2014年度から開発が始まった、新型基幹ロケット「H3」。2020年度に試験機1号機が打ち上げられる予定で、現在活躍中のH-IIAロケットやH-IIBロケットの後継機となることが計画されている。
H3ロケットは宇宙航空研究開発機構(JAXA)と三菱重工業とが共同で開発を行っており、2015年度からはロケットの基本設計が始まっている。また7月2日には、それまでの「新型基幹ロケット」という呼び名に代わり、ついに「H3」という正式名称が与えられるなど、徐々にその姿が明らかになりつつある。
本連載では、H3の開発状況について、新しい情報などが発表され次第、その紹介や解説などを随時、お届けしていきたいと思う。
連載の第1回となる今回は、7月8日にJAXAが開催した、H3ロケットの開発状況などに関する記者会見から、H-IIAロケットと現在の日本のロケット産業が抱えている問題について見ていきたい。
H-IIAロケットを使い続けられない5つの理由
現在日本は、大型の人工衛星を打ち上げるロケットとして「H-IIA」ロケットを運用している。H-IIAはこれまでに28機中27機が打ち上げに成功しており、また7号機以降の22機は連続で成功し続けているなど、安定した実績を重ねている。
であれば、新しいロケットを造る必要はなく、これからもH-IIAを使い続ければ良いのでは、と思われるかもしれない。しかし、そうはいかない事情があるのだ。
記者会見に立った、H3ロケットのプロジェクト・マネージャーを務めるJAXAの岡田匡史(おかだ・まさし)さんは、H-IIAと日本の宇宙産業が抱えている課題として、次の5つを挙げた。
- 衛星の大型化による、打ち上げ能力の不足
- 国際的な価格競争による、競争力の低下
- 設備の老朽化による、宇宙開発予算の圧迫
- ロケットを開発する機会が不足していることによる、技術者の離散や技術力の低下
- 打ち上げ機数の不足による、企業の撤退や産業力の低下
この一つ一つについて、詳しく見ていきたい。
衛星の大型化による、打ち上げ能力の不足
近年、通信衛星や放送衛星などの静止衛星は、以前より大型化しつつあり、H-IIAでは対応しきれなくなってきている。
H-IIAの先代にあたるH-IIロケットの開発が始まった1982年ごろ、静止衛星の質量は1トン前後だったが、1990年以降には2トン以上、最大で4トンのものが出てくるだろうと予測されていた。H-IIはその予測に合わせて打ち上げ能力が設定されており、H-IIの改良型であるH-IIAもそれを受け継いでいる。
ところが、その予測は半分は当たり、半分は外れた。たしかに静止衛星の質量は2トンや4トンに増えたが、それにとどまらず、近年では6トンや7トンもある衛星が出てきたのだ。
H-IIAの静止衛星の打ち上げ能力は、標準型で約4トン、固体ロケット・ブースター(SRB-A)を4本装着するH-IIA 204型で約6トンだが、標準型はおろか、204型でようやく精一杯、場合によっては打ち上げられない衛星も出てきている。H-IIBロケットなら打ち上げは可能だが、コストが高い。
静止衛星が大型化している理由としては、衛星が扱うチャンネル数が増加し、また技術の進歩で機器の寿命が飛躍的に延びたことで、これまでより多くの中継機(トランスポンダー)を搭載するようになったこと、また機器の寿命と合わせて長期間運用するために、より多くの燃料を積むようになったことなどが挙げられる。
また質量だけではなく、体積も大きくなっている。その理由は電気推進エンジンの採用だ。小惑星探査機「はやぶさ」にも採用されたことでおなじみの電気推進は、従来のロケット・エンジンと比べて非常に燃費が良いため、燃料の搭載量を大きく減らすことができる。そしてその分、多くの機器を積もうということになるため、従来と比べ、質量はあまり変わらない一方、体積が大きくなるという現象が起きている。
6トン以上あるような大型衛星の数は、今後も増えていくと予測されている。一方で、2トンや4トンほどの衛星の需要もまだまだある。そこでH-IIAのように、搭載衛星に合わせて打ち上げ能力を柔軟に変えられる点は継承しつつ、H-IIAよりも強力な打ち上げ能力を持つロケットが必要となっている。
大型衛星が年々増えてきていることを示す調査結果のグラフ (C)JAXA |
2009年にアリアン5ロケットで打ち上げられた「エコースターT1」は、打ち上げ時の質量が約7トンもある巨大な衛星だった。設計寿命も15年と非常に長い (C)SSL |
国際的な価格競争による、競争力の低下
現在、JAXAや三菱重工は、H-IIAロケットの価格を明らかにしていないが、標準型で約100億円、H-IIA 204型で約110億円といわれている。これは世界の他のロケットからすると、同程度か少し高価といったところで、打ち上げ回数もまだ少ないこともあり、商業打ち上げの受注では苦戦を強いられている。
現在、静止衛星の商業打ち上げ市場は、欧州のアリアンスペース社と、米国のスペースX社の2強状態で、その次にロシアのロケット、そして残りにH-IIAやウクライナのロケットなどが並んでいる状況にある。
2強のうちの一つ、アリアンスペース社の「アリアン5」ロケットは1機あたり200億円ぐらいで、単純にH-IIAと比べると非常に高いが、アリアン5は衛星を2機同時に打ち上げるため、衛星1機あたりは100億円ぐらいになる。また60機以上連続で打ち上げ成功を続けており、ロケットや企業への信頼も厚いため、価格面以外でも非常に有利な位置にいる。
もう一つのスペースX社の「ファルコン9」ロケットは、H-IIAと同程度の打ち上げ能力を持つが、現時点での公称価格は6120万ドル(現在の為替レートで約75億円)と、H-IIAよりも安い。
現時点でもこれほどの差があるにもかかわらず、2020年代ごろになると、より安価で打ち上げ能力の大きな「アリアン6」や、機体を再使用することで打ち上げコストを大幅に下げることを狙った「ファルコン9-R」といった新型ロケットが登場する予定となっている。また、ロシアやインドなども巻き返しを図って新型ロケットの開発を進めているなど、今後競争がさらに熾烈になることが予測され、そうなるとH-IIAでは到底太刀打ちができなくなる。
設備の老朽化による、宇宙開発予算の圧迫
H-IIAロケットが打ち上げられている種子島宇宙センターは、太平洋に浮かぶ鹿児島県種子島の海沿いにあり、「世界一美しいロケット発射場」とも呼ばれるほどだが、海に近いということは、それだけ建物への塩害もひどいということを意味している。実際に、サビが発生したり、また穴が空いて、そこから鳥やネズミが入り込み、配線などをかじるといったことも起きているという。また、現在H-IIAの打ち上げで使われている施設や設備のほとんどはH-II時代に造られたもので、築20年が経過していることから、老朽化も併せて進んでいる。現在のところ、日々の見回りや整備でなんとか保たれている状況にある。
また建物だけではなく、その中で使われているコンピューターやソフトウェアの老朽化も進んでおり、メーカーの製造終了などで代替品や交換部品などが手に入らず、故障した場合には数カ月にわたって使用できなくなる可能性がある機器もある。
こうした状態は宇宙開発予算を圧迫しており、しかも維持が精一杯で、一向に改善されていないということは、圧迫していてもなお、予算が足りていないということでもある。
ロケットを開発する機会の不足による、技術者の離散や技術力の低下
H-IIAの開発が始まったのは1996年で、今からもう約20年前のことになる。また、H-IIAはH-IIを改良したロケットであるため、H-IIの開発が始まった1985年から実に30年もの間、日本はゼロから新しい大型液体ロケットを開発したことがないということになる。
下のグラフは、これまでのロケット開発にかかわった人の現在の年齢と、その人数を表したものだ。これを見ると、H-IIの開発にかかわったことのある人の多くは現在50代以降であり、つまり10年以内に定年退職を迎えることになる。ちなみに岡田さんも現在53歳で、「私はH-IIの開発の最後のほうから参加した。H-IIAやH-IIBの開発経験がある人はまだ良いほうで、30代の若手などは維持や研究開発しか経験がない」という。つまり、岡田さんより下の世代の人のほとんどは、ゼロから新しい大型液体ロケットを開発した経験がないということになる。
技術とは、設計図や部品だけあれば良いというものではなく、人の知識や経験といった要素も欠かせない。そのため、H-II開発の経験を持つ人たちが現役である間に新しいロケットを開発し、それを通じて彼らが持つ知識や経験を次の世代に伝えていかなければならない。それらが継承されないと、いずれ日本から大型の液体燃料ロケットを造る技術が失われてしまうことになる。
ちなみに、ロシアでは現在、まさにこの問題が起きているといわれている。ロシアは1990年代に深刻な財政難に悩まされたが、それは宇宙業界も例外ではなく、新しいロケットや衛星が造れない状況が長く続いた。その間に熟練の科学者や技術者は、定年や他業界への転職などで現場を去り、次の世代に開発や製造のノウハウが受け継がれないまま今日まできてしまっている。その結果、近年ロケットの打ち上げ失敗や、人工衛星の運用途中での機能喪失などの問題が起きている。
打ち上げ機数の不足による、企業の撤退や産業力の低下
ロケットの製造や打ち上げには、非常に多くの企業がかかわっている。たとえばH-IIAを1機造って打ち上げるだけでも、ロケットを製造する三菱重工だけではなく、ロケットに使われる部品を造る企業があり、その素材を造る企業があり、さらにその材料を輸入する企業があり、ロケットを運用するための地上設備の建設や運用をする企業があったりする。
だが、ロケットの打ち上げ数は多くても年間5機ほどと、工業製品というには極端に少なく、とても儲かるものではない。そのため、採算を考え、やむなくロケット事業から撤退せざるをえないところもある。しかしロケット部品の中には、製造方法が特殊だったり、また宇宙用の部品は極端に信頼性を重視することから、すでに世間では使われていないような数世代前の古い部品が使われていたりするため、そうした部品を作っていた企業が撤退したり、倒産したりすれば、ロケットが打ち上げられないという事態にもなりかねない。
それを防ぐためには、H-IIAよりも頻繁に打ち上げられるロケットのシステムと、それが必要とされるほどの需要を作り出すことが必要となる。
このままでは日本からロケットが消える
こうした課題を背景に、JAXAや三菱重工、そして日本政府などは「このままでは、10年後には輸送手段が維持できなくなる危機的な状況にある」という認識を持っている。
そしてその解決策として、新型ロケット―つまりH3ロケット―の開発によって、ロケットのシステムと、そして日本のロケット産業とを、大きく改革しようとしているのである。
次回は、H3ロケットが目指す狙いについて見ていきたい。
(続く)
参考
・http://fanfun.jaxa.jp/jaxatv/files/jaxatv_20150708_h3.pdf
・http://fanfun.jaxa.jp/jaxatv/detail/5003.html
・http://www.mhi.co.jp/technology/review/pdf/514/514038.pdf
・http://www8.cao.go.jp/space/comittee/dai5/siryou4-4.pdf
・http://www.jaxa.jp/projects/rockets/h2a/index_j.html