マシンビジョンのこれまでとこれから

これまで述べてきたように、工業用画像処理の世界は何度かの大きな変化により、そこで活躍する企業が新たに発生し、入れ替わり、編成された。もちろんこうしたトレンドは技術革新によってもたらされ、そのたびに生産現場は多くの工程が自動化されることで、日本のモノづくりは強くなっていった。

90年代後期におけるパソコンの演算能力の飛躍的な向上により、これまで机上の理論であった画像処理技術が日の目を見る時代が訪れた。この時代に、工業用画像処理そのものの市場規模が著しく拡大し、そこで活用されるソフトウエア、カメラ、照明、レンズなどを提供する企業が大きく成長した。その成長は爆発的なものであり、約1000億円の市場が急速に形成されたことを意味する。

それに対して2005年頃からは前述の通り、海外勢のカメラメーカーが、アナログからデジタルへの移行「インターフェーストレンド」CCDからCMOSへの移行「センサートレンド」を作り出し、これにより活躍する企業(カメラメーカー)の顔ぶれが変わった。このタイミングでは、市場規模自体は数パーセントでコンスタントに成長する程度で、90年代後期のような勢いは無かったが、カメラメーカーだけは大きな渦に巻き込まれ、大きく成長する企業と淘汰される企業が出てきた。

それではこの先はどんな世界が予測されるのか。今後、市場規模自体が大きく成長するのは工業用ではなく、工場の外における画像処理だと考えられる。この世界をエンベデッド・ビジョンと呼んでいる。自動車やお掃除ロボットにカメラが搭載されるようになったのが良い例だろう。これはすでに存在する市場において、新たなセンサーとしてカメラが活用されるようになったことを意味する。

また、シリコンバレーを中心とする企業が積極的に取り組むのが、自動走行をベースとしたサービスである。自動走行とは自動車だけではなく、例えば郵便配達を人ではなく自動走行ロボットに置き換えるとか、ホテルでタオルを届けてくれるロボットなど、用途はさまざまである。工場の自動化はかなりのレベルで実現されるようになったが、現在では物流の世界で自動化に向けた取り組みが極めて活発に行われている。

Starship Technologies の自動走行郵便ロボット (出所: Starship Technologies)

米Saviokeのサービスロボット (出所:Savioke)

Amazon Robotics(旧Kiva Systems)の自動フォークリフト (出所:Amazon)

工業用画像処理にも変化が

金属加工分野では計測にカメラが使われている

エンベデッド・ビジョンの幕開けは、さまざまな範囲に影響を与えることになる。実はエンベデッド・ビジョン市場の隆起が、工業用画像処理の一部の世界を変える可能性があるのだ。自動走行などによってカメラを搭載した製品が増えると、より多くのカメラが活用されてコストが下がることになる。それに対して、工業用途ではコスト面から画像処理の代わりに光電センサーが用いられる場合があった。これが今後さらにコストが下がると、光電センサーを画像(カメラ)で置き換えようという流れが生まれるはずだ。

エンベデッド・ビジョンによってカメラコストが低下し、工業用世界に影響を与えた例を一つ挙げる。金属部品を製造する加工機の世界では、より精密に加工するために切削工具の寸法を正確に把握する必要がある。というのも、金属を加工すればするほど切削工具は摩耗していくからである。これまでは1点の距離を計測できる光電センサーと、加工機のロボットの機構を組み合わせて計測していた。具体的には、切削工具をロボットで左から右に移動させ、光電センサーをさえぎった瞬間の位置と再び光を検知した瞬間の位置をロボットから取得することで、切削工具の幅を計測する手法が採られていた。これをカメラで画像として撮像すれば、切削工具の全体を正確かつ瞬時に計測できるようになる。このように、画像センサーのコスト低下は、他のセンサーを置き換える可能性を生み出している。

(左)ファイバーセンサー(光電センサー)による計測のイメージ図。工具(黒)が光電センサーの前を通ると光が遮られるため、光を再び検知するまでの距離を計ることで工具の幅がわかる。(右)画像処理による計測のイメージ図。光電センサーでは工具の決まった位置しか計測できなかったが、画像処理ではさまざまなポイントを計測できる

工業用画像処理の世界は90年代後半に爆発的拡大を果たし、現在では10%程度の成長率で推移している。そこに、自動走行などのテクノロジーにより、民生市場(エンベデッド・ビジョン)において新たなサービスがスタートしようとしている、もしくは自動車やお掃除ロボのようにすでに存在する市場でカメラの導入が進んでいる。さらには、この工業用画像処理と民生のエンベデッド・ビジョンが普及することによって、工業用途の世界でまだ画像処理技術が採用されていない分野にまで画像処理が採用されようとしている。この流れはカメラとその周辺システム、つまり「画像センサー」のコスト低下によって生み出されている。

大きな市場変化の渦にのみ込まれたカメラメーカーは、新たに隆起しようとしている「エンベデッド・ビジョン」市場、そして画像処理を採用したくてもこれまで高価で見送っていた「工業用途で画像処理が未導入の市場において、どのような戦い方をするのかが重要となってくる。すでに述べた通り、「工業用画像処理」の市場は成長が鈍化したため、ここで熾烈なシェア争いを繰り広げてきたメーカーたちは、新たな市場に活路を見出す必要がある。次回は、これら新たな市場で求められる要求と、その戦い方について説明する。

民生市場(エンベデッド・ビジョン)は工業用市場より遥かに大きい

著者紹介

村上慶(むらかみ けい)/株式会社リンクス 代表取締役

1996年4月、筑波大学入学後、在学中の1999年4月、オーストラリアのウロンゴン(Wollongong)大学に留学、工学部にてコンピュータ・サイエンスを学ぶ。2001年3月、筑波大学第三学群工学システム学類を卒業後、同年4月、株式会社リンクスに入社。主に自動車、航空宇宙の分野における高速フィードバック制御の開発支援ツールであるdSPACE(ディースペース、ドイツ)社製品の国内普及に従事し、国内の主要製品となる。2003年、同社取締役、2005年7月、同社代表取締役に就任。

同社代表取締役に就任後は、画像処理ソフトウエアHALCON(ハルコン、ドイツ)を国内シェアトップに成長させ、産業用カメラの世界的なリーディングカンパニーであるBasler(バスラ―、ドイツ)社と日本国内における総代理店契約を締結するなど、高度な技術レベルと高品質なサービスをバックボーンとした技術商社として確固たる地位を築く。次のビジネスの柱として2012年7月にエンベデッドシステム事業部を発足し、3S-SmartSoftware Solutions(スリーエス・スマート・ソフトウェア・ソリューションズ、ドイツ) 社の国内総代理店となる。