業員やその扶養親族のマイナンバーが必要となる事務には以下のようなものがあります。

雇用保険・健康保険・厚生年金保険関連
・従業員の入退社に伴う「雇用保険被保険者資格取得(喪失)届」、「健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得(喪失)届」などを作成、提出する事務。

源泉所得税関連
・年末調整に際し、従業員から給与所得者の扶養控除等(異動)申告書などを受け取り、「源泉徴収票」や「給与支払報告書」などを作成、提出する事務。
・社員の退職にあたり、「退職所得の源泉徴収票」を作成、提出する事務。

そのほか、従業員以外の個人のマイナンバーが必要となるケースとして、以下のような支払調書の作成、提出事務があります。

支払調書関連
・税理士など士業への顧問報酬など源泉所得税の発生する支払に伴い、支払調書(「報酬、料金、契約金及び賞金の支払調書」)を作成、提出する事務。この場合は支払先となる税理士などのマイナンバーが必要となります。
・講演や原稿等を外部の第三者に依頼し、講演料や原稿料など源泉所得税が発生する支払に伴い、支払調書(「報酬、料金、契約金及び賞金の支払調書」)を作成、提出する事務。この場合は、講演者や原稿の執筆者のマイナンバーが必要となります。 事業所など不動産を借りている場合には「不動産の使用料等の支払調書」を作成しますが、家主が個人の場合は、家主のマイナンバーが必要となります。

中小企業でマイナンバーの取り扱いが想定される各種書類の作成事務には上記のようなものがあります。実際のどの書類の作成を行っているのか確認すること、これがマイナンバーの取り扱う事務の範囲を特定することになります。

※ここに掲げた書類は、マイナンバーの記載が義務づけられる書類の一部です。詳しくは、以下のホームページで確認ください。

社会保障関連
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000063273.html

税務関連
http://www.nta.go.jp/mynumberinfo/jyoho.htm#kisai

マイナンバーを取り扱うプロセスの確認

マイナンバーの記載が義務づけられる書類を作成、提出するには、その書類で必要となるマイナンバーを収集しなければなりません。

源泉徴収票の作成を例として、収集から保管、利用、提出までのプロセスを確認しておきましょう。

従業員および扶養親族のマイナンバーの収集
事業者はマイナンバーの利用目的を明示した上で、従業員に本人および扶養親族のマイナンバーの提供をもとめ、全従業員からマイナンバーを収集します。
収集したマイナンバーの保管
収集したマイナンバーは、実際に利用するまで、保管しておくことになります。多くの場合、サーバーやパソコンなどに電子データとして保管することになると考えられますが、書面での保管も考えられます。
マイナンバーを利用した源泉徴収票の作成
給与所得の源泉徴収票から従業員本人および扶養親族それぞれの個人番号欄が用意されます。

平成28年分の給与所得の源泉徴収票(国税庁のWebより引用)

平成28年分の源泉徴収票の作成にあたって、それぞれの個人番号欄へ収集、保管していたマイナンバーを記載することになります。

マイナンバーを記載した源泉徴収票などの提出

マイナンバーを記載した源泉徴収票は、「給与所得の源泉徴収票等の法定調書合計表」に添付して税務署へ提出することになります。また、従業員の居住する市区町村には給与支払報告書(源泉徴収票とほぼ同様式になると想定されます)を提出することになります。書面で提出するか、電子データで提出(電子申請)することになります。

前項でマイナンバーの取り扱いが必要となる書類の作成事務の範囲を見てきましたが、それぞれの書類の作成にあたっては、上記のような、マイナンバーの収集、保管、利用、提出というプロセスがあります。

マイナンバーの取り扱いが必要となる書類は、社会保障と税の分野の書類ですが、実際に企業で作成しているのか、それぞれの分野の専門家である社会保険労務士や税理士に書類の作成を委託しているのか、で中小企業が果たすべき役割が異なってきます。ただし、書類の作成を委託している場合でも、マイナンバーの収集は中小企業の役割となりますので、「個人番号関係事務実施者」としての責務はおうことに変わりはありません。また、マイナンバーの記載が必要な書類の作成を委託していることは、マイナンバーの取り扱いを委託することにもなり、委託先である社会保険労務士や税理士が適切にマイナンバーの管理をしているかを監督する義務も生じます。

準備はどこから始めていけば良いのか

中小企業によって、マイナンバーを取り扱う事務の範囲や、マイナンバーを取り扱うプロセスで担う役割が異なることはあっても、「個人番号関係事務実施者」として共通して行うべき準備があります。それは、基本方針および取扱規定の策定です。これらの策定は義務ではありませんが、従業員へのマイナンバー制度の教育という意味でも策定しておくことが重要です。

基本方針および取扱規定の策定に先立って、マイナンバーの取り扱い事務に携わる事務取扱担当者および責任者を決めておきます。

基本方針の策定

基本方針には以下のような事項を記載します。

・事業者の名称
・関係法令やガイドライン(※)を遵守して個人番号およびそれを含む特定個人情報の適切な取り扱いを行うこと
・前項のために必要となる安全管理措置を適切に講じること
・委託する場合は個人番号およびそれを含む特定個人情報の適切な取り扱いができる委託先を選定し、委託先に対して適切な監督を行うこと
・質問などの問い合わせや苦情処理の窓口として事務取扱担当者および責任者の明記

取扱規定の策定

取扱規定には、前項でみたプロセスに必要がなくなったマイナンバーを削除・廃棄を行うプロセスも加えて、各プロセスでの実際の取扱方法、取り扱いにあたって事務取扱担当者および責任者の任務などを明確にし、記載することになります。

次回以降、この取扱規定に記載すべきことを念頭において、各プロセスでの実務の詳細とそれに対応して準備すべきことをみていきます。

(※)「特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン(事業者編)」(特定個人情報保護委員会)

著者略歴

中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 取締役
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。マイナンバーエバンジェリストとして、マイナンバー制度が中小企業に与える影響を解説する。