この連載では、経済を「物語」に見立てて読み解こうとしています。具体的には、

(1)登場人物(経済を動かしている人や組織) (2)あらすじ(経済の流れ) (3)物語の背景(経済を動かしている力や関係)

という3つの側面から経済ニュースをながめようという試みです。前回の「景気の流れ」で(2)までの説明が一通り終わったので、今回から(3)、つまり私たちがモノやサービスを生み出す際に働いている「力」について考えてみましょう。

モノ・サービスの不足や過剰はちょくちょく発生

第4回では、私たちの間に生まれた「必要」が、モノやサービスを生み出す原動力になっていると説明しました。ただ、世の中には人や企業の数だけ異なる必要があると言っても過言ではありません。

例えば誰もが「今日の食事」を必要としていますが、ダイエット中の人はたくさん食べるつもりはないでしょう。一方、思いがけない臨時収入を手にしたばかりの人は、ちょっと高めのレストランで「プチ贅沢」を楽しもうとしているかもしれません。

世の中では、こうしたさまざまな必要がバラバラに生じています。ですから、それぞれの「必要」をちょうど満たすようにモノやサービスを生み出す(つまり生産する)のは、よく考えると大変なことです。何かが足りなくなったり、逆に作りすぎて無駄になったりということが、そこらじゅうで起きる可能性があるのです。

実際、そうした不足や過剰はちょくちょく発生しています。ただ、不思議なことに社会が大混乱に陥るような事態は、ほとんど起きていません。私たちは、めいめいが好き勝手にモノやサービスを買い、生み出しているように見えて、そこそこうまくやっているのです。これは考えようによっては、奇跡と言ってもいいでしょう。すべてを見通せる神様がいて、人や企業に細かく指示を出しているわけでもないのに、なぜか経済は回っているのです。

経済が回る手がかりは「値段」

この謎を解く手がかりは、モノやサービスの「値段(価格)」にあります。

私たちは、モノやサービスを買うとき、値段を気にします。例えば服を買うときは、「自分の必要」と「値段」と「財布の中身」を頭の中で比べたうえで、どれを買うかを決めます。すごく欲しい服があっても、金欠気味なら「今回は見送ろう」ということになるでしょうし、バーゲンで値段が下がっていれば「今すぐ買おう!」という気になるでしょう。 これは、私たちが働くときも同じです。アルバイトを探したり、就職活動をしたりするときは、「したい仕事かどうか」や「自分の能力」に加え、「働くといくらもらえるか」を気にするでしょう。言ってみれば、自分の「働き」を相手がいくらで買ってくれるかを考えて選ぶのです。

モノやサービスが生み出され、それが必要とする人や企業などに行き渡るうえで、大きな役割を果たしているのがこの「値段」です。みんな誰かから指示を受けたり、社会全体にどんな影響があるかを計算しつくしたりして行動しているわけではなく、単純に値段を見て自分の行動を決めています。そのことが、結果的に経済のスムーズな流れを生んでいるのです。

値段が決まる仕組み

では、なぜ人々が値段を見て行動するだけで経済がうまく回るのでしょう。その理由は、値段が決まる仕組みにあります。

値段は、あるモノやサービスが「人々にどれだけ必要とされているか」と「実際にどれだけ世の中に存在するか」によって決まります。経済用語ではそれぞれ「需要」と「供給」と呼ばれます。

例えば、ブランドものの服には高い値段が付いています。デザインが良く、持っていると自慢できるので、欲しいと思う人が多いからです。でも、ちょっと流行遅れになったり、季節が変わって着づらくなったりすると、値段が下がることがあります。買いたいと思う人が減るからです。

このように値段は、人々が必要とすればするほど上がり、逆に必要としなければ下がる性質があります。

ブランドの服が高いのはもう一つ理由があります。たくさん生産されていないので、貴重だからです。たとえデザインがよくても、コンビニやスーパーで買うことができ、街を歩くと同じ服を着ている人と頻繁にすれ違うような状態であれば、高い値段はつかないはずです。裏返せば、簡単に手に入らない貴重なものだからこそ高いとも言えるのです。

このように値段は「人々がどれだけ必要としているか」と「実際にどれだけ世の中に存在するか」を映し出す鏡の役割を果たしています。実際にアンケート調査などをして調べなくても、値段を見るだけで、あるモノやサービスが「足りているかどうか」が簡単にわかるのです。

人々や企業が値段を気にしているという事実は、値段のもう一つの働きを浮かび上がらせます。つまり、「値段が人々や企業などの行動に影響を与える」という側面です。

実際、私たちは「値段が上がったから買うのをやめよう」とか、「バーゲンで安いから買おう」といったふうに、値段の変化によって行動を変えます。ざっくり言えば、欲しいものでも値段が上がれば買うのを控え、下がれば買う量が増えます。

一方、モノやサービスを売る側はこの逆です。つまり、値段が高ければたくさん売りたいし、安ければそれほど売りたいとは思わないでしょう。企業であれば、値段が上がれば生産を増やすし、下がれば生産を減らすのです。

このように、モノやサービスの過不足が「値札」という鏡に映し出され、それを見て人々や企業が売り買いの程度を決めます。この繰り返しによって、不要なものが世の中にあふれたり、逆に必要なものが足りなくなったりという事態が解消されていきます。

値段の働き

もちろん、第4回第5回で見た「経済の流れ」の裏側でも、こうした値段の力が働いています。例えば、なんらかの要因によって人々の「必要」が増えたとき、どうして生産が促されるかといえば、みんなが企業に「もっと欲しいので作ってください」とお願いするからではなく、値段が上がるからです。値段が上がれば利益が増えるので、企業は生産を増やすのです。

著者プロフィール:松林薫(まつばやし・かおる)

1973年、広島市生まれ。ジャーナリスト。京都大学経済学部、同大学院経済学研究科修了。1999年、日本経済新聞社入社。経済解説部、東京・大阪の経済部で経済学、金融・証券、社会保障などを担当。2014年、退社し報道イノベーション研究所を設立。2016年3月、NTT出版から『新聞の正しい読み方~情報のプロはこう読んでいる!』を上梓。