神戸市に本社を置くシスメックス株式会社は、臨床検査機器、検査用試薬ならびに関連ソフトウェアなどの研究・開発・製造・販売・サービス&サポートを行うグローバル企業だ。主な取引先は、病院、検査センター、大学、研究所、その他医療機関などで、世界190カ国以上に製品を提供している。
同社では、10年以上前からPHSを導入し、内線電話機として利用してきたが、耐用年数も過ぎたことから、2014年4月、新たな端末としてiPhoneを導入した。
PHSを内線として利用した理由を、シスメックス 情報ソリューション部長 米倉靖郎氏は、「10数年前にポケベルからPHSに変更し、社内の内線電話として利用してきました。開発の人間は社内を動き回りながらミーティングする、実験ラボで仕事するといったことが多く、デスクでずっと仕事をするというワークスタイルでなかったことが影響しています。PHSは社内のダイレクトコミュニケーションの活性化やスピードアップという面で効果があったと思います」と説明する。
米倉氏によれば、今回のiPhone導入には、単に新しい端末に入れ替えるというだけでなく、ワークスタイル変革という大きなテーマがあったという。
「弊社はワークスタイル変革に何年も取り組んでいます。2年前から始まった第23回中期経営計画の中にも『ワークスタイルの変革』というテーマが入っており、生産性を上げていくという会社方針が背景にあります。生産性を上げる方法としては、業務システムを導入して手作業をなくしていくということも行っていますが、人それぞれが持っているナレッジを活かして、新しいもの、ユニークなものを生み出すことで独自のポジションを築くことを重要視しています」と米倉氏は語る。iPhoneをワークスタイル変革の重要なツールとして位置づけたわけだ。
同社では、今回のiPhone導入以前にも、2010年にはiPadを導入し、ペーパーレス化を図っている。その用途について、シスメックス 情報ソリューション部 情報企画・開発グループ 係長 東昌芳氏は、「iPadは、役員会議のペーパーレス化を目的の一つとして導入しました。現在ではこれが部長職以上に拡大され、全社的な会議では、ほぼすべてがペーパーレスになっています。さらに昨年には営業職にもiPadが配布され、メールやスケジュールのチェックのほか、顧客へのプレゼンテーションやCRMを利用した顧客情報の確認などに利用しています」と説明した。現在では、500台程度のiPadを導入しているという。
情報ソリューション部がPHSに代わる新たな端末としてiPhoneの導入を決定したのは、2013年9月のことだ。その後、11月に承認を得て、4カ月の準備期間を経て2014年4月に2,600台のiPhone 5Sを全社一斉に導入した。ただ、当初はiPhoneではなく、携帯電話を導入する案もあったという。
「端末代の面で、PHSからiPhoneに切り替えるのは、厳しいという意見もありました。やはり、携帯だろうと。しかし、会社としてワークスタイルの変革を掲げていましたので、iPhoneにチャンレンジしたいという思いもありました。2013年にiPhone 5Cという廉価機も出たため、今一度、端末として何を選ぶべきかの再検討に入りました」と米倉氏は導入の経緯を語る。
iPhoneに最も期待したのは、コミュニケーションの改善だ。
「ワークスタイル変革の中では、Microsoft Lyncをモバイルで使うなど、コミュニケーション手段の改善が大きなテーマでした。PHSは内線用でしたので、ダイレクトコミュニケーションができる範囲は社内に留まっていました」と米倉氏。
iPhoneの導入は端末代、パケット代を会社が負担するというCOPE(Corporate Owned, Personally Enabled:会社支給の端末だが、一定の条件のもとで私的利用も許可する方法)で行われた。
「当初はBYODを考えていましたが、本当に業務で使えるのかという意見もあり、議論が業務の現場でどうやって活用してもらうのかという部分に進化していきました。その結果、公序良俗に違反することはしないという穏やかな制限の中で、会社がすべてのものを支給するということになりました。E-ラーニングや情報収集など、私用時間にiPhoneを利用することも許可しています。それによって各自がリテラシーを身に付け、もう一段上のビジネススタイルを考えてほしいと考えたのです」と米倉氏は説明する。
ただ、私用の通話に関しては、NTTコミュニケーションズの050プラスやソフトバンクのサービスを別途個人で契約して利用することになっているという。人によっては、通話料のキャップ制限の中でプライベート通話もすべて会社が負担すればいいのではないかという意見もあったそうだが、モラルハザードが起こり、他にも波及するのではないかという懸念から、最終的に個人負担に落ち着いたという。
導入にあたって、情報ソリューション部は社員向けに2種類のiPhone説明会を開催。1つは、ソフトバンクの協力を得ながら行った操作説明会で、もう1つは、「なぜiPhoneを利用するのか」という啓蒙だ。
「その場では、iPhoneは電話じゃないとずっと言い続けていました。iPhoneはモバイルコンテンツを使える小さなIoTといえるもので、センサーやカメラを使って仕事のやり方やお客様への提案が改善できるはずです。そのために自分たちがまず使いこなし、身に付けていくことで、魅力的な製品づくりやサービス提供に活かすことができると考えました」(米倉氏)
ただ、操作説明会は開催したものの、初めてiPhoneに触る人が予想以上に多く、運用開始当初は問い合わせが殺到したという。社員向けのヘルプデスクを提供する情報ソリューション部 情報サポートグループ 課長(役職は当時) 高橋恵美子氏は、最も多かった問い合わせは、パスコードに関するものだったと明かした。そのため、Q&A集を用意するなど、自分自身で解決できるように導き、問い合わせ件数、対応工数の削減に努めたという。
ただ、サポート面ではiPhone導入により、別の効果もあったという。
「パソコンに不具合があると、パソコンからその問い合わせができませんでしたが、iPhoneによる問い合わせメール送信やサポートサイトへのアクセスが可能になったことで、その課題を解決できるようになりました」(高橋氏)
iPhone導入の効果は?
iPhone導入から1年が経つが、その効果はどうだったのか?
東氏によれば、ダイレクトコミュニケーションやメールのレスポンス改善で効果があったほか、生産性でも改善が見られたという。
「外部でCRM情報が参照できるようになったことで、提案前に再度お客様の情報をCRMで確認することも容易になりました。お客様への接し方を変えていこうという中では、モバイルをうまく活用できています」(米倉氏)
リテラシーの面でも、1年前はモバイル端末に触ったことがない人が多かったが、今では社内で当たり前にように使われており、底上げができているという。
米倉氏はiPhone導入のポイントについて、「外勤の人など一部の社員にだけ配るという方法もあると思いますが、全員に配って、全員に使わせることが大事だと思います」と話す。 iPhoneの導入効果を実感している同社だが、今後はさらに、コンテンツ整備、使い方という面で新たな展開を考えている。
「現場からは、生産性が上がったという意見がでていますが、システム的には、旅費精算などさらに利便性の高いソリューションを導入していく必要があります。また、動画を活用し、社内報や社長からのメッセージを伝えたり、セミナーを実施したいと考えています。社内SNSとは親和性が高いので検討してみたいです」と米倉氏。同社のワークスタイル変革に向けた取り組みは、まだまだ続く。